悩む
(高校生)/font>
「なあ〜に溜め息ついてんのさ」
「溜め息なんかついてないよ」
「あら、無意識ってヤツ? なに悩んでんの、心配事? ユフィちゃんが聞いてあげるよ」
「別になんにもないったら」
昼休みの騒がしい教室で、彼女はこちらの机に近付いてきては、近くにある誰かの椅子に座った。可哀想な誰かの椅子は、このやんちゃ少女によって占領されたのだ。
「まあイリスの悩み事っていうとだいたい検討はつくけどさ」
「……喧嘩とかしてないよ?」
「じゃあなんでそんな顔してんの」
「うーん」
隣のクラスの友人に呼び出され、廊下で話し込んでいる彼の姿を目で追った。何故浮かない顔をしているのか、それに答えるのは非常に難しい。
「ヴィンセントってさ、かっこいいと思うんだけど、」
「お、なんかのろけられてるぞ? 殴っていい?」
「ユフィが聞いてきたんでしょ!」
「まあアタシの好みじゃないけどね」
「知ってるよ」
「……それで、なに、かっこよすぎて大好きで胸が苦しい〜! ってワケ?」
「そうじゃなくて」
自分から話し掛けてきた割りには、興味なさげに机に頬杖をついている。自販機で買ってきたのであろう紙パックのジュースを飲んでは、喉を鳴らしている。
「ヴィンセントって、かっこいいと思うんだけど、それだけじゃなくて、すごく綺麗だからさ。自分よりも綺麗な人と付き合ってると、釣り合ってないんじゃないかって気がしてくる」
「アタシはアイツを綺麗だと思ったことないんですけど?」
「でもヴィンセントすごくモテるんだよ、他のクラスだけじゃなくて、他の学年の人にも」
「みんな物好きだね〜」
いよいよ話を聞かなくなってきた彼女は、足を組み直しては短く折ったスカートを揺らした。ついには携帯電話を操作し始めている。少し真面目に胸のうちを明かしたこちらが馬鹿馬鹿しくなってくる。
「まあ、綺麗すぎて心配だなって、そんだけ」
「ふう〜ん」
「……」
「アンタらさ、あれだよね、なんつーか」
「え?」
「ほれ」
彼女は徐に、操作していた携帯電話をこちらへ向けて、耳元に近付けた。何事かと口にしようとすれば、静かにしろと動作で示される。
耳元で再生されたのはがやがやと雑音が混じったものだったが、ユフィと、そして、たしかに愛しい彼の会話が聞き取れる。
───
『だからってイリス閉じ込めとくワケにもいかないっしょ』
『わかっている。だからこそ心配している』
『大丈夫だって、アンタに一途だから』
『……あれほど美しい彼女を男が放っておくか?』
『はいはいご馳走さま、のろけはもういいってば』
『真剣に聞け、ユフィ』
───
「ほらね」
「な、なにこれ!?」
「盗聴ってヤツ?」
「なにしてくれてんのユフィ!」
携帯電話から今の音声を消そうと必死で手を伸ばすが、すばしっこい彼女には敵わない。
「まあ、要するにさ」
懐にきっちりと携帯電話をしまっては、再びジュースに口をつける。のんびり座っているように見えて、携帯電話を奪う隙はない。
「相手が綺麗だから〜とかなんとか言ってんのは向こうも同じってコト」
「……」
「……イリスに今の音声送ろうか?」
「い、いらないよ!」
その後、休み時間いっぱいまで、ケラケラと笑う彼女に、頬を膨らませて抗議した。相変わらずからかったりする彼女だったが、胸のうちのもやもやとした気持ちは消えていた。
ありがとう、と声に出すのは癪だったので、ペシッと一度だけ、彼女の額を小突いた。
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