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(逆トリップ)

「晴れてよかったね」

「ああ」

迎えた週末は快晴だった。気温も風も、出掛けるには丁度良い。

彼の生活に必要なものを揃えようとい、駅前の大型ショッピングセンターまで足を運んだ。

「随分と大きいな」

「うん、……たしかに"そっち"には無い大きさかもね」

初めて見る建物に彼は興味津々といった面持ちだったが、一方の自分は先程とは一変して、気分が晴れていなかった。

というのも、道中利用した電車の中、広い道路を歩いているとき、そして今も、彼は人々の視線を集める。

「……どうした、行かないのか」

「ん、行く」

たしかに見上げた彼の顔はモデルのように整っている。有名な俳優と言われても信じられる。

顔だけではない、その長身も、美しく長い髪も、全てが街行く人の目を惹き付けるのだ。

もやもやとした嫉妬心が、彼の手を握る力を少し強めた。



「やっぱり黒が似合うと思うな。もちろんワインレッドも素敵だけど」

「……任せる」

「んー、試着してみようか? サイズも合ってないと困るし」

決して高くもない、量産型の服ばかり売っている有名ファッション店に、彼の姿はいささか不釣り合いのようだった。高級なスーツをオーダーメイドしている彼の姿の方がしっくりくる。

そんな彼はファッションには興味がないようで、言われるがままに試着室へと入って行く。

着られたらそれで良い、という彼の考えが手に取るようにわかる。



「わ、……かっこいい」

「……」

シャッとカーテンを引いて現れた彼に、一瞬言葉を失った。

黒地のニットにジーパンを履いただけの彼は、店頭に貼り出されたモデルよりも、それらを着こなしていた。

「……」

とても居心地悪そうに視線を泳がす彼に、どこか可愛らしさすら覚える。胸が締め付けられる。

「お客様、とってもお似合いです!」

「……」

しかし、試着室をうろうろと見て回る女性店員に、自分の言おうとしていた言葉を先に言われてしまった。

「ジーンズの裾直しはいかがいたしましょう?」

何も答えない彼に、店員は首から下げていたメジャーで彼の身体を測り始める。

何も言わず、されるがままに店員を眺める彼に、先程から低調だった気分は更に沈んでいった。



「イリスどうした」

「なんにもないよ」

「わかりやすい嘘をつくな」

ショッピングセンター内のカフェで休憩しようと言い出したのは、珍しく彼の方だった。しかし二人ともコーヒーカップに手をつけることもなく、窓の外を眺めたりぼんやりとしている。

「歩き疲れたのかと思ったが、そうでもないな」

「疲れてないよ、大丈夫」

「では不機嫌な理由は何だ」

不機嫌、というのは少し違う。そう言いかけたが、彼を余計に心配させる気がしてやめた。

今日はどうもうまくいかない、せっかく週末に彼と出掛けているというのに。

「……」

「……何を気にしている?」

コーヒーカップをテーブルの脇に寄せて、彼はすこしだけ身を乗り出して頭を撫でた。温かい手から、彼の優しさが伝わってくる。

「ヴィンセント、どこに行っても注目の的なんだもん」

「……?」

頭を撫でる手はそっと下りて、テーブルの上の自分の手に重ねられた。

「どこに行ってもヴィンセントは目立つし、それだけ素敵ってことなんだけど。でも、皆ヴィンセントのこと見るし、それがなんだか……」

「イリス」

宥めるように名前を呼ばれ、ぱっと顔をあげる。彼は重ねていた手を、今度は指を絡めて離さない。

「私はお前しか見ていない」

わかっていたのに、それをわざわざ彼に言わせてしまうのは、自分がまだまだ子供ということなのかもしれない。

先程までの曇った気持ちも一気に晴れてしまうのだから単純だ。彼の手を自分も握り返し、満足げに笑った。

「イリスこそ余所見をするなよ」

「え、まさか! そんなことしないよ」

「先程から女性ばかり見ていたようだが?」

「それは、ヴィンセントのこと見てる人が沢山いるな、って思っただけで、」

「お前の余所見を許すほど私は優しくはないぞ」

「……」

「お前も私だけ見ていろ」

思わぬ彼の発言に耳まで真っ赤に染まった気がする。彼も彼で、照れ隠しなのか、言い終えるなりぱっと手を離してコーヒーカップに口をつける。

恥ずかしさから、自分も顔を隠すように、コーヒーカップに口をつけた。


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