想う

「……はあ……」

深い溜め息をついては目の前の"それ"を見つめる。困ったことに、もう時間もなければ材料もない。

テーブルに並んだ、夕飯になるはずだった"それ"は、申し訳なさそうに湯気を立ち上らせている。

一口食べてみてもやはり、美味しくない。不味いというほどではないが、美味しくない。

黒焦げになるまで焼いてしまうだとか、使う調味料を間違うだとか、それほど盛大に失敗していれば捨てることも厭わないかもしれないのに、中途半端に美味しくないというのは非常に厄介である。



「……どうしよう」

それから、なんとか美味しくならないものかと調味料を加えたものの、寧ろ先程の方がマシだったのではないかという味になってしまった。

もうどうしようもない。彼が帰ってくるのも時間の問題だ。いっそファイアで消し炭にしてしまって、なに食わぬ顔でセブンスヘブンに外食にしてしまおうか。

後戻りはできない、と決意した彼女の耳に、玄関の扉を開く音が聞こえた。

ああ、間に合わなかった。



「今帰った、イリス」

「おかえりなさい……」

いつもならば懐に飛び込んで出迎える彼女が、珍しく浮かない顔をしていた。申し訳なさそうに手をこまねいて、目を合わせようとしない。

「どうした」

「あの……ごめんなさい、夕飯、失敗しちゃった」

とぼとぼと台所へ戻る彼女の背中がいつにも増して小さく見える。

「これ……」

テーブルに並んだ料理をちらりと見ると、美味しくないの、と一言。

「私を想って用意したのだろう?」

「うん。でも、本当に美味しくないの、なんなら今から外食にしてもいい」

こちらが思っているよりもはるかに、彼女は料理の出来を気にしているらしい。

「食べるぞ、ほら」

「でも、」

テーブルにつくなり、目の前の料理を口にする。少し冷めたそれを、いつもより大袈裟に頬張る。

「確かに、旨くはないな」

からかうようにそう言えば、向かいに座った彼女は泣きそうな顔で料理を見つめる。

「食後が楽しみだな」

「デザートなんか作ってないよ」

不機嫌そうにそう呟いた彼女の額に、音を立てて口付ければ、やっと目を合わせた。

「ここに」

「な、なに言ってるの!」

やっといつもの調子を取り戻した彼女は、真っ赤になりながら、あれほど睨んでいた料理を食べ始めた。

「デザートはきっと旨い」

「ばか」


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