きみの温かさを知る
自分の手にあるのは紛れもなく、たった今彼が買ってきた袋だった。
「開けてくれないか?」
「……」
何がどうなっているのか、動けずにただ彼の目を見つめ返すだけの自分に痺れを切らしたのか、彼はこちらの手の中の包みを丁寧に開けていく。
中にはやはり、先程見たマフラーが綺麗に入っていた。
「せん、ぱい」
彼はそれを取り出すと、こちらの首にそっと巻き付けた。微かに触れる彼の手が妙にくすぐったかった。
「いつからだろうな」
「え……?」
「お前を他の男に渡したくないと思うようになったのは」
「そんな……だって先輩には──」
その先を遮るように、彼はその細く長い指をこちらの唇にあてた。そっと指を離すと、今度は頬に熱いものを感じて思わず仰け反る。
「イリス、私のところへ来てくれないか?」
「……それは、」
「私の恋人に、なってはくれないだろうか」
目に涙がたまっていくのがわかった。信じられないことだらけで混乱していた。言葉を出そうとしても声にならず、それでもじっと、こちらを真剣な眼差しで見つめている彼に、何度も頷いた。
初めて入った彼の腕の中は、熱くてどうしようもなかった。
「先輩はてっきり、その……ルクレツィア研究員とお付き合いなさっているものとばかり、」
「イリスがそう勘違いしていると、レノに聞かされた」
「え……?」
店先から再び公園へと戻った二人は、暗黙のうちにあのベンチに座った。初めてここへ来たときと同じ場所に、しかし、そのときとはもう関係性が違うのだと思うと胸が熱くなった。
「ルクレツィアは気付いていたようだ、私の恋心に。だから事ある毎にお前の話をしていた」
「そんな、私、全然知らなかったです」
「しかしそのせいでお前に勘違いをさせていたらしい。危うく他の男のものになってしまうところだ」
自分の了知しないところで、まさかそんなことになっていたとは、思いもよらなかった。
「……何故浮かない顔をしている?」
「え、あ、そんなことは……」
不意に覗き込まれれば、全身の熱が顔に集まったように赤くなった。ずっと想っていた彼が自分の恋人になる日が来ようとは、自分にはもうすぐ災いでも降り掛かるのではないか。
「私も、先輩のこと、ずっと好きで……でも先輩には想っている人がいるから、だから実現するはずないと思っていて、今も全然実感が湧かない、です……」
そう言い切ると同時に、隣り合った彼の手が自分の手を捕らえた。反射的に引っ込めようとしても、彼の力には到底敵わない。
「これから徐々に、わかればいい」
「……はい。あの、」
「……?」
「ヴィンセントさんと、お呼びしてもよろしいですか?」
「構わない、イリス」
わざと耳元で名前を囁く彼は、案外意地悪いところがあるのかもしれない。
これからのことを想像するだけで、期待に胸が膨らんだ。そして同時に、自分への自信のなさから不安にもなった。それでも自分は、この手を離すまいと決めたのだ。
「あ、」
「どうした」
震える携帯電話に、先程メールを送っていたことを思い出した。自暴自棄になって同僚に八つ当たりをしようと思っていたことを謝らなければならない。
そして、さんざん自分をからかってきていた彼に、感謝の旨とと報告もしたい。
「あの、ちょっと同僚にメールしないといけないです」
「ほう……その同僚がレノならば連絡は不要だ」
「えっ?」
携帯電話を取り出そうとした手は、隣に居る彼に掴まれて動けなくなった。冷たくなってしまっている指が、徐々に熱を帯びてゆく。
「私から既に連絡を入れてある」
「な、何て連絡したんですか?」
「さあな」
意地悪く笑った彼に、また鼓動が速くなった。彼もこんな顔をするのかと、幸せが心に満ちてゆく。これから彼の色んな顔を見られることに、また泣き出しそうになった。
恋敵のくせに、恋のキューピットの役までするなんて
2016.3.12 完結
2020.6.4 加筆修正
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