寒いのは冬のせい

少しでも期待していた自分が本当に愚かだった。そんなことが、ある訳がないのに、彼にはあの研究員がいるというのに。

ひどく自分を責めたが、努めて冷静を装った。今ここであれこれと考えて視界が滲みでもしたら、それこそ取り返しがつかない。

「えっと、予算はどれくらいですか? お誕生日プレゼントとかなら少し値がはっても大丈夫なんでしょうか?」

「特別な日の、贈り物を」

「記念日ですか? それじゃあ形に残るもので、普段も身に付けられるものとか」

自分でも驚くほど冷静な声で話していることにほっとした。これならばきっと、何も悟られない。

付き合ってはいない、などと嘘を広めた彼に、また夕飯でも奢らせよう。

「イリス」

「そういえば、謝礼はいらないですよ。私と先輩の仲じゃないですか。それに、プレゼントって早く渡したくなっちゃうと思うので、そのままルクレツィアさんに──」

しまった、そう思って口をつぐんだが、彼女の名前をばっちりと口にしてしまった。

贈り物を選ぶというのだから相手のことを知っていても何ら悪いことではないはずなのに、それでも彼よりも先にこちらから話題に出したのは失敗だった。

恐る恐る彼の顔を見れば、苦笑したままこちらを見つめている。

「行こうか」

「は、はい!」

いつもより早歩きの彼に、なんとも言えない気まずさを感じた。並んで歩くことも申し訳なく思えて、半歩後ろをついていった。



「どんなものをあげようとか、決めてます?」

「決まらないのでお前を連れてきた」

「先輩は確かにそういうものには疎そうですもんね、ってそんな怖い顔しないでください! ちゃんと私が責任もって選びますから」

街の中心部に足を運べば、シーズンだからか、どの店もプレゼント用品を全面に押し出している。いつもより煌びやかに見える店頭に、普段ならば心も踊っているはずだった。

周りを見れば、昼間から憚りもなくいちゃいちゃと戯れる男女の姿に、心臓を鷲掴みにされたような苦しさを覚えた。自分達も、端から見れば、彼等のように見えるのだろうか。

「どこ行きましょう?」

「……任せる」

人混みが嫌いな上司は、いつもに増して不機嫌そうな顔をしていた。

彼のためにも、そして、自分がこれ以上惨めな思いをしないためにも、さっさと決めてしまうに越したことはない。

「あ、あれなんてどうですか? 暗い赤色でとっても素敵です」

「……マフラーか」

「寒さも厳しいですし、喜ばれると思いますよ。毎日身に付けてもらえるだろうし、いいマフラーは自分ではなかなか手が出せませんからね」

「……」

提案してから、彼はショーウィンドーを睨み付けるようにじっと見つめていた。そしてすぐに、買ってくる、と一言口を開いて、そそくさと店内に入っていった。

これで、今日の任務は無事に完了したのだ。

店の前でひとりぽつんと佇む様はきっと惨めだった。冷たい風が痛いほど吹き付けてくる。こんなことならば、借りたままの同僚のマフラーをしてくればよかった。

「あ、マフラー……」

何とは無しにマフラーがいいのではないか、などと提案したが、昨日からの流れでマフラーを選ばせるというのもなかなか短絡的だった。

「まあ、いっか」

今日は上司の食事を断ろう。それから、マフラーを返す名目で、同僚に思いっきり愚痴を溢してやろう。

『今夜マフラー返しに行くから』

店先でさっさと本文を打ち込むと、メールを送信した。顔文字も絵文字もない、何の気遣いもいらない彼はやはり居心地がいい。



「待たせた」

「あ、買えましたか? よかったです」

「ああ」

「……先輩?」

その場から動こうとしないばかりか、彼はこちらを見つめて離さない。改めてまじまじと見る彼の顔は、やはり誰よりも美しいと思った。

「イリス」

「なんでしょう?」

「これを」

そう言うなり、包んでもらったばかりの袋をこちらへ差し出す。可愛らしい赤のリボンがふりふりと揺れている。

「先輩?」

「……」

「……ヴィンセントさん?」

「受け取ってくれ」

状況が飲み込めないまま、差し出された袋をただじっと見つめた。どんなときでも冷静さを失わないあの彼の手が、微かに震えているようにも見えた。


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