きらめきに誘われて

「イリス」

「はい」

「……」

「……なんでしょうか」

5分ほど前、レノがルードを連れて部屋を出ていった。向かいのデスクに座っている彼は、二人きりになったタイミングで口を開いた。

彼は仕事中に無駄話はしない。ましてや、仕事をする手を休めてまで、こちらに話し掛けるなどということは初めてだ。

「明日は休暇だったな」

「そうですね」

徐に立ち上がってこちらに向かって来たと思えば、なんということもない、世間話をしたいのだろうか。

訝しげな目で見つめ返せば、こちらのデスクに片手をついて顔を覗き込まれる。長い髪が触れそうで心臓に悪い。

「明日、私と出掛けてほしいのだが」

「はい……?」

出掛けるというのはつまり、休暇がつぶれて何かの任務に駆り出されるということだろうか。

休暇が無くなるのはショックだったが、それ以上に、彼と任務に向かえるということの方が嬉しかった。他でもない自分に声が掛かったという、ただそれだけのことで舞い上がってしまう自分は単純だ。

「わかりました。では本社に──」

「正午にあの噴水のある公園で」

「え?」

あの公園? 何故そんな場所に集合するのか。よりによって、初めて彼と二人きりで話した、あの噴水のある公園で。

ますます眉をひそめるが、彼は全く動じない。さらりと髪を肩に流す仕草は、女性のように繊細だった。

「お前の私服がどんなものか楽しみだ」

「はい!?」

そう言うと彼は涼しい顔をして自分のデスクへ戻った。私服で行くということは、任務ではないのだろうか。ひょっとしたら、本当にただ二人で出掛けるということなのかもしれない。

何がどうなっているのか。彼に訊ねようと椅子から立ち上がるが、タイミング悪く扉をノックする音が響いた。

返事をする彼の顔に、先程のような色は伺えず、仕事に集中しているようだった。

「ヴィンセント?」

「ああ、今行く」

「ル、ルクレツィア研究員、ご苦労様です」

しかし、自分の浮かれた妄想は、目の前に現れた彼女によってすぐに打ち消された。

「彼、借りてくわね」

何でもないように彼と二人で連れ立って外へ出て行った美しい彼女に、最早嫉妬心すらわかない。

彼が自分などと一緒に出掛ける筈がないのだ。これはきっと、潜伏捜査か何か、特別な任務なのだ。だから彼は詳細について触れないし、恐らく二人でいても怪しまれないよう女性の自分を選んだのだ。

冷静になれ、一人で舞い上がって任務に支障をきたすようなことがあってはならない。頭の中で浮かれた想像を掻き消すように、期待をしないように蓋をした。

「……飲みすぎたな、昨日」

自業自得だと、頭痛はいつまでも自分を責めているようだった。


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