この熱は消えぬまま

「ほらみろ、間に合った」

「……遅い」

「なに言ってんだ、時間ぴったりだぞ、と」

待ち合わせ場所に彼が来たのは、自分が到着してからすぐのことだった。

幾分か呼吸を乱している彼はきっと、本当に走ってきてくれたのだろう。吐き出す息は白くなってはすぐに消えた。



「乾杯」

「かんぱい」

こんな寒い日にも、彼はビールをごくごくと一気に飲んだ。自分のジョッキに注がれたビールは、当分の間無くなりそうにない。

彼に連れてこられたのは駅から程近い居酒屋だった。仕事帰りの会社員があちらこちらで飲んでいる。

「二人で飯なんて久しぶりだな」

「そうだね」

他愛もない会話をしていると突然、彼は真面目な顔でそう言った。たしかに、二人で食事というのは珍しい。

「ぶっちゃけどうなんだよ、ヴィンセントさんと」

「何言ってんの」

「とぼけんなって」

彼は次から次へと食事をオーダーしてゆく。細身の割りによく食べるなと感心すら覚える。

「お前も何か頼めよ、と」

「まだ残ってるからいいよ……って、ちょっと!」

「おら、とっとと頼め」

寒さにビールが飲みきれないと悟ったのか、或いは遅すぎる減りに痺れを切らしたのか。持っていた飲みかけのビールを奪い取ると、彼は一気に飲み干した。



「けど、よく二人で任務向かうことだってあんだろ? 帰りに飯くらい食わねえのかよ」

「そりゃあ一緒に仕事した日は食事くらいするけど、本当にただ食事して終わりだよ」

「お前から誘えばいいだろ」

「誘える訳ないじゃない、だって……」

「だって、なんだよ」

「だって……」

だって、あの人には、想っている人がいるから。

出かかった言葉をなんとか飲み込んだ。少し飲み過ぎただろうか、要らぬことまでべらべらと喋りすぎている気がする。

「……おかわり」

「お、イリスものってきたな! 飲め飲め!」

そうして彼に言われるまま何杯も酒を飲んだ。ペースはどんどんはやくなり、次第に気分も高揚してくる。

先程見てしまった光景をふと思い出しては、自棄になる気持ちが酒を飲む手をはやめて、気が付けばふわふわと頭が働かなくなってきていた。



「しっかし、ヴィンセントさんも勿体ねえよな」

「なにが」

「いや、だから。……灯台もと暗しっつーか、なんつーか」

「レノ、訳わかんない」

噛み合わなくなりつつある会話に苛立ちを覚えながら、それでもグラスを空けていく。彼の言葉が次第に遠退いていく。



「俺なら、お前にこんな思い──」

「なに?」

「……イリス飲み過ぎだぞ、と」

「うっさいわね」

また新しいグラスに手を伸ばしたが、彼はグラスをやんわりと奪った。

あれほど酒を煽っておきながら、今度はやめろと言い出す彼に、酔った頭で苛立ちを覚えた。

「なんなのよ、レノの意地悪」

「意地悪? こんな紳士、他には居ないぜ?」

「どの口が言ってるの」

彼も彼で酔いが回り、顔を赤くしながら話す彼の横顔に、自分でも驚くほど見いってしまった。


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