1日目 夜
「こういうのは、慣れてないんだ」
「クラウド、しっかり!」
「……乾杯」
「乾杯!」
クラウドのぎこちない音頭で、セブンスヘブンでの宴は始まった。
シドとバレットは、大きなジョッキに注がれた酒を一気に喉へと流し込み、エアリスとティファも、今夜は珍しく年代物のワインを開けている。
「なんだぁ〜イリス、おまえ全然飲んでねぇなぁ〜?」
開始早々に酔いが回り、既に出来上がったシドは、いつも以上に声が大きく、いつも以上にしつこい。酔ったシドにだけは絡まれないようにと、店の隅に逃げていたが、あっという間に隣の席を陣取られてしまった。
「私お酒強くないから」
「つれねぇなぁ〜ほら、これ飲んでみろ!」
口元に無理矢理持ってこられた彼のグラスに少しだけ口をつけた。先程まで飲んでいた酒とはまた違う酒を開けたらしい。度数の高いアルコールに、喉の奥が焼けるように熱くなる。
「……うわ、きっつ。も、もう大丈夫だから、ご馳走さま、」
そう言ってグラスを突き返そうとするが、彼としてはまだ飲ませ足りないらしい。酔いの回ったシドはとても手に負えない。一度彼の酒に付き合ったら最後、どちらかが潰れるまで酒を飲む羽目になる。
「おら、遠慮すんなって! な?」
こちらの拒否を遠慮と捉えたらしい彼は、肩に腕を回して引き寄せると、今度は強引に酒を飲ませようとする。酔った彼は力の加減を知らずに、ふらふらとした手つきでグラスを押し付けてくる。
「い、いらないったら!」
「シド、その辺にしておけ」
グラスの酒を口に流し込まれそうになったとき、咎めるような声が背後から聞こえた。どうやら彼が助け船を出してくれたらしい。
「わあったよ、つれねえな」
ぴしゃりと注意をされて、大人しくバレットの元へ戻ってゆくシドは、少し拗ねた様子でぶつくさと文句を垂れている。
「イリス、」
シドを追い払うことに成功し、今度は穏やかな声で名前を呼ばれる。マントに顔を埋めたまま、首を店の外の方へ少し傾ける。ついて来い、ということらしい。
皆で集まって更に盛り上がりをみせている店をあとにして、彼に続いて店の外へ出た。
「ありがとう、ヴィンセント」
「私のイリスに手を出すとは、シドも良い度胸だな」
彼は、皆の前では滅多に見せることのない、冗談めかした笑みを浮かべて言った。
彼の笑顔には、いつまで経っても慣れることが出来ずにいた。心臓がどきどきと音を立て、顔が熱くなるのがわかる。鼓動が速いのも身体が熱いのも、先程まで飲んでいたアルコールのせいだと、心の中で言い訳をした。
冷たい夜風が、熱くなった頬に当たって気持ちが良い。しかしそう思ったのも束の間で、今度は冷気を纏った風が襲ってくる。
ふわり、と彼のマントに包まれた。彼と向かい合って、目を合わせたまま、彼のマントに一緒になってくるまれている。きっとまた顔が赤くなってしまっているだろうことは、自分でもわかっていた。
「私も少し酔ってしまったようだな」
「えっ……?」
彼が珍しく屋外で腰を撫で回すので、本当に酔ってるのだろうかと、じっと彼を見つめた。彼が人目のつくところで、大胆なことをするのは珍しい。
そんな貴重な彼の姿と、身体をなぞる彼の手に、いつになく緊張してしまう。彼の腕の中で、目の前のマントに顔を埋めた。
「イリス、」
呼吸が落ち着いたのを見計らって、彼は両手を頬に添えた。少し体を屈めて、顔を近付けてくるのが暗がりでもわかった。また心臓が音を立てている。
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