愛をつたえるには
「どうしよう…」
花がいっぱいに咲く教会の片隅には昼前の温かな陽射しが窓ガラスを通して中に注いでいる。風は心地よく吹いているものの、まだ少し暑い季節だった。
「なあに? 何が"どうしよう"なの?」
教会の椅子に座って、足を忙しなくパタパタと動かしているイリスを脇目に、エアリスはせっせと花の手入れをしている。
「それが……」
エアリスの質問に答えられず、俯きながら唸っている。
「何に悩んでるかわかんなかったら、助けてあげられないなあ」
そんな彼女の様子に、エアリスは笑いながら答える。その声には幾分か面白がっている響きが含まれている。
「それは……、そうなんだけど」
イリスは足をおとなしくさせて、体をエアリスの方へ向けた。じっと、彼女が花の手入れをする様子を見ている。そんなことを知ってか知らずか、エアリスはイリスの方を敢えて見ないようにして、黙々と作業を進めている。
暫くの沈黙が流れた。エアリスが花に水をやる音しか聞こえない。教会の外も至って静かだ。それでも尚、イリスはエアリスを見続ける。エアリスの顔には、やはり面白がっている表情が見てとれる。イリスが口を割らない限り、こちらも断固として口を割らないと語っているようでもあった。
「エアリスー」
「なあに?」
「……」
そう答えた彼女は、やはりクスクスと笑っている。イリスは一度、ふうーっと息を吐き出すと、意を決して話し出しす。
「ヴィンセントの誕生日プレゼント、何にしたらいいのかわかんないの!」
半ば自棄になってそう言った彼女は、恥ずかしさから服の裾をぎゅっと掴んでいる。
「ふふ、そんなことだろうと思った」
全てお見通しだという顔で答えたエアリスは、すくっと立ち上がって笑った。
「エアリスの意地悪」
「ごめんってば」
少しからかいすぎただろうかと、謝りながらイリスの隣に座った。
「全く決めてないの? アクセサリー類、とか、大雑把にも?」
「うん……ヴィンセントが喜びそうなものが浮かんでこないの」
「イリスに貰ったら、何でも嬉しいと思うけどな」
「そうかなあ……」
イリスは、お手上げだ、という顔でまた足をパタパタ動かしていたが、今度はすぐに溜め息をついておとなしくなった。
「ヴィンセントの誕生日まで、まだ時間、あるんでしょ?」
「うん、あと1ヶ月くらいある」
「じゃあ、もう少し悩んでみたら?」
これ以上悩むのはうんざり、といった顔でイリスはエアリスを見た。なにしろ、エアリスに相談する更に1ヶ月前から、何にしたものかを考えあぐねていたのだ。これから先の1ヶ月で、名案が出てくるものだろうか。
「じゃあ、さ、」
そのエアリスの言葉に、イリスは目を輝かせながら言葉の続きを待つ。何か良い案が聞けるかもしれない。
「ヴィンセントに必要なもの、考えてみたら?」
しかし、ここでまたもや抽象的なことを言われてしまう。何か具体的な例をあげてくれるのかと期待した自分を少し責めた。
「必要なもの、か……」
「ただ必要なもの、じゃなくて」
「ん?」
「ヴィンセントに、必要なもの。ヴィンセントに必要だけど、ヴィンセントが持っていないもの」
「そんなもの、あるのかな……携帯電話は前に買っちゃったしなあ……」
「ヴィンセントの心、イリスが一番よくわかってる、でしょ?」
にっこりと笑いながらそう告げた彼女は、自分の助言はここまでだ、といった顔でイリスを見た。
「うーん……そっか。そっか! そうだよね! もう少し考えてみる! ありがとうエアリス」
そう言って椅子から立ち上がり、スカートの裾を引っ張って整えると、イリスは足早に教会を後にした。どうやら何か、アイデアが浮かんだらしい。エアリスは、優しい笑顔で彼女を見送った。
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