暗闘
「おっはよー!」
「おはようユフィ!」
長い夜が明けて日が登り、皆は宿屋の前に集合していた。ユフィがうるさいほどに元気なことは周知のことだったが、珍しく元気なイリスに、昨夜一体何があったのだろうかと、皆のヴィンセントを見る目がにやついている。
「……」
好奇の目に晒され、うんざりしたように彼はマントに顔を埋めた。
「ヴィンセントはん、これはひょっとして、アレちゃいますか? "寝不足"」
「……」
特に否定もしない彼の様子に、全員が更に興味津々といった表情で彼を見つめる。仲間の中で最も冷めているような彼が、遂に"そういうこと"をしたとなれば、話題にしない訳にはいかない。
「……イリスは熟睡していた」
何故こんな尋問を受けなければならないのかと、大きく溜め息をつきながら彼は答えた。事実、昨夜の彼女はその後ぐっすりと眠っていたのだから、そう答える他ない。
「お前は悶々として眠れなかった、ってか!」
シドのデリカシーのない言葉に、ヴィンセントは彼を睨むようにして一瞥したが、これ以上皆の話題の的になるのは御免だと言うように目を逸らした。
昨夜、すやすやと眠るイリスの傍らで、眠れずにいたのは事実だった。いつもより彼にぴったりとくっついて、穏やかな顔で眠っている彼女を見ると、あれはあれでよかったのかもしれない、と思うところもある。
しかしながら、純粋無垢な彼女を目の前にして、本能に負けそうになった自分を責めずにはいられなかった。
「……海底魔晄炉に行くのだろう」
これはあくまでも二人の問題だと考えていたが、仲間の前ではそうもいかないらしい。これ以上の尋問には耐えられないと、彼はマントを翻してすたすたと歩き出した。
「ヴィンセントさん、待ってください!」
そんな彼を見てぱたぱたと駆けてゆくイリスに、皆の間に笑みがこぼれる。
「ヴィンセントも案外子供だよな」
「ふふ、本人に聞こえたら怒られるわよ」
久しぶりの和やかな空気に包まれながら、皆もヴィンセントに続いて歩き始めた。
アンダージュノンからアルジュノンに向かうエレベーターには、以前と変わらず神羅兵が見張りをしていたが、皆どこか上の空でもあった。
「なんだ貴様ら」
「上へ行きたいんだ」
どこかやる気のないようにも見える彼等は、恐らく、大空を占領しているメテオのことで仕事どころではないのだろう。
「チッ……上に行きたければ金を払うんだな」
チラリと手を出す神羅兵に、皆は顔を見合わせて、大人しく賄賂を握らせて買収した。てっきり戦闘になるかと思っていた分、拍子抜けしてしまう。
「この分だと、上の警備も甘そうだな」
「いいじゃんいいじゃん! 闘わなくて済むならラッキー!」
巨大なエレベーター内での皆は、念のため戦闘に備えつつも、やや緊張が緩和されたようだった。
予想通り、アルジュノンに到着しても、神羅兵が襲ってくるということはなかった。それどころか、以前よりも閑散とした風景に、どこかしら物足りなさを感じる。
「変な感じだな」
「そうよね、監視の兵も誰もいないなんて」
人の姿がほとんど見えない街を、一同がずらずらと歩いているのもおかしな光景だった。一応の警戒はしつつも、余計な戦闘で体力を奪われずに済むのはありがたい。
「忌々しい場所だ」
しかしヴィンセントは、この街の景色すらも嫌っているかのように、脇目も触れずに歩いてゆく。イリスの囚われていた場所、という印象が強いのだろう。
そんな彼を見て、彼女はすっと隣に並んでは、彼の手を握った。
「あのときのヴィンセントさん、ヒーローみたいでした」
「……生きた心地がしなかった」
「もう離れません。ね!」
そう言ってにっこりと笑う顔に、張りつめていた彼の心も、幾分か和らいだようだった。二人は離れてはいけないのだと、あのときの苦い経験が二人をそう思わせた。
「ヴィンセントの奴、やけに道に詳しくないか?」
その後もヴィンセントとイリスの二人を先頭に、皆は海底魔晄炉を目指して進んでいった。入り組んだ道も、迷うことなく突き進んでゆく彼に、クラウドは疑問の声を漏らす。
「そっか、クラウドはあのときのヴィンセントを見てないもんね……」
「坊や、そら言わん方がええで」
当時を思い出してぶるぶると震えたレッド]Vに、一体どういうことなのかと首を捻る。事情を知っているらしいケット・シーは、勿体ぶるようににやにやと笑みを浮かべている。
「バレットはん達とは別に、イリスはんが神羅に捕まっとったときに、はよ救出せなアカン!っちゅーて、ヴィンセントはんがイライラしとったんですわ。けど、時期を見計らって行きましょってことで、待機してもろたんです」
「あのときのヴィンセント、オイラが見た中で一番怖かった気がする……」
「ほんで、待機させられとる間に、ジュノンの地図を頭に叩き込んではったんですわ。イリスはんを真っ先に見付けて、最短ルートで帰ってくる言うて」
当時の彼の様子を事細かに話すケット・シーに、そんなことがあったのかと、クラウド達は驚いた。それと同時に、彼のイリスに対する愛の深さに、微笑ましさを抱いたのも事実だった。
「けっ、恥ずかしい奴だな」
「意外とヴィンセントの方がイリスにゾッコンだったりしてね〜」
「あら、私は前からそうだと思ってたけど」
「……もうすぐ海底魔晄炉に着くぞ」
いつから皆の会話を聞かれていたのか、気が付けば重厚な扉の前で皆の到着を待っていた二人に追い付いてしまっていた。
余計なことを言うなと、ケット・シーを睨むようなヴィンセントと、自分の知らない間にそんなことがあったのかと、恥ずかしさで顔を赤くするイリスに、皆、責任を押し付けるようにケット・シーを指差した。
「まあまあ、お二人さん。ボクのお陰で退屈せんかったでしょ」
特に悪びれた様子もないケット・シーに、最早返す言葉も見付からない。もううんざりだ、というように扉の前に立つヴィンセントだったが、それでも尚、握った彼女の手は離さない。
そういうところが子供っぽいんだと、ボソリと呟いたクラウドを、ティファは肘で小突いた。
「なんだ貴様ら!」
扉を開くと、先程とはうって変わって、重装備をした神羅兵が何人もそこに居た。
海底魔晄炉はその名の通り、海底を掘って埋め立てたような場所だった。閉塞感があり、薄暗くじめじめした場所が、人工的な照明でところどころ明るくなっている。
「お前らアバランチの連中だな!」
「ヒュージマテリアは渡さん!」
あちこちから銃を構えて集まってくる神羅兵に、先程までの和やかな空気も一変して、皆は戦闘態勢に入った。
「私の後ろに居ろ」
「は、はい!」
咄嗟にイリスを庇って銃を打ち始めた彼に続いて、皆も兵士の攻撃をかわしながら突破口を開こうとしている。
しかし兵士の数が多く、その上一定の距離を保ちながら射撃をしてくるのできりがない。
「何か変じゃないか!?」
「どういうこと、クラウド」
戦闘の最中、声を張り上げて皆に何かを訴えるクラウドに、皆が耳を傾ける。何かが変だと言う彼に、皆が注意深く周囲を見渡す。
「……時間稼ぎか」
神羅兵達は、銃口を向けて襲ってきたものの、こちらを戦闘不能にまで追いやるつもりがないらしい。攻撃もどこか単調で、道を塞ぐために威嚇射撃をしているようにも感じられる。
ヴィンセントの言った通り、敵の攻撃は単なる時間稼ぎのようだった。それにまんまと騙されて、足止めを喰らってしまった。
「おい、やべえぞ! 潜水艦だ!」
後方で叫んだシドの視線の先では、ヒュージマテリアが真っ赤な潜水艦に積み込まれていた。
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