差したのは希望

『魔晄の濃度をあと10%ほど上げてみるか』

うっすらと戻りつつある意識の中で、ぼんやりと遠くから声が聞こえた。どこか聞き覚えのあるような、神経質な声だった。

『ジェノバ細胞はどうなっているんだ?』

『侵食がかなり進んでいるようです』

『ほう……』

暗闇の中で眩しさを覚えるような、感じたことのない感覚に息苦しさを感じた。

『ここまで成長させたからには、もう少しエネルギーを溜め込ませた方が良いな。クックック』

その耳障りな笑い方を、彼女は知っていた。

『"これ"が完成すれば、人間を兵器に改造して量産することもできるというわけだ。やはり私は天才だな』

いつか聞いたことのある、コツコツと、ガラスケースを叩く音が聞こえる。思い出したくないものを無理矢理に見せられているようで、頭痛と吐き気に襲われた。

『魔力はどの程度まで貯まっているんだ?』

『オメガやカオスには及びませんが、もう数ヶ月でかなりの威力になるかと思います』

『そうか、くれぐれもここから出さないよう気を付けたまえ。それから魔晄の濃度を一定に保つようにも』

それはいつか、神羅屋敷で見た資料の通りの内容だった。あれはやはり事実だったのだ。所々が破れ、読めなかったところも、何となくこうではないかと想像していた通りに、会話が聞こえてくる。

『それから』

白衣を来た彼が、眼鏡をぐいっと上げながら、ガラスケースに近付いた気配を感じた。

『"これ"も、エイシェントマテリアとの相性は悪いらしい。記録しておきたまえ』

『了解しました』

彼は部下に命じて、あれこれと記録させているようだった。時折、身体がヒリヒリと痛んだり、身体の内側が熱くなるような感覚に陥ることがあったが、その度に彼は、同じように何かを記録しているようだった。

『しかし……やはりまだ不十分だな』

こんな時間が一体、どれくらい続いたのだろうか。一瞬だけ戻る意識と、すぐに訪れる暗闇とに、頭がおかしくなりそうになる。

『……まあいい、星の終焉が訪れるわけでもない。時間はたっぷりある』

目を開けることができない。息をすることも、声を出すこともできない。

しかし彼女ははっきりと、目の前の彼を認識できていた。彼の名前は宝条。人間を兵器へと量産するため、自分を実験台にした科学者。

──……イリス

この感覚を知っている。失われそうになった意識を引き留めるように、何かが自分を呼んでいる。

──イリス、目を覚ませイリス……

こうして自分は、意識を取り戻して、かつて英雄と呼ばれた兄に助けられたのだということを知った。彼に助け出される前の記憶を、ここへきて初めて思い出した。

──イリス……

自分は一体、どうしてこんな光景を、今になって思い描いているのか。

──私だ、イリス……!

先程とは違うところから聞こえた声に、心が引っ張られる。それはとてもあたたかく、懐かしく、安心する声だった。

「イリス」

「……」

「気が付いたか?」

「ヴィ……ン、セント、さん?」

目を開けると、雲ひとつない青空が広がっていた。そしてこちらを覗き込み、不安げな表情をしている彼と目が合った。

「まったく、無茶をする」

彼は困ったように、しかし安心したように笑顔をこぼした。前髪を払って額に口付けをする彼に、だんだんと意識がはっきりとしてきた。

「私、どうなってたんですか?」

「しばらく気を失っていたようだった。魘されてもいたな」

意識を失うことはこれまでにも何度かあったが、自分の忘れている過去のことを思い出すようなことは今回が初めてだった。

このことをどのように伝えたら良いだろうかと考えを巡らせるが、上手く言葉に表すことができない。

「あの……」

口ごもってしまっている間に、彼女の周りを仲間が取り囲む。

「お! イリス、大丈夫か?」

「シドさん! 大丈夫です、ありがとうございます。……って、シドさんこそ、すごい傷じゃないですか!」

「ウェポンの野郎とやり合ってたもんでな」

そういえば、ミディールに到着して間もなく、地震と共にウェポンが上空を旋回していたことを思い出した。

自分が意識を失っている間に彼らが応戦してくれていたのかと思うと胸が痛む。



「イリス〜!」

「ユフィ!」

相変わらず元気な声で走りながら突進してくる彼女に、思わず笑みがこぼれる。

「よかった、イリスまで、まこーちゅーどくになっちゃったのかと思ったよ〜」

「じゃあ私、ライフストリームに……クラウドさんは!?」

彼女の「魔晄中毒」という言葉に、クラウドとティファの安否を心配し始めたイリスを、ヴィンセントが抱き締めるようにしてそっと制した。

「クラウドなら、ほら!」

そう言って振り返ったユフィの視線の先には、しっかりと自分の足で立って、ティファと話しているクラウドの姿があった。

こちらの視線に気付くと、彼は走ってこちらへやってきては笑顔を溢した。

「心配かけたなイリス」

「クラウドさん!」

思わず彼に飛び付くように抱き締めたイリスを、クラウドも抱き締め返した。

「よかった、よかったです本当に」

「ああ、ありがとう。みんなのお陰だ」

「違うわ、クラウドが自分自身で見付けたの。ね?」

何やらクラウドとティファの二人にはわかるのであろう話をしながらも、どこか誇らしげににっこりと笑うティファにも、元気が戻ったようだった。

「な、なあイリス」

「はい!」

「俺としては嬉しいんだが、ヴィンセントの視線が痛いんだ」

「あっ……」

喜びのあまり彼を抱き締めてしまっていた腕をぱっと離し、申し訳なさそうに彼から距離をとった。

「ち、違いますヴィンセントさん、そんなんじゃ」

「そんなに必死にならなくともわかる」

彼も彼で、可笑しそうにその光景を見ているのがわかった。皆の間に、やっと、安心感が宿った瞬間だった。



「それで? 俺が知らない間に二人は恋人になったらしいじゃないか」

「な、そういう言い方……」

「悪い悪い。俺も皆に話さなきゃいけないことがあるんだ」

冗談を言っていたかと思えば、今度は真剣な表情をしてクラウドは咳払いをひとつした。

彼の目が、以前のようにきりりと輝いているのを、皆は確かに見届けた。

「俺は、みんなが思っていたようなソルジャーじゃなかった。自分の過去と、他人の記憶をごちゃ混ぜにしてしまっていたんだ」

彼はどこでそれに気が付いたのか、彼の身に何があったのか。それは定かではなかったが、しかし、彼の口から語られるその話は事実であると皆が信じた。

「ソルジャーじゃなかった? その割には強かったじゃねえか」

「ああ、宝条が実験していたセフィロス・コピーは、何てことはない、ソルジャーになるのと同じで魔晄を浴びせることだったんだ。だから俺も、身体はソルジャーと変わらない」

ティファが時折、過去の話になると口をつぐんでいたことも、クラウドの記憶が混乱していたことによるものだったと、そのときになってわかった。

「ただ、俺のように心の弱い人間は、心を乗っ取られてしまうことがある。みんなには迷惑をかけた」

「なんでえなんでえ、水くせえな」

「たしかに! クラウドらしくな〜い」

自分を取り戻した彼の姿を見ることができて、これ以上の喜びはない、という皆の気持ちが伝わってくるようだった。

「今もメテオが近付いてる、俺のせいだ。……だから、俺にできることは何でもやるつもりだ」

「ほんなら、星を救う旅は続けるっちゅーことですか?」

「ああ、もちろんだ。バレットがよく言ってただろ?」

そこで彼は、ティファとバレットを交互に見た。そして視線を交わし合った三人は、口元をやや緩ませて、呼吸を合わせて言った。

「「俺達の乗った列車は、途中下車できないんだ!」」

三人の声が合わさって響いたその言葉に、皆の間にも笑みが溢れた。

皆の心は、以前にも増して団結し、更に強い絆で結ばれたことを、全員が確信した。


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