深淵

「おい、大丈夫か!?」

「皆さん、建物から出てください!」

三人が病院内へ駆け込んだときには、あわてふためく患者と、ひっきりなしに鳴るナースコールに看護師が走り回っていた。

地震で建物が倒壊してしまう可能性もあるし、倒壊しなくとも、出入口が開かなくなってしまうこともある。そうなる前にと、仲間は手分けして患者を病院から連れ出していた。

「これで患者さんは全員ですか!?」

「いや、あの彼がまだだ!」

イリスが医師に問い掛けると、クラウドがまだ中にいるらしい。ということは、当然ティファも一緒に居るのだろう。

「……!」

その言葉を聞いた彼女は、再び病院内へと駆け込んで行った。その後を追うようにヴィンセントも走ってゆく。

「おい、気を付けろよイリス、ヴィンセント!」

「皆さんは高台に避難してください!」

シドの声に、振り向くこともせずにそう叫んだイリスの姿は、もう外からは見えなくなっていた。

既に屋根はガラガラと音を立てて崩れ始めており、助けに向かった二人までもが病院内に閉じ込められるのでは、という不安を抱かずにはおれない。

「ちょっとちょっと、どうすんのさ〜!」

パニックに陥ったユフィは、どうしたものかと、その場で地団駄を踏む。

「オイラ達まで慌てちゃだめだ、イリスの言う通り、街の人達を高台に避難させよう」

「でも、イリス達が!」

「きっと大丈夫、オイラ達も、街の人を避難させたらすぐに戻ってこよう」

病院に残された仲間を心配する一方で、彼等も住人の誘導をしなければならないと、パニックになりそうな気持ちを抑えて、街のすぐ隣の丘へと皆を誘導した。



「ティファさん! クラウドさん!」

「イリス、どうしよう、車椅子が動かないの」

既に棚や医療器具が倒れ落ちてきてしまっている病院内は、車椅子を進めるには難しい状態にあった。

立ち止まっている間にも、あちこちから、物が落ちて壊れる音が聞こえる。

「大丈夫です、私が物をどかしますから、ティファさんはクラウドさんを外へ!」

そこへ駆け付けたヴィンセントも、状況を察して車椅子を押し進める手助けをする。

依然として収まらない揺れに、立っているのもままならない。早くしなければ建物が崩れ落ちてしまいそうになっている。

「これで通れます! ティファさん、こっちです!」

「わ、わかったわ!」

三人はよろめきながらも、なんとかクラウドを連れて病院を出ることができた。

ひとまず外に出られたと安心していると、住人の誘導を終えた仲間達も駆け付けてきてくれているのが見える。

「よかった……私達も高台に行きましょう」

「ええ、そうね。クラウド、もうちょっとだから、頑張って」

そうしてティファがクラウドに話し掛け、車椅子を押し進めようとしたとき、一際大きな揺れが皆を襲った。

「わっ!」

今まさに立っている地面に亀裂が入り、そして大きく断裂し始めた。車椅子はその断裂に引っ掛かり、裂けた大地の底へと傾いてゆく。

「ティファさん!」

「クラウド、待って、いや!」

タイヤが地面を離れ、彼を乗せた車椅子は地面の底へと落下していった。そして、彼を放すまいと車椅子の取手を握ったままのティファも、彼と共に、底の見えない深淵に落下していった。

「そんな……」

二人が落ちていく様子が、まるでスローモーションのように、ゆっくりと、そして鮮明に彼女の目に焼き付いた。

こちらに助けを求めるように手を伸ばすティファに、イリスも精一杯に手を伸ばす。

「やめろイリス!」

「だって、ティファさんが、クラウドさんが、」

「私達まで落下する」

今や断崖絶壁となってしまった地面にうずくまり、手を伸ばしているイリスを、ヴィンセントは抱き締めながら制止した。

ぽたりぽたりと、彼女の涙が地面に染みを作っていく。

「おい! どうしたんだ!?」

「二人が……二人がこの下に……」

「なんだとぉ!?」

集まってきた仲間も、その亀裂を覗き込み、なんとか二人を引っ張り上げられないかと考えたが、どこまでも続くその深淵に、絶望感に襲われた。

「え、ちょ、どうすんの! 助けなきゃ!」

「助けるいうても、ボクらまで落ちてしまいますよ」

「だからって二人をそのままにできねえだろうが!」

落下してしまった二人をどうやって助け出すか、どうしたらいいのか、仲間達にも焦りが蔓延していた。

梯子を持ってくる、ロープを持ってくる、誰かが下に降りると、口々に提案するが、どれも有効とは思えなかった。

「な、なんだ!?」

「また大きく揺れ始めてる!」

そんな皆を更に追い込むように、揺れはひどく大きくなってゆく。

「クソッ、ひとまずここを離れるぞ!」

苦肉の策だと、バレットが皆を亀裂から離そうと声を上げた。

未だに立ち上がることが出来ずにいるイリスを、ヴィンセントが抱えて連れていこうとしたとき、彼女の足元にまたもや大きな亀裂が走った。

「イリス……!」

間一髪のところでヴィンセントが彼女の腕を掴み、落下を防いだ。しかし、彼女の方は彼を掴むでもなく、ぐったりとしている様子だった。

「イリス、しっかりしろ」

声を掛けても返事がない。彼の腕一本で支えられて、宙ぶらりんの状態で、彼女に異変が起きてしまったらしい。

「大丈夫だ、今助ける」

ヴィンセントは声を掛け続けながら、両手を彼女の身体に伸ばして、意識のない彼女の身体を引っ張り上げる。



「チクショウ、今度は何だってんだ!」

「ウェポンだ……! どうしようシド」

「俺達で迎え撃つしかねえだろ! おい、イリス達にこのデカブツを近付けるんじゃねえぞお前ら!」

ティファとクラウドは大地の奥底に落ち、意識のないイリスをヴィンセントが崖の上で支え、他の仲間はミディール上空から皆を狙っているウェポンを迎え撃つ。

平和な温泉町を突如として襲った巨大地震と巨大生物により、そこは今や混沌とした戦場と化してしまった。


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