蝕む魔力
「ティファさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫。それより、クラウドは?」
「それが……」
イリスがティファを宥めている間、ヴィンセントがクラウドの様子を見ていた。しかしクラウドは突然立ち上がると、ヴィンセントの制止を振り切り、脇目も触れずにクレーターの奥へと向かっていってしまった。
「じゃあ、クラウドはセフィロスのところへ向かったのね?」
「恐らく」
「……追いかけましょう」
未だ不安を拭いきれていない様子の彼女だったが、今ここでクラウドを一人にしてはいけない。三人は彼を追い掛けて、暗い地中へと駆けていった。
「ちょっと、アンタ達どこから来たのよ!!」
随分と走ったところで、突然広い空間に出た。そこにはかつて神羅カンパニーで見たルーファウスと、派手な赤い服を纏った金切り声の女性、そして白衣を着た男性が、クラウドと対峙していた。
「まったく! 次から次へと何なのよ!」
きんきんと頭に響く高い声で話す女性をルーファウスが宥めた。何がどうなっているのかと、皆が頭を働かせている。
「宝条……」
一定の距離を保ったまま睨み合っていたが、沈黙を破ったのはヴィンセントの低い声だった。ホルスターの銃に手をかけ、今にも銃を引き抜くのではないかというほどの怒りが滲んでいる。
「あの人が宝条……なんですか?」
イリスが恐る恐るヴィンセントを見上げると、彼は無言のまま頷いた。視線の先にいる神経質そうな白衣の男性は、下がった眼鏡を押し上げながら興味深そうにこちらを見ている。
エアリスの家で見たビデオテープに映っていた男性が、今まさに目の前で笑っている。
「誰だ君たちは」
「イリスを助ける方法を教えろ」
宝条は更に眼鏡を押し上げながらじりじりとこちらへ近付いてきた。ヴィンセントはマントでイリスを庇うようにしながら、尚も宝条を睨み付けている。
「イリス……これがイリス・プロジェクトの? まだ生きていたのか! これは貴重なデータだな」
彼はにんまりと口元に笑みを浮かべると、イリスを覗きこみ観察し始める。
「セフィロスが試験管の外に連れ出したと聞いたが、まだ生きていたとは。……待て、どうやってここまで来たのだ? 拒絶反応はどうした」
独り言のようにぼそぼそと話す彼に、埒が開かないとヴィンセントは銃口を構えた。しかしそれに怯えることもなく、宝条は何やら考え込んでいる。
「これもリユニオンの成功例ということか。しかしせっかく増幅した魔力が減ってしまっては意味がないな。もう一度溶液に入れて元の魔力まで回復させられたら──」
「いい加減にしろ」
普段感情を表に出さないヴィンセントが、怒りをぶつけるように宝条の足元に向かって一発の弾を撃った。
イリスを実験台としか思っていない発言に対して、彼が怒りを露わにしてくれたことは、イリスにとって嬉しくもあったが、今は複雑な心境でもあった。
「やれやれ……"それ"は私が初めて試みた、古代種とジェノバ細胞の融合体だ。魔力が格段に増幅したのだ。そこで神羅カンパニーの新兵器にするつもりだったのだが……。生憎そのサンプルは寿命がそれほど長くはないのでね、使う時期は慎重にしなければと思っていたところへセフィロスが連れ出した。まあそのお陰でそのサンプルもリユニオンすることの証明になった訳だが」
早口で一気に話した宝条に、イリスは思わずヴィンセントのマントを掴んだ。
かつてニブルヘイムの神羅屋敷で宝条の実験の記録を読んだことがある。ところどころ字が読めない箇所があったが、ここへきてやっと、自分の出生を知ることとなった。
しかしそれは、皆の想像を超えた過酷なものだった。実験をしていた本人の口から、真実を聞いてしまった。
「寿命が……短い……?」
辛うじて発した弱々しいイリスの声に、宝条はまたもや目を丸くしている。
「おお、言葉が話せるのか。そう、それの寿命は短い、というよりも寿命を魔力に換えていると言った方が正確かな」
突然知ることとなった自らの身体のこと、生み出された目的。それらを頭で整理するのは今の彼女には到底困難だった。
ずっと知りたいと思っていた真実が、こんなにもあっけなく、そしてこれほどつらいものだとは思ってもみなかった。
「拒絶反応とは何だ」
ヴィンセントも先程から怒りを抑えきれていない様子だったが、やっと宝条に対峙できたとあって、なんとか自分を鎮めようとしながら話をしている。
「セフィロスとそのサンプルは強力な力を持ちすぎている。近付けば体力で劣るそのサンプルが壊れてしまうので隔離していたのだが、そうか、ここまで来られたならばまだ使用の余地があるな」
「イリスはサンプルなどではない、人間だ」
「人間? 面白いことを言う、それが人間か? 命を魔力に吸いとられ続ける憐れな媒体だよ」
「貴様……」
怒りに震えるヴィンセントと、興味津々といった宝条の姿に、イリスは恐怖と、そして悲しみに襲われた。
神羅カンパニーにいたことも、何度も実験を施されていたことも今ならわかる。しかし納得がいかない。
「放っておいたところで身も心も魔力に食い尽くされる憐れなサンプルだ、神羅カンパニーに寄贈してはくれないだろうか」
何の躊躇いもなく言ってのける宝条に、ヴィンセントはイリスの腕をきつく掴んだ。
「私たちのイリスだ、サンプルでもなければ神羅の所有物でもない」
「ふん……では、それには用無しだ。せいぜい自我を失ってゆく様を見届けたまえよ」
宝条はそれだけ言うと、ルーファウス達のいる方へ戻っていった。未だ怒りの収まらないヴィンセントと、呆然としているイリスを余所に、過酷な状況は刻一刻と迫っていた。
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