幻影
一行はいつもに増して緊張感を纏いながら絶壁を目指していた。道中のモンスターを着実に倒しながら、黙々と絶壁を登った。
相変わらずヴィンセントはイリスの手を握りしめたまま歩いていたが、彼女の方は気まずい思いをしながら引き摺られるように歩いた。
「なんだこりゃあ」
「大昔にできたクレーターか。空から降ってきたものがぶつかって、星に傷ができたんだろう」
絶壁を登った先には、巨大なクレーターが広がっていた。星がこの傷を治すためにエネルギーを集中させているというのも頷ける。
そのエネルギーを使ってセフィロスがメテオを呼び寄せようとしているならば、やはり彼の目的地もここに違いない。
「セフィロスと決着をつけるときが来たのね……」
わずかに震えた声でそう呟いたティファに、イリスの肩が揺れた。先程の一件で心を乱してしまったが、セフィロスがいるのだと思うと、緊張と不安から無意識に手に力を込める。
今大切なことは皆で協力してセフィロスのいるところへ辿り着くことなのだと、自分に言い聞かせ、一度深呼吸をした。
「セフィロス……今日こそ……」
クラウドの言葉の先は言わなくともわかっていた。ここまで追い掛けてきたセフィロスと対峙するのだ。
「……」
ここへきてイリスは不安に駆られた。確かにセフィロスとの決着をつけようと旅を続けてきたはずなのに、いざ対峙するというときになって、その意味が途端に現実味を帯びてきた。
本当に倒せるのだろうか。自分が本当に、彼を攻撃できるのだろうか。
「大丈夫か」
「は、はい……」
ヴィンセントに答えた自分の声が震えているのがわかった。あれほどまでに会いたいと願い、そして許せないと思っていた彼を目前に控えて、逃げ出したい気持ちに駆られた。
「みんな、慎重に進むぞ」
クラウドの声に頷くと、皆でゆっくりと先へ進む。一歩踏み外せば底の見えない崖の下へと落ちてしまいそうな細い道を、細心の注意を払って歩いて行った。
「お前たちはもう終わりだ」
不意に聞こえてきた低い声に、全員の足が止まる。声の主を探そうと辺りを見渡せば、彼は少し離れたところにその姿を現した。
「セフィロス!!」
久しぶりに見た彼の姿にイリスは息を飲んだ。記憶の中にいる彼と同じ姿をしているはずが、今は再会を喜ぶことができない。
頭が割れそうなほど痛み、立っていられずにしゃがみこんでしまう。視界がぐらぐらと揺れ、ヴィンセントに支えられてやっと座っている状態だった。
「……」
言いたいことは山ほどあるというのに、言葉にならず消えてしまう。セフィロスはイリスと目を合わせることもせずに、クラウドだけを見据えている。
頭痛なのか眩暈なのか、感じたことのない身体の不調を抑え込みながら、イリスはセフィロスを見つめる。
「ここまでだ、セフィロス!」
「そう、ここまでだ。この身体の役目はな」
またもや意味のわからないことを言うセフィロスは、瞬く間に姿を消してしまう。
同時に、彼の居たところには、きらきらと光る黒いものがひとつ転がっていた。
「消えた!?」
「いや、まだ近くにいるかもしれない」
全員で背を向け合い、円を作るようにして四方を見渡す。武器を構えて戦闘態勢に入っているが、黒く光るそれ以外何も異常は見られない上に、セフィロスの姿も見あたらない。
「どこにいる、セフィロス!」
「我らの役目は黒マテリアを主人の元へと運ぶこと」
またもや声だけが聞こえて、彼の姿は見えない。
そして、皆の頭にはやはり疑問符が浮かんでいた。「我ら」とは誰のことを言っているのか、「主人」とは何者なのか。
「ジェノバ細胞を持つ者たち、主人であるセフィロスの元へ」
低く笑うセフィロスの声に、更に混乱してきてしまう。
「セフィロスが"セフィロスの元へ"だぁ? かーっ、意味がわからねえ!」
「ジェノバ細胞……なるほどな。ジェノバはリユニオンする、か」
「クラウド、どういうことなの?」
一人納得しているクラウドに、皆は説明を求める。セフィロスが「セフィロスの元へ」向かうなどと言われても、到底理解ができない。
「ひょっとして、セフィロスじゃない? 今まで私たちが追い掛けてきたのはセフィロスじゃなかったの!?」
ティファの発言に初めは驚いたものの、そう考えるのが最も自然なのかもしれない。ずっと追い掛けてきたセフィロスは、本物のセフィロスではなかったということなのだろうか。
「詳しい説明は後だ。少なくとも、本物のセフィロスはこの奥にいる。途方もなく強い意志を、この星の傷の奥底から放っている」
クラウドは大剣を背中に戻すと、先程セフィロスがいた場所に落ちている黒いものを拾い上げた。
「これが……黒マテリア」
他のマテリアと同じ大きさ、同じ形状をしているにもかかわらず、怪しく光るそれは、見ている者を吸い込んでしまうような不気味さがあった。
「黒マテリアは俺たちの手に戻った……あとはセフィロスさえ倒せば、全てを終わらせることができる」
黒マテリアを手に、険しい顔つきで語るクラウドと、未だ状況が理解できずに混乱している皆がいた。
「ねえクラウド、セフィロスのところへ行くなら黒マテリアは持って行かない方がいいわ。誰かに預けたら?」
「そうだな……二手に別れよう。バレット、預かっててくれ」
「おっと、責任重大だぜ」
クラウドは黒マテリアをバレットに手渡す。持っているのも不気味なそれを、バレットはしっかりと受け取り懐にしまった。
「イリス、セフィロスのところへ行く、よな?」
「はい、行きたいです」
頭痛をはねのけなんとか立ち上がると、クラウドの目をしっかりと見つめながらそう言った。彼に会うためにここまで来たのだ、引き下がる訳にはいかない。
「俺とティファ、イリス、ヴィンセント。他にこっちに来たい奴はいるか?」
クラウドの問い掛けに、皆は首を横に振る。気味の悪いこの場所の、更に深淵に行くことに躊躇する気持ちはわかる。
「アタシ達は黒マテリアをしっかり見張っとくよ! マテリアの管理ならユフィちゃんに任せて!」
おどけてそう言った彼女に、心なしか皆の緊張は緩和されたようだった。
黒マテリアを持って待機する仲間を後に、四人はセフィロスが居るであろうクレーターの奥へと進んでいった。
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