雪原の躍り

「いいのか?」

隣を歩くヴィンセントは、こちらを見下ろしながら訊ねた。例の湖から地上に出るといつの間にか夜は明けていて、辺りは薄く朝日が照らしていた。

「……セフィロスのことだ」

前を歩く皆とは少し距離があるので、きっとこの会話が皆に聞こえることはない。きっと本音を聞きたいのだろう。

「許せない気持ちは皆さんと同じです」

それは紛れもなく本心であったし、自分とセフィロスとの関係をここに持ち込んだとしてもやはり、この気持ちは揺るがなかった。

「私はどこか、夢見てたのかもしれません。皆さんも、セフィロスさんも、みんな手を取り合って仲良く、だなんてことを願っていたのかもしれません」

「……」

「でも今回のことでそれは叶わないとわかりました。甘かったんです。それに……あの頃のセフィロスさんはもうきっと居ないんです」

「そうか」

ずっと渦巻いていた葛藤はいつの間にか消え去っていた。そして甘い考えを捨てるべきなのだと、心にかたく誓った。

神羅カンパニーで自分を置いていったこと、それにもかかわらずジュノンの船上で自分を連れ去ったこと、一体何が目的だったのかと、セフィロスに対する疑問は常に心にあった。しかし、少なくとも今はエアリスのことで頭が一杯であることは確かだった。

大切な、かけがえのないエアリスを殺めたということを、許す訳にはいかない。例えそれが、自分の"兄"だったとしても、許すことができない。

「お前が不本意でないのならばいい」

それきりまた二人の間には沈黙が流れた。しかし、いつになくヴィンセントはイリスを気に掛けていたし、彼女自身もそのことに気が付いていた。

いつの間にか二人の間の沈黙は信頼の証のようなものに変わっていた。同時に、互いに信頼し合っていることが、口にしなくてもわかるようになっていた。



「セフィロスは北を目指すと言っていた。ここから抜けよう」

先の湖を抜け出し、分かれ道に差し掛かったときには、イリス達も皆に追い付いていた。来た道とは逆方向に向かうらしい。

いつもより口数の少ない皆は、先頭のクラウドに続いてずんずんと足を進める。だんだんと冷気を帯びた風が吹き付ける。

イリスは再度、湖のある方向に視線を送り、今度こそ振り返るまいと決めた。未だ腫れが完全にひかない目で、皆の後ろにくっついて歩いた。



鬱蒼とした森が続いていたが、すぐに眩しい雪原に出た。その頃には朝日もしっかりと辺りを照らして、積もった雪が光を反射している。

「さて、どっちへ行こうか……」

先程までの異様な静けさは消え、本当に忘らるる都から外へ出たのだと肌で感じる。クラウドは皆を振り返るが、皆寒さのためにガタガタと震えていた。

「どこでもいいから早くあったかいとこ行こうよ! 凍え死ぬ!」

「こんな寒いんなら厚着してくるんだったぜ」

「そうだな……道なりに進めば何かあるかもしれない」

寒い、寒いと口々に文句を垂れる皆だったが、それはどこか、かつてのような雰囲気を取り戻そうとしているようでもあった。あくまでも前向きな素振りをしていたのかもしれない。

「レッドちょ〜あったかそうなんだけど! 乗せて!」

「ちょ、ちょっとユフィ」

「おおー! いいじゃねえか、俺様も乗せろい!」

「お、重い……シドってば!」

ユフィとシドの二人にのし掛かられたレッド]Vは、重みに耐えきれず、そのままぼふっと倒れ込むと雪に埋まった。

「埋まったぞ!」

「レッド雪まみれじゃん、ちょーウケる!」

ケラケラと笑うユフィとシドに、レッド]Vは身体を震わせて雪を落とす。彼の赤い毛に付いていた沢山の細かな雪が、ユフィ達にかかった。

「あ、レッド、やったな!」

「違うよ、わざとじゃ──ぶっ」

ユフィは足元の雪をかき集め、手で拳ほどの大きさの雪玉を作ると、レッド]Vに向かって勢いよく投げつけた。見事彼の鼻に命中したそれは、ぐしゃりと潰れて地面に落ちた。

「なんだかすごいことになってきましたね……」

「ああ、巻き込まれない内に逃げた方がよさそうだ」

「そうはいくか!」

じりじりと後退りしていたイリスとヴィンセントにも、すかさずユフィの雪玉が飛んでくる。それはイリスの顔面に命中し、皆の笑いを誘った。

「何故避けない」

「これでも精一杯避けてるんです!」

軽々と雪玉を避けるヴィンセントに皮肉っぽく言われると、いかに自分の回避力がないかを思い知らされた。



「おい、お前たち……」

後方の異変に気付いたクラウドがこちらに来る頃には、既に雪玉を投げ合う乱闘と化していた。皆はしゃぎながら、必死で雪玉を作っては投げ合う。

「あらあら……どうするの? クラウド」

「……さあな」

困惑の中にもどこか楽しげな表情を浮かべて、クラウドとティファは顔を見合わせる。そして二人も、足元の雪をかき集めては皆の輪の中に入っていった。



「バレットはんは行かんでええんですか?」

「けっ、あんな馬鹿馬鹿しい遊びができるかってんだ」

そう言いつつも、内心このような光景が広がっていることに安心していないでもなかった。

皆、悲しいに違いなかった。仲間の死が受け入れ難い。未だに現実のものとして受け入れることも出来ていないかもしれない。そんなことは百も承知で、しかし、いつまでもめそめそしている訳にもいかない。

混乱していることも、気持ちの整理がつかないこともわかっているが、それでもなんとか、気高に振る舞おうとしているのは皆同じようだった。

「俺達で手分けして泊まれそうなところを探すぞ」

「これはまた珍しい」

「こいつら、遊び終わったらまた、疲れたの何だのうるせえからな」

「ほぉ〜?」

照れ隠しなのか、ずんずんと雪道を進んで行くバレットの後ろ姿を見ながら、ケット・シーはごしごしと頭を掻いた。


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