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どれほどの時間が経ったのか、誰も口を開こうとはしなかった。ただ湖面の波をじっと見つめたまま、仲間の死を静かに弔っていた。
広くもない祭壇に全員が座り込むのは窮屈な筈だった。いつもならば文句を垂れながら散り散りになる皆も、今はこうしているのが良いと、肩を寄せ合っていた。
ちゃぷん、と時折波立つ湖面を、泣き腫らした目でじっと見つめたまま、イリスはエアリスのことばかりを考えていた。他の皆もきっとそうしていたように。
『ごめんね、ティファも悪気、無いと思うの』
最初の記憶のある日、神羅カンパニーから脱出するときに、初めてエアリスに話し掛けられた。当時の仲間に上手く溶け込むことができず、孤立していた自分にも、彼女は嫌な顔ひとつせずに優しい笑顔を向けていた。
『これ、イリスへのプレゼント』
カームで彼女にもらったのは、初めて着る可愛らしい服だった。汚れ、使い古された神羅カンパニー実験室の白衣を笑うこともなく、ワンピースを買い与えてくれた。
『だいじょぶ?』
いつでも真っ先に異変に気付き、いつでも自分のことを気に掛けてくれていた彼女。その気遣いと優しさがなければきっと、どこかで心が折れていた。
『私がイリスのこと、大切だと思うのは、妹だからってだけじゃないの』
そう言って抱き締めてくれたあたたかな彼女の腕の中を、今でも鮮明に覚えている。この世で最もあたたかい場所が、そこにはあった。
『私が帰ってくるまで、預けておくから、ね?』
沢山の愛情を注がれ、何度も救われ、助けられた彼女にきちんと礼をすることもできていないというのに。渡された腕輪は結局、返すことはできない。
『全部終わったらまた、ね?』
そう言い残して彼女は居なくなってしまった。この星からも、永遠に居なくなってしまった。
もう彼女の声を聞くことも、笑った顔を見ることも出来ないのだ。またあの温かな腕の中で安心することも、預けられた腕輪を返すこともできない。彼女は星に還った。
もっと話をしておけばよかった、もっと恩返しをしたかった。もっと、もっと。
悲しさと悔しさと果てしない虚無感でいっぱいになる。行き場の無い感情は、涙になって頬を伝った。何も言わずに手を握り締めてくれたヴィンセントの手を、こちらも何も言わずに握り返した。
「みんな、聞いてくれ」
どれほど経ってからか、クラウドはゆっくりと立ち上がると、祭壇に座る皆をぐるりと見回しながら言った。いつもより声のトーンが低いのがわかる。
「俺はニブルヘイムで生まれた、元ソルジャーのクラウドだ。セフィロスとの決着をつけるためにここまで来た」
「……クラウド、どうしたの?」
皆の問い掛けを代弁するようにティファが口を開いた。そして、わかっている、と言いたげなクラウドの視線が向けられる。
「俺は自分の意志でここまでやって来た……と思っていた。でも、俺の中には俺の知らない部分がある。セフィロスに黒マテリアを渡してしまったり、みんなが止めてくれなければこの手でエアリスを殺めてしまうところだった……」
クラウドは自分の掌を見つめ、そして握り締めた。彼自身のことを考えているのか、それともエアリスのことなのか。彼の中に渦巻く思いは、皆にも伝わっていたはずだった。
「……そういう俺が俺の中にいる。とんでもないことをしてしまうかもしれない俺が。だから……俺はこの旅を止めた方がいいのかもしれない」
その言葉に皆は、はっと顔を上げた。抗議の眼差しを送るバレットやシドに対しても、クラウドはまたしても、わかっている、という顔を向ける。
「でも、俺は行く。……5年前俺の故郷を焼き払い、たった今エアリスを殺め、そしてこの星を破壊しようとしているセフィロスを、俺は許さない」
それは、彼の覚悟の表明であり、決意の証でもあった。いつになく真剣に耳を傾ける皆の間にも、同じ想いがあるはずだった。それはイリスも例外ではなかった。
「みんなに頼みがあるんだ。……俺と一緒に来てほしい、俺がおかしな真似をしないよう、見張っていてほしいんだ」
今にも泣き出すのではないか、というほど苦い顔をしていたクラウドも、次第にその瞳に決意を輝かせていた。
「あったりめえだ!」
「勿論よ、クラウド」
「アタシに任せな!」
クラウドが言い終えると同時に、皆は口々にそう言った。仲間を奪った彼を許さない、そして、クラウドを見届ける。皆の想いは団結していた。
クラウドは一度イリスを見つめ、そして彼女も頷いた。この中で彼に反対するとしたら、それはイリスだろうと思っていたのか、彼は安心したように一度頷き返した。
「ありがとう、みんな」
彼は一度目を閉じると、再びゆっくりと開いた。
「エアリスがどうやってメテオを防ごうとしたのか、今となってはわからない。でも、まだチャンスはある。セフィロスがメテオを使う前に黒マテリアを取り返すんだ」
そう言って彼は祭壇を降りて行き、皆を一同に見た。そして、皆も立ち上がり、クラウドに応えるようにしっかりと視線を送った。それは皆の決意を現しているように、強く真っ直ぐなものだった。
「行こう……!」
そのクラウドの一言に、背中を押されたようだった。皆も彼に続いて祭壇から降り、再び歩き始めた。
「エアリスさん、行ってきます」
イリスは一度だけ湖面を振り返りそう呟くと、皆の後に続いて歩き出した。
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