Stranger in the Paradise;WT | ナノ
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わたしは、それに触れたい。


目を覚ますと、ここ最近で見慣れたコンクリートの天井が飛び込んできた。
起き上ってあたりを見回す。散乱した事件の資料、起動しっぱなしのラップトップ。飲みかけのコーヒーがすっかり冷めている。

「春?どうした」
「・・・夢を見てました」

降谷さんが怪訝そうな顔をした。お腹が空いたな、と思った。久しぶりに。
近くのデスクに置いてあったクッキーを一口食べる。――おいしい。そんな私の反応を見て、降谷さんが目を丸くした。秀兄が死んだと聞かされてから、私が自分で何かを口に入れたのはこれが初めてだったから(それまでは降谷さんに無理やり食べさせられるとかそんなだった)その反応も仕方ない。

「いい夢だったみたいだな」

頷いた。いい、夢だったと思う。どんな夢だったか、うまく思い出せないのは珍しいことだった。ポケットに入っていた紙をびりびりに破いて、ぱっと宙に放り出すと、風にのって紙切れはあっというまに散らばった。咎めるように睨まれたが、

「それは?」
「進路希望書」
「進学だろう。自信がないなら、特別に俺がマンツーマンで勉強を見てやる」


当たり前のように降谷さんが言う。実は就職欄にまるをつけていた進路希望の紙に、新しく何を書くのかもう春は決めていた。明日は朝一番で学校に顔を出して、もう一枚新しい紙を貰おう。赤井の死に、半ばやけになって公安にコンサルタントで雇ってもらえばいいと思っていたけれど。

『         』


耳元で誰かの声がした気がした。

「――ソーイチ?」
「何か言ったか?」
「・・・・いえ。降谷さんにはなんにも」

翌日、進路希望書に書きこんだ大学の名前のひとつを見た降谷が少しばかり眉をつりあげたけれど、春はもう迷うつもりは少しもなかった。
じくじくと胸は痛む。ぽっかりと、空いた空虚な穴は少しも変わらずにそこにあるけれど。
それでも、夢の中で差した光がまぶしくて。光に惹かれる蛾みたいだな、と少しだけ、笑った。



「そうだ、降谷さん」
「なんだ」
「わたし、家庭教師は誰か別の人をお願いしたいです」

マンツーマンで見てやる、と言われたが忙しいこの人に更に仕事を追加するべきではないだろう。ぼんやりとした意識の中で「護衛をつけるか?」と問われた日のことを思い出した。あの時の春は、何も考えられなくて、降谷のことだけを見ていた。この人まで死んでしまわないように張り付いていなくては、という焦燥にもにた危機感があった。

「いいのか」
「・・・はい、だいじょうぶです」としっかりと頷いた。降谷はなんでもひとりでやりすぎる。それをそういえば『あの人』だって心配していた。丁度いい。ずたぼろの春をこの人は放っておけはしまい。それにかこつけて、多少なりとも、誰かに頼ることを覚えてもらってしまおう。怪我の功名、転んでもただでは起きないと言うやつだ。
数日後、眼鏡をかけた神経質そうな顔の男がやってきて、春の護衛兼家庭教師になることが決まった。風見裕也です、と名乗ったその人を初めて会うはずなのに、どこかで会ったような気がした。

いくつかの大学の志望校名が並んでいる。進路希望書を風見にも渡した。学力からさしはかって今後の指導を考えてくれるらしい。
都内の大学がほとんどだが、その最後に。ひとつだけ毛色の違う大学名が並んでいた。

『三門市立大学』

どうしてだか。受けてみようかな、という気持ちになったのだ。
そこに、八嶋春が通うことになる未来はまだ《確定》ではない《可能性》の一つに過ぎないが。





***





【 開発室レポートNo.XXX ○月×日 】

実験:換装体と通常の人体のギャップにおける観察実験、及び被験者《八嶋春》のトリオン体における能力の行使実験
被験者の協力により過去データの吸い上げを行い、現在21歳である彼女のトリオン体を高校時代(能力の最盛期とされている)にした場合における、能力の変化をみる。

結果:被験者の身体的特徴の再現に成功。
本来の目的であるトリオン体時における《能力》の使用実験は行えず。実験の副作用か、失敗かは判断しかねるが、被験者の記憶が一時的に設定したトリオン体の年齢に逆行。
当人に21歳時の記憶なし。
18歳の被験者の証言によると《最上宗一》を視たが、それ以外においては全能力が使えなかったとのこと。やはりトリオン体における能力の行使は控えることが望ましい。


考察:変化した器に、脳が影響を受けたのではないかと考えられる。一般的に彼女のような異能の持ち主を《超能力者》と分類することが多いが、科学的に解明された部分はトリオンと同じくあまりにも少ない。
人間の脳は10%しか使われておらず、残りの90%にアクセスすることができるのが《超能力》であるとする説もあるが、そちらは本実験のテーマではないので割愛する。
本題において気になる点としては、被験者が逆行時に当初設定していた帝丹高校の夏服ではなく、冬服を着用していた点である。実験開始時に微量の門《ゲート》発生が確認されたことも気にはなるが、関係性を明確には証明できない。
実験開始日から徐々に保有トリオンが減っていくのを確認。トリオンの枯渇によってトリオン体の換装が解け、元の身体に戻る。
21歳の被験者に数日間の記憶はない。











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