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≪ 必要の魔女


自分が《必要の魔女》なんぞと呼ばれているのを知ったのはいつだったか。
魔女としては半人前ゆえに占いを糧に生きていたというのに、世の中というものは不思議なものだ。魔女になれなくて苦しんだ幼い日の自分が聞けば、果たしてこの肩書をどう思うのか。

「先生、またもめごとですか?」

死んだ祖母から譲り受けた古ビルの地下を占い師としての仕事場にして、居住スペースとして1階を使っている。2階は貸店舗がいくつか入っていて、そこから上がってくる賃料は貴重な収入源となっているが、いかんせんビル自体が古いのですべての部屋はうまっていない。
そのうちの一部屋を勝手に占拠している男に、声をかけた。『先生』と、この人のことをこう呼ぶことが多い。コーヒーだとか、美味しい料理の仕方だとか、まぁ、そういう面でとてもお世話になっている。本名は実は知らないのだ。

「君はニュースを見ないのか」
「見ますけど」

話しはそれで充分だろう、とばかりである。もやっとする。いやいや何もわかりませんよ?

「忙しいんだ」
「・・・・・はぁ」
「それより何だその恰好。君がこんな時間から出かけるなんて天変地異がおこるな。これ以上仕事が増えるのは困る」
「ええ・・・・ひっどい言いぐさだなぁ。せっかく先生直伝のサンドイッチお夜食にもってきたのに」
「君の分は」
「私これから仕事なんですってば。お相手が食事もごちそうしてくれるんですよ。ラッキー」

それも超一流ホテルがご指定だ。
《必要の魔女》はとある知り合いの《本物の魔女》によって、厳重に守られている。近頃は物騒なのか、やけに仕事が多い。大抵の依頼は自動的に篩にかけられて、はじかれる。電話がつながって、こんな時間にすら約束がすんなりとりついた、ということはこれは《必要》な依頼なのだろう。誰にとっての《必要》なのかは知る由もないところだが。

「先生、ラッキーカラーは『青』ですよ」
「・・・・・前は赤だと言ってなかったかソレ」
「運気とかそういうのは日々変わっていくんですってば」

朝の星座占いだって眉唾だと思っている人だから今さらだ。近頃は少しだけそういう不可思議なものもあるのかもしれない、と思い出しているらしい。

「依頼者は?」
「いやいやいや守秘義務あるので」
「・・・・おかしな奴じゃないのか。こんな夜にホテルにのこのこ出かけていって大丈夫な相手なんだろうな」

心配してくれているらしい。

「ご夫婦なんで」
「3人で楽しむのが好きな変態はどこにでもいる」
「え」

さもよくあるということのように言うのはやめてほしい。どこの世界の常識だそれは。少なくとも自分の常識にはない。さんにんでなにをたのしむというのか。突っ込むと更にえぐい世界を見せつけられるのが目に見えた。

「せかいってひろいですね・・・・」

震え上がる。ちらりと視線がこちらにむいた。

「でも本当に。今回は結構ちゃんとしたとこの、ちゃんとした人ですから」
「ならいい」
「夜食、ここに置いときますね」

ひらりと手を振って盗聴作業に戻っていく。世間を騒がすなんやかんやの裏側で、こうして日夜たゆまぬ違法捜査という名の努力を続けている人がいるのだ。なむなむ、と拝む。とりあえず、自分が標的になっていない内は頼りがいのある国家組織があって安心だなー、と思うことにしている。



今夜のお客はすこぶる金払いのいい相手だった。なにせまず、送迎の車があり、一流ホテルの最上階にある予約が向こう数年とれないと噂のレストランの個室を用意すると連絡があった段階で「なにかやばい組織じゃないのかそれは」という不安は確かにあった。
が、名前を聞いて安堵した。
依頼者は《唯我》財閥の社長夫婦であり、その裏はきちんと鈴木財閥令嬢である園子によってとれている。
なんともビッグな相手だ。近頃めっきり忙しくて、ろくに自分も占ってもらえていない園子は盛大に文句を言っていた。今度は必ず!と指切りをした。
せめて園子が指定する占いの場所が喫茶ポアロでないことを祈るよりほかにない。

(安室さんはこわいしなぁ)

知り合いに見られているとどうにも仕事はやりづらくなる。気が散る、というのはもっともこの仕事においては許されるべきではない要素だ。
なにはともあれ、おいしいディナーが補償されているのだ。うきうきと足取りも軽い。《先生》は忙しそうで、世間様は何かと物騒ではあるが、少しくらい楽しんでも罰は当たらないはずだと自分に言い聞かせる。

それなりのホテルでの仕事だから、それなりの服装になる。これは普段から占いを糧にする上で全面的に協力してくれている《ホンモノの魔女》たる年下のいとこからの指定であるので逆らえない。彼女はまず見た目から入るタイプなので、時折本当に本当に絵本の中にでてくるような真っ黒な魔女のローブを着ていることもあるくらいだ。自分は半人前であることを理由に固辞している。現代日本であのかっこうが許されるのは、ひとえにいとこの美貌があってこそである。ただし美女イケメンに限る、を先生やいとこを見ながらひしひしと感じるが、仕方ない。一般庶民は庶民らしく雑草魂で頑張るよりほかにない。
すこしばかりちゃんとしたスーツ。それから耳元には揺れるイヤリング。月の形をかたどった、透き通ったモチーフは《先生》がいつだったかプレゼントしてくれたもので、気に入ってこうした特別な時に引っ張り出してきてはつけている。
普段よりも少し高めのヒールの靴をはいて。
普段よりも少しだけ濃い色のルージュを唇にぬった。視線を誘導するものを増やしておくと、意識がばらけるぶん顔本来の印象は薄れる効果がある。あまりにも顔が知られすぎると、仕事柄面倒も増えるだろうという先生のご教授である。

「おむかえにあがりました」と恭しいお出迎え。

(おおー、それっぽい)

と、軽いノリはしまいこんで、にっこりとほほ笑んで車に乗り込んだ。
いつもならばしげしげと見られたりもするが、さすがは唯我の家のものなのか迎えの運転手は、うっとうしい視線をよこすことなく礼儀正しくエスコートしてくれた。
必要の魔女。
いつからだったか、そんな風に呼ばれだした。必要なものの前にだけ、その占師は現れる、だなんてまるで都市伝説だ。別に普段からお店で普通に占いをしているし、女子高生の茶飲み場になっていたりもする。なんならポアロでランチ中に頼みこまれて占うことだってある。それでも。そんな彼女たちもいうのだ。
「ほんとに困ってる時は絶対出会えるもん!」

(そうなのかなぁ?)

いまいち、当の本人にはその自覚はない。
普通に占える人を占っている。客を取捨選択しているのは自分ではなくいとこによって施された《魔女の加護》であり、怪しい危害を及ぼすような輩は自然とはじかれるようになっている。いとこには感謝しかない。

とするならば。普段のテリトリー外にあるであろう唯我財閥の夫婦なんてものが自分とのアポイントを取り付けたということにも何か世界のどこかでそれが《必要》であるということなのか。それはそれで厄介ごとに巻き込まれるのは嫌だなぁと思った。




***



唯我夫妻は驚くほどにいい方たちだった。
鈴木財閥のところといい、最近はお金持ちも人徳のある方が多いものだなぁと感心してしまう。胡散臭いと鼻から疑ってかかるような人も中にはいたし、それでもきちんと仕事はしたけれど、気分よく仕事が出来るほうがいいにきまっている。
占いの案件はあれこれあった。仕事のこと、夫婦のこと、三門市のこと。そしてそれから。

「息子さんを海外に?」

その話題になったとき、それまで陰りもなにもない「これならご心配には及びませんよ」という状態だった様相が様変わりした。
息子さんのことを占えば占うほど、海外に行くのは良策とはいえないと占いにでる。普段、使っている水晶は一般人には透き通ったただの石にしか見えないはずであるのに、今回ときたらその話の間中まっくろに濁っていくものだから唯我夫人の方は完全に顔を青ざめさせていた。申し訳なかった。こんなにあからさまな反応が出たことがなかったので、ちょっぴり自分でも驚いてびびっていたが、お客様の前でそんな顔をすることができるはずもないので必死に「息子さんにとっての最善は国内!国内ですよやっぱり」と普段ならばあくまでも《占師》としての助言にとどめておくことすら忘れて強く断言してしまった。

(でも、あれはやばい。まずい。ぜったい国外やめたほうがいい)

個人的な危機というよりも、国家的世界的危機の目前に近いものがあった。以前、この水晶がこんな風になった直後に三門市に大規模侵攻があったのを思い出すと猶更だ。
唯我尊少年の海外留学が何をもたらしてしまうのかまではわからないけれど、国内のそれも三門市。地元にいるほうが吉だと出ている。個人にとっての吉なのか、世界にとっての吉なのか、ここまで反応が強いとどうにもいいがたいところがある。
三門市は最近物騒だから・・・と夫妻は気にしていたようだったが、残念ながら世界はどこもかしこも危険でいっぱいである。つい先ほども、自分の店の空き部屋でおこなわれていた違法捜査を思い出した。日本ですらああなのだから、国外なんてもっと酷いに違いない。

水晶の中に、ちらりと何かが見えた。
青い糸。いや、リボンだろうか。まっくらな闇のような靄の中で、誰かの手が、それをつかもうともがいていた。それは夫妻の目には見えていないようだった。

タロットをめくってみると《世界》のカードが逆位置で出ている。ますますよくない。正位置にでれば大きな成長のための留学や移民を意味するカードでもあるし『留学いいと思いますよ』と言っただろう。けれどそれが逆に出ている。
正常に成功に向かって進んでいた計画が目標まで達することができずに途中で終了してしまうことを示しているのだ。金銭的な面でいけばうまくお金を稼ぐことができなくなってしまう。目標を達成できない可能性を暗示しているのだ。
大財閥がそんなことになってしまうとしたら、そもそもが日本経済の危機である。銀行から貯金を下ろしておくべきだろうか?

結局「どこであろうと息子さんは苦難を迎えるかもしれません、ですがそうした時により強い味方を得れる場所を探すのが良いかと思います」と、助言した。
相談の途中で、息子さんが誘拐されたという報告が入ってきて、国内だって危険じゃないかという事態に陥ったけれどそちらに関して言えばタロットも水晶もあらゆる占いで「無事に戻る」と出ていた。
勿論、息子さんは無事だった。夫妻が占いの結果をどう受け止めたのかはわからない。そもそも、これは占い好きの奥方のご機嫌をとるためであり、旦那様の方は「信じていません」と顔に書いてあった。こういう人は身近にいたので、まったくもって気にならない。そう言う人もいるのだ。人は自分の信じたいものを信じて生きていけばいい。
だが、それでも。

「唯我さん」

最後の最後で、やっぱりどうしても口を出してしまう。占う中で気になったのは、息子さんの留学の件ともうひとつ。

「大きな案件ですが、より小さな物の方を信用したほうがいいですよ。とくに明日はなにもなさらないほうがいい。そうだな、病院に行った方がいいかもしれない」

唯我氏の手相には酷く不安定な線が現れていた。これまでも何度かこういう手相の人がいた。勿論、唯我氏はあまり本気にとっていないようだった。妻が満足したならいい、そう思っているようだ。なので、矛先を変えて奥方にもしも本とうに《必要の魔女》を信じてくれるならば。お遊びでもいい。信じてなくてもいい。なんなら依頼料だった法外なものは返したって構わない。地位のある人の《問題》は時として、多くの人を不幸にするから。


(ああああ、すごい不審がられている・・・・)


もうこんな美味しいディナー付の依頼はないかもなあとがっくりしながら、それでも言っておかなくてはいけないことは言えたので仕事としては満点だ。世間が自分を《必要の魔女》だという。占う人にとって自分が《必要》だったのだと。
自分は自分の仕事をした。
たとえそれで頭のおかしい女だと思われたとしても。自分だけは胸をはらなくてはいけない。
先方の配慮で高級ホテルに一泊できて、それだけもまぁ報酬がその後ふいになったとしても満足だなぁと騒がしくニュースを流しているテレビをぱちんと消して眠りについた。










翌朝、早い時間にホテルを出た。通勤ラッシュには巻き込まれたくない。
《はくちょう》の落下はなんとか被害の拡大をまぬがれたと、ネットニュースで流れていいるのを確認する。世界は今日も平和で、その平和の裏側にいる人たちを多くのは人は知らないままに当たり前に生きていく。平常通りで運行するダイヤ。すし詰め一歩手前の車輌。仕事に向かう人々。
それを横目に家に帰ると、店舗のソファを《先生》が占領して眠っていた。それにそっと掛布団をかけてあげた。
とりあえずつけたテレビで朝のニュースが占いを流している。ここはいっつもはずればかりだけれど、それだって平和な証拠だ。
一体どれくらい寝ていなかったのか、疲れ切っている様子の先生はそれでも近くに目覚ましがあと30分で鳴るようにしかけてあるのでまたすぐに出かけるつもりなのだろう。

教えてもらった秘伝のコーヒーの淹れ方をおさらいしながら、ポットに火をいれた。コーヒーをいれたいい匂いで、目を覚ます。そういうささやかな幸福くらいは、この人は味わってしかるべきだと思う。思うけれど、やっぱり自分でいれたコーヒーよりも先生がいれたコーヒーの方が美味しいのはどうしようもない。





後日、唯我財閥から恐ろしいほどの金額の報酬が振り込まれていて驚愕した。
最初の報酬の額の何倍か数えるのも恐ろしかった。これはなんの間違いだろうとすぐに電話を入れる。なんと、唯我社長は病気療養に入ったというのだ。妻に押し切られる形で行った病院の健康診断で判明したらしい。それにほっと胸をなでおろす。手相に出ていたのはよくよく病気で急死する人によくでる相だったから心配していたのだ。海外進出を実行するさなかで社長が突然たおれて帰らぬ人になっていたら、それこそ唯我は大事になっていただろう。ひとまずは治療に専念し、国内事業に専念することになったという直筆の手紙が唯我氏本人からも届いた。占いのおかげで、と書かれていたが、実際のところすべては奥方のおかげというものだ。ただ占っても、信じる人がいなければ何の意味もないのだから。
命拾いをしたからと、そうは言われてもすこしばかりもらいすぎの部分はきちんとお返しした。またのご贔屓にしてください、と言い添えると「妻がすぐにでも会いたがっている。もちろん私も療養が終われば是非に」とお茶目な返信があった。次はホテルのラウンジでおしゃれなティータイムがおくれそうである。










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