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HLで人気のレストランは今日も賑わいを見せていた。おりしも、週末満席の店内。どうしてこのテーブルはこんなに後ろの席と近いのか、会話が丸聞こえな上に立ち上がるともう椅子の背がぶつかりそうなほどだ。
女は心中で舌打ちをしつつも、表立ってはにこやかに今いい感じの恋人との食事を楽しもうと努力した。
後ろのテーブルにいるのが「顔見知り」だなんてつゆほどにも感じさせずにすまして食事を続けることだけに集中する。
「週末はいつもなにを?」
これが三度目のデートになる相手はしごく人のいい笑みで問う。女は「友人とスポーツして汗を流すのが好きですね。仕事が仕事ですし、体を動かすのは好きなんです」と微笑み返す。後ろの席から意味深な笑い声と「どうかしたの?スティーブン?」という甘ったるい声が聞こえてくるが、あくまでも笑顔で、答えた。
HLPDの刑事なんていう物騒な仕事をする男勝りな女に理解を示してくれる貴重な男性の前では、大人の女として微笑んでいたかった。いたかった。
女だって、週末デートを楽しみたかった。だというのに。
窓ガラスが割れ、外からわけのわからないいきものが飛び込んでくる。瞬間、楽しい週末デートにオンナは別れを告げた。
机をはねあげ、あばれる化け物への盾を用意する。懐の銃を取り出して、
「〜〜ッああ、もうっ!!手伝いなさいよ、アイスマン!」
女は背後で同じく机を盾にして笑うスーツの男にいまいましげに告げた。
「楽しい週末スポーツの時間かい?」
「アイスマン、あんたと友人になった覚えはないわよ。五秒で片付ける援護」
「やれやれ、せっかくのデートが台無しだ」
それはこっちの台詞だ、と女は机から飛び出した。凍りつく床を、革靴で勢いをつけてすべり化け物との距離を一瞬でつめる。
「週末デートを台無しにした罪は重いわよフリークス」
無慈悲な銃弾が放たれた。
***
『君に僕は釣り合わない』なんていう遠回しな降られ文句のメールを即座に削除し、手錠をかけた化け物を担当警官に引き渡す。
「あいかわらず、おみごと」
「………」
「そんな嫌そうな顔しなくても」
また振られたのかい?なんて、今もっとも触れて欲しくないところに触れてくるようなやつをどうして笑顔で迎えれるというのだ。
「あっちでお連れのお嬢さんがお待ちよ色男、さっさっといけば。ここはこっちが始末つけるから『あんたたち』の出番はもうないわよ」
「このあと暇だろう?どうも彼女ね、まずい感じなんだ。頼むよディティクティブ《刑事さん》」
「……」
「可哀想なヘルサレムズロット市民を助けると思ってさ。食後の運動くらいにはなるだろ?」
「………素直に手を貸してくれと言えないわけアイスマン?」
銃弾の残りを確認する。確かにまぁ、もうひと暴れくらいならできそうだ。振られたはらいせの八つ当たりの先を探す手間も省ける。
「ノエインのバーで奢るなら乗ってあげる」
「え、そりゃ高すぎやしないかい?」
「そうよ、私は高い。一秒おきに値上がりしてるわよ。嫌なら他を当たって」
ヘルサレムズ・ロットの平穏なる週末の夜はこうして銃声と阿鼻叫喚に彩られながらふけていく。
顔に傷のあるスーツの男と、その男の連れだったふわふわブロンドの女と、そんな二人とディナーの席で運悪く鉢合わせた振られ女の三人がそのあとどうなったかはおしてしるべし。
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