上司サンド:BBB | ナノ
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08:Eres muy Sexy!!


(セクシーですね)


その日のヘルサレムズ・ロットは記録的な猛暑だった。
そして、タイミング悪くライブラの本部執務室はその日、空調が死んでいた。あーめん。

熱い。死ぬ。やばい。
だらだらと汗を流しながらアリスは手で風を自分に送る。しかし生ぬるい風はちっとも涼を運んできてくれない。早く空調なおってくれないだろうかと、祈るような気持ちでいるところへ、実家から電話がかかってきた。
もちろん盛大にアリスは愚痴った。

熱い、死ぬ、助けておにーさま!

そんな可愛い妹に兄は言った。なんだか長ったらしくご高説を述べていたがふやけきった脳みそでそれを端的に受け止めると『よろしい、そのまま薄着でラインヘルツの三男坊にもーしょんかけてこい』ということだった。
出来うる限り薄着で、鎖骨が見えるほうがいいだろう、髪はアップにしておくのも効果的かもしれない、もちろんナチュラルさを演じるためにはだしでいけ、しどけなくもたれかかり、互いの汗を流しましょうとでも誘い文句をかけておけ、それでベッドにいけないならお前の色気がたりてない。うんぬんかんぬん。

(……れべるたかすぎるようっ、おにーさま!!)

対人スキルが極めて低いひきこもりお嬢様にいきなり何を言い出すのだこの馬鹿兄め。と、罵ってやれたらよかった。兄には絶対服従な妹であるところのアリスは、愚かにもそのまんま丸ごと実行に移すことにした。そういう愚かで馬鹿なところがお前の可愛いところだよ、とか兄が思っているのは多分知らないほうが幸せだ。

かくして、アリスの『猛暑に負けるなお色気作戦』が開始された。


***


存在感が暑苦しいな、とか酷いことを考えて距離を置いていたクラウスを探し回る。ようやく見つけた後姿に、一度自分を再確認する。薄着良し、はだけぐあいよし、あとは距離をつめるだけ!

「くらうす、さ、ん……」

声をかけた。
振り返ったクラウスを視界に捕らえて、アリスは絶句した。

「やあアリス、熱いが熱中症などは大丈夫だろうか?」

薄着の、普段は見えない鎖骨をあらわにした、ちょっと汗のにじんだ筋肉室な肌。きちんといつもフォーマルな格好を見ているぶんその威力は絶大だった。

(……なんか!なんか色気が!色気がすごいですクラウスさん!男の色気?!)

「こう暑いと鉢植えもしおれてしまいそうで心配だ」

汗をぬぐいながらもせっせと鉢に水をやるクラウスさんまじ妖精さん!!無理!私にはこの妖精さんに勝てない!!私がうっかりクラウスさんをベッドに連れ込みたい!変態!ちじょ!わたしのばか!

「随分顔が赤い、アリスにも水がいりそうだな」

じょうろをもっていない大きな手がアリスの頬につたう汗を優しくぬぐう。この段階でアリスは完全に白旗をあげた。
ふれられた瞬間に、もう誘い文句なんてふっとんでしまう。つい、と指先が頬をまたぬぐうのに、びくりと体が震え上がる。クラウスの汗の匂いが、鉢植えの土の匂いとまじって鼻先をくすぐる。

「だいじょぶ、です!おおおおおかまいなく!!」

アリスは戦略的撤退を選択した。


***


クラウスさん天使、クラウスさん妖精さん、ソレに比べて私ときたら!!!と頭をかかえて撤退する。にじみでる色気とかずるい!勝てない!無理!わたし、あれ以上そばにいたら鼻血ぶーして倒れてた自信がある!

「やれやれ、なんだいこの暑さ」

混乱しているアリスをよそに新たな人物が姿を現した。スティーブンである。
ばったり、のたうちまわっていたアリスはスティーブンと目があった。スティーブンは怪訝な顔をして、それからアリスを頭から足先まで流れるように見ていた。

「随分とまぁ、涼しそうな格好だ」

爽やかなイケメン(腹黒なのは知っているが)に揶揄されて、更にアリスは真っ赤になる。冷静に考えてから自分の格好を振り返ってみると、かなり恥知らずな格好である。そんなナイスバディでもない自分がこんな格好をしてみたところで意味はなかったのだ……と絶望的な事実に行き当たる。

「くうちょうが、こわれてて……」

もう脳みそはぐずぐずだ。
べしょり、と力なく床にへたりこむ。頬が床にあたるとほんのわずかに冷たさが感じられて「ふぅっ」、と息をつく。頭を冷やせ私!

「冷やしてあげようか」

こんこん、とアリスの目の前で見慣れた皮靴がリズムを刻む。
長い足をたどるようにして視線をあげて、再びアリスは後悔した。

(………なんか、えろい!!なんで?!なんで色気が?!色気ってどこから発生するんですかスティーブン先生!)

「こりゃ暑くて仕事にならないな」と、わずかにネクタイを片手で緩めてアリスを見下ろしている色男とばっちり目が合う。その喉仏をつたっていた汗がぽたり、と重力にしたがったアリスの頬へと落ちて来た。
それをぬぐうこともできずに、おもわずアリスはごくりと生唾をのんだ。冷えかけていた頭がまた沸いている。

(薄着でもないし、いつもとそう変わらないはずなのに何かセクシー!なんでだ!?)

ゆっくりと膝をおったスティーブンの顔が近付いてくる。
先ほどクラウスがぬぐってくれたのと同じ場所を、今度はクラウスとは違う細い指がそっと撫でた。

「一緒に汗、流しに行くかい?」

アリスが言うはずだった台詞は、効果抜群だ。
アリスの思考はその瞬間完全に停止し、ばったりとそのまま床に倒れこんだ。「熱中症ですね」とギルベルトに診断をくだされたアリスは「色気なんて、色気なんて……」と空調の回復した室内のソファに寝かされて、一時間近くうんうんと魘されていた。









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