上司サンド:BBB | ナノ
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Gentleman prefer brunette?


「あらぁ、可愛いじゃないアリスっち〜。似合うわぁ」

K.Kが満足気に言った。

「こっちもいい感じだよ」とチェインも言う。
「まぁ悪かねーんじゃね、馬子にも衣裳ってな」とザップがひねくれながらも珍しく言う。レオナルドもうなづいた。

つい先日、大きな事件を片付け、その報告書を提出し終えた彼らは解放感もあいまってご機嫌だ。今夜はクリスマスパーティーをする予定になっていることも相まって、事務所の片隅で女性陣は楽し気に支度をしているらしい。
提出された書類の山に囲まれるスティーブンはやれやれとため息をついた。ある程度のめどをつけたらスティーブンも適当に身づくろいをしなくてはいけないが、いかんせん終わる気がしない量である。視線はひたすらに書類に向けられているので、一体何に対する賞賛かは判断がつきかねた。一番ありそうなのは化粧だ。しゃれっ気に乏しいアリスを飾るのは確かに楽しい。スティーブンも重々知っている。クリスマスコフレはきちんとリサーチさえしておけば女性に贈ると大変に喜ばれる。
もしくは香水。スティーブンが愛用しているものに興味を持ったらしく、しばらく前に香水の広告とにらめっこしていたのは全員が知るところだ。アリスに大甘なK.Kが山のように香水を買い与えている可能性も大いにある。

「ほんとに?おかしく、ない?」

少しだけ深く息を吸い込む。香水の匂いはしてこない。
視線をふとあげた。それを視界に移して、少しだけスティーブンは眉をよせた。運悪く、それをアリスはしっかりと目撃してしまったらしい。顔色がさっと蒼くなり「や、やっぱり似合ってないのでは」とおろおろし始めた。

「アリス、ちょっと」

デスクから立ち上がったスティーブンはアリスを呼びつけた。蛇にでも睨まれたかのように、アリスが凍り付く。K.Kが何か文句あるっての?と氷の番頭を睨みつけていたが、スティーブンはそれを相手にするつもりはなかった。
アリスを連れてそのまま「ちょっと出てくる」と事務所を後にした。
視界の端にちらつく姿が、どうにも気に喰わなくて、スティーブンは歯噛みした。

「君のそれ、どうなってるんだ」

不機嫌さがにじむ声でスティーブンは聞いた。
アリスは自分の頭をさっと押さえた。まるで隠せていない。
いつもは黒い彼女の髪色が――鮮やかな黄金色に染まっていた。

「あ、あの、これはマジックカラーっていう新商品らしくて、半日もすれば落ちるはずで、」
「わかった」

聞いたことのある商品名だった。潜入捜査でいつだったかスティーブンも使ったことがあった。クリスマスの夜に、普段とは違う装いでもとK.Kあたりが言い出しそうなことだった。

「え。使ったことあるんですか?」とアリスが驚いたように目を丸くした。

「対象はブロンドの男が好みの変態だった」

「う、わ、それは・・・・おつかれさま、です」

クラウスにやらせるわけにはいかないので、スティーブンがやった案件だが、最低最悪の記憶の一つだ。ブロンドのスティーブンをK.Kは盛大に笑い飛ばした。が、対象の男はおおいにそれを気に入ったらしく、危うく本当に最後まで食われてしまうところだった。ギリギリの所で欲しい情報は手に入ったから、難を逃れたけれど思い出したくはない記憶だ。
異界と入り混じるHLも、クリスマス気分で浮ついた空気に溢れている。いくつかの角を曲がると、スティーブンはアリスを連れたまま一件の店へと足を踏み入れて「この子の髪元通りにしてくれ」と言い捨てた。呪術関係のプロの店だった。メリクリ〜リア充滅殺のご依頼ですかぁ、なんてとぼけた挨拶をする店主は、ざっくりと事情を説明すると「すぐに解呪されるやつでしょ?ほっとけば?」と呆れた顔になる。スティーブンはさっさとしてくれ、としか言わない。店主は肩をすくめて、完全に恐れおののいているアリスを見た。

「似合ってるのにねぇ?」

その言葉に少しだけ頬をそめたアリスを苦虫をかんだような目でスティーブンは見た。

「似合ってない」

とうとうスティーブンは言った。言いたくてたまらなかったことだった。

「君はいつもの方がいい」
「・・・・・そう、ですね。」
「待て、勘違いしてるだろ」
「はい?」

スティーブンは言うか言うまいか悩んでいるのか、かつかつと靴を鳴らした。それから、意を決したように口を開く。店主は「クソ、痴話げんかかよ」とぼやいているが知ったことではない。

「・・・・・君のお兄さんたちそっくりになるから、・・・・・嫌なんだよ」

そっくりになるから。なぜそれがスティーブンの気分を害するのか。アリスはさっぱりわからないらしく、むしろ、複雑だけれどちょっと嬉しいという顔をしている。
スティーブンはぐしゃりと自分の黒髪を撫で上げた。
かっこいい仕草だ、とアリスは思っている。近頃は自分の黒髪を見て嫌だなぁと思うときは、スティーブンさんと同じ色だしクールだぞ私。と自分で慰めるようにしているのは、誰にも言っていない内緒の話だからスティーブの知る由もない。

スティーブンは複雑な気持ちで、アリスの金色の髪をひとすじ掬い上げた。アリスの一族はそろって美しいブロンドの持ち主だった。金の髪、青い瞳。ローゼンシュタインの名を名乗る人々は揃ってそれらを備えていた。スティーブンが幾度か仕事を共にしたり、定期報告をしている彼女の兄や姉たちは、その外見でまず他者を圧倒する。
それゆえ、アリスが全く外見としてはローゼンシュタインらしからぬ自分にコンプレックスだていることも知っている。けれど。

「・・・・・・いつもの君が、僕は好きだよ」

「え」

掬い上げた髪に、そっとスティーブンは口づけた。なんてね、とウィンクして誤魔化してしまう自分は馬鹿だ。
手の届かない相手だ。この子が、クラウスに宛がわれた生きた罠だとわかっている。わかっていて、それを防ぐのに道化を演じているだけ。
例えば当主の気が変わればすぐにでもこの子はいなくなる。世界の裏も表も、あまねく手を伸ばす一大勢力なのだから。

「ちょっと、イチャイチャはよそでやってくれる?」

術師がぱちんと指をはじくと、アリスの髪も瞳もいつもどおりの色に戻った。
鏡の中で、真っ黒な髪のアリスがスティーブンを見つめている。イチャイチャ?別にこれくらいは通常の接待のマニュアル内だ。その、はずだ。いや、わかっている。接待なら金髪をほめちぎってやればよかったのに、こんなことまでするのは私情にすぎない。まったく毒されている。

「うん、やっぱりいつも通りが一番だ」

リップサービスに接待用の笑顔を張り付けたつもりで、本心を覆い隠すとアリスはこれ以上スティーブンが少しも内心を漏らす気がないのを敏感に悟ったのか、小さくため息をついた。
もうこんなところには用はないとばかりに支払いはいつもの口座にと言いおいて、スティーブンは一応の礼儀にとばかりに「メリークリスマス!」と言いおいてさっさとアリスを抱えて店を出た。途中で見かけたクリスマスサンタの衣装を買っていこう。癒しが欲しい。クリスマスだし。自分にご褒美があったっていいはずだ。自分へのプレゼントを自分で用意する算段をしながら、スティーブンは口元をゆるめた。




「なるほど」

術師は珍しくも感情の一端をにじませた氷の男に普段よりも少しばかりふっかけてやろうと心に決めた。クリスマスに働く自分によくもまぁ、あんなでろでろに甘いオーラ全開で顔を出せたものだ。多少の水増しは許されるはずだ。

「氷の男は、ブルネットがお好みってわけね」

クリスマス滅びろ!と聖なる夜を呪いたいという客は来ないだろうかと、カウンターに頬杖をついた。








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