上司サンド:BBB | ナノ
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Happiness is a perfume


「スティーブンさんってサイテイですね」
「言われなれてるよ」

多分、誰にも言えないようなことをして情報を得てきただろうスティーブンさんが、誰のものかもわからない香水の匂いをぷんぷんさせて帰ってきた。
そのきつい香りに眉が思わずへの字に曲がるのはしかたない。



「ただいま、アリス」

サイテイだ、最悪だ。ただいまの挨拶と共に、キスが降って来る。頬に、鼻先に、瞼に、額に。されるがままなのが悔しくて、だってこの唇はこのきつい香水の女性に触れていたに違いないのはわかりきっている。
幽かに身をよじって手のひらで拒もうとすれば、今度はその手のひらを生暖かい舌がべろりと舐め上げていくものだからたまったものじゃあない。「いやだ」と口を開こうとすれば、言うより早くにキスで口を封じられてしまう。
頑なな唇を何度もスティーブンさんの舌先がノックする。貝みたいにぐっと閉じた口を開かせようと、優しく優しく唇をはむ。その甘い音を聞いていられなくて、両耳を塞ごうとすれば、大きな手に捕まえられて頭の上で一まとめにされてしまう。一つずつ、丁寧に、抵抗する術を奪われている。
必死に閉じていた口だって、もう限界だった。空気を求めてかすかに緩んだ瞬間に、我が物顔のスティーブンさんの舌が滑り込んでくる。
ヤダヤダと顔をよじれば、私の手を拘束しているのとは逆の手が頬に当てられてしまう。息をしたいのに、呼吸さえも奪われて。幽かな抵抗も残らずそぎ落とされてしまった。
ゆっくりと、唇がはなれていく頃には私はくたくたで力なんて少しも入らないくらいに骨抜きにされてしまう。
ほんとに酷い。キスひとつだってスマートにこたえられない子供のわたしには少しも似合わない大人の香り。

「ただいま、アリス」

耳元でスティーブンさんがまた囁く。それにすら、びくりと体が反応してしまうのが死ぬほど恥ずかしい。そんな私を見て、スティーブンさんがかすかに笑ったのが気配でわかる。

「………」
「それは、もっとしてってこと?」

求めている言葉を聞くまで続けるぞ、と言外に含ませた悪い大人の脅し文句に震え上がる。
これだから大人の男なんてのは!悪態がつきたいのに、耳元にかかる吐息があんまりにも色っぽくて、このまま抵抗を続けることの無意味さを思い知らされる。

「……おかえりなさい、スティーブンさん」

くたり、と大人しくスティーブンさんの胸にもたれかかる。この胸にさっきまでどんな美人がしなだれかかっていたのか、考えるだけで憂鬱だったけれど、支えられていないとそのまま崩れ落ちてしまいそうだったから仕方ない。
白旗をあげ無条件降伏した私に満足したのか、スティーブンさんの手がぽんぽんと私の頭を撫でてくれる。

(ああもう、ほんとにズルイ……!)

「あーあ、何泣いてるんだ君。ぐちゃぐちゃで酷い顔だぞ?」
「だっ、っせ……、おもっ、うぅぅぅぅう……」
「俺のせいだな。ごめんごめん悪かったよ」

ちっとも悪かったなんて思っていなさそうな謝罪をしながら、私の涙の後をぺろりと舐めあげてくる。

「けど、もうわかんないだろ?」なんて言うから、ほんともうこの人はさいあくだ。
涙だとか、あがった体温のせいで滲んだ汗だとか、ぐしゃぐしゃに混じって。何だかもう鼻は麻痺してしまったみたいだ。
コツンと額を合わせて「もう、君の匂いになった」なんて嘯く悪い大人。
シャワーを浴びてくるとか、そういう思いやりとかないんですかと必死に言い募れば、そんな浮気男の証拠隠滅みたいな過程はめんどうだろ?なんて言うのだ。

「さて、顔を見に寄っただけなんだ。仕事に戻るよ」

ベッドサイドに置かれている携帯が喧しく主を呼んでいる。「スティーブン。ああ、情報ならさっき手に入ったよ、これからそっちへ向かう」私を膝にのっけたまま、脱ぎ捨てたスーツを器用に着なおして、髪にキスを落としてくるなんてほんと、器用な人だ。いや、器用貧乏、か。
ほんとは私だってわかっている。シャワーを浴びる時間を、仮眠にあてるべき時間を、わざわざ私に会うために割いてくれたんだって事も。わかっているけれど。

「いい子で寝るんだぞ、アリス。くれぐれもベッドを抜け出したりしないように」

ほら、こうやってまた子ども扱い。ずるい大人だ。
このあとベッドにひとりぼっちで取り残される私の気持ちなんておかまいなしに、キスして抱きしめて、そうして満足した顔で仕事に行ってしまう。

「……いってらっしゃいのキス、していいですか」

めったに自分からキスをゆすらないから、珍しいおねだりにスティーブンさんがきょとんと目を丸くした。返事を聞くより早く、ネクタイをつかんで距離を縮める。ああ、ほんとに、もう匂わない。もっともっと、私の匂いになってしまえばいいとぎゅうと抱きしめて力任せにキスをした。

スティーブンさんが唸った。キスして、一仕事おえたとばかりに満足してさて寂しい一人寝の体制に入ろうと気分を切り替えていた私を恨めしげに片手で頭を抱えながら見つめて、「覚えてろよ」なんて壮絶に色気と殺気が混じった声で言われたんだけれど、え、私何かまずいことしました?

ものすごい勢いでとびらを叩き閉めていったスティーブンさんが一体どんな手を使って仕事を終わらせたのか、夜明けと共に帰ってきて、夢うつつの私をたたき起こしてから何が起きたかは、私がどんな目にあうことになったのかは、ライブラの機密事項なので誰にも言えない。










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