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《 迅悠一の選択 》

春さんが甘い。
元々迅に対して甘い傾向にあったけれど。

流されやすい質なのだと春さんは自分で、これまでの生き方をそう総括した。流されて。そうなのだろうなと迅も思った。現在進行形で迅に流されつつある。強いベクトルを向けられると、春さんは無碍にできない。
自分が傷ついてでも、死者の声を無視できないのは、そこに強い思いが確かに残っているらからなのだろう。

選択らしい、選択と言えば、赤井についてアメリカに行ったこと、そして大学進学を決めたことくらいらしい。大学進学の理由はいつも『楽がしたかった』とか『普通に女子大生やりたくて』と春さんは言うけれど、遊真曰く、半分ほんとで半分は嘘らしい。全部が全部ほんとうのことではない。
流されてきた、という。だからきっと、大学へ行こうと決めたのも誰かの影響があったのだろう。


添い寝の一件から、もっと春さんに接触を警戒されるかと思っていたのに、案外そのあたりは脇が甘かった。抜けているな、と思う。赤井という鉄壁の要塞の内側で生きてきた弊害なのか、外敵には警戒が強くても内にいれた相手に驚くほど無防備だ。
以前よりも距離をつめても、ハグしても、手をつないでも、照れるけれど拒否しない。迅のすることを『許し』ている。
どこまで許されるかな、と最近は少し調子にのってきわどい触り方もした。その時の反応があまりにも可愛くて、迅は自発的に撤退した。あれ以上したら、止まれなくなる未来が未来視じゃなくても明白だった。

春さんは、迅が望みさえすればきっと大抵のことを許してくれる。けれど、迅はそれだけで満足できなかった。迅はもうはっきりと、自覚していた。
春さんが欲しくて、ほかの誰にもやりたくなくて、自分だけのものにしたかった。それを決して口には出さないけれど。
そして、同じだけの思いを迅は求めてほしかった。
かもしれない、と口ではいう。好きかもしれない。好意を抱いていると思うとかって、そんな生易しい感覚は実際とうに通り越してしまっているのに。


( でも、キスは許してくれないんだよな )


春さんはキス魔だ、というのは同級生組からの証言だ。酔うとキス魔になる。一度それは迅も目撃したし、大学の同期飲みでもそうらしいのに、迅が酒の相手をしても、少しもそんな気配はない。迅がノンアルで素面だからなのか。少しばかりぐずぐずになった思考で、普段よりも迅を甘やかしてくれるけれど、それだけだ。
そして大体『ソーイチが言ってた』と迅の可愛かった珠玉のエピソードを話し出すから、一緒に居る時は二人きりの時以外は迅は決して春に飲ませないようにしている。
『ユーイチ君は世界一可愛い』と昔の話を飴玉を舌先で転がすように、何度も何度も繰り返す。
雰囲気に流されてくれるかな、と何度か唇をゆすっても、ふいっと逃げられてしまう。この躱し方がうまくて、そのたびに、迅はもやもやとした思いを腹の底に抱えるはめになる。うまい躱しかたを覚えるほどに、唇をゆすられたことが、この人はあるのだ。


目を閉じる。
開いていても、春と迅の未来は視えないから。

迅はいつでも選択する。
これまでも、これからも。ひとつでも選択を間違えれば、ぜんぶをなくす。ぜんぶがほしい、なんて欲張れば、いちばん大切なものをとりこぼすのを迅は経験から知っている。

視えない未来に追いすがるよりも、もっとお手軽に、視えている未来を確定させていくほうが《ボーダーの最善》を迅は選ぶのだ。





***




――八嶋がつぶれた、迎えにこい。

そんな連絡が入ったのは、しばらく逃げ回っていてごめんなさい迷惑かけました同級生飲み会というやつが開催されているらしい夜のことだ。あれこれ逃げ回り、同級生に手間をかけさせた罪は重い、と寺島、風間の言い分に春が折れ、そこに木崎と諏訪を加え、春のおごりで飲むことになったと、財布の心配をしているのを送り出してから数時間後だ。

防衛任務についていた迅は、丁度シフトが終わり、引き継ぎを終えたところだったから、風間たちもスケジュールを把握した上で連絡をしてきたのだろう。



「・・・・もう、のめない」

「俺の酒が飲めねぇってか?ん?」

「からみざけ、よくない」

「絡んでんのはお前だろうがよ」

「ん」

春が木崎の横でのびている。スカートがずり上がっているのに気が付いた木崎がそっとなおしてやっている。おかんか。

「迅が来たぞ」

春ががばりと起き上って「『ジン』が?!どこに?!ごめんけど、わたし殺した男はおぼえないしゅぎだよ!!」

「おれ、殺されてないけど?」と迅はあたまをかく。随分と物騒な発言だ。

「んんん、?ちがうよ、木崎くん、これはユーイチ君だ」

「迅、悠一だ」

「あ〜、そっか、そうだ、そうだった、ジン違いだった。こっちのジンくんは最高にヒーローの方だった」

「ヒーローじゃない《ジン》ってなんだよ」

諏訪が春の足をけっとばす。

「遊園地で闇取引してるのを高校生に見られたからって怪しい薬で息の根止めようとするんだけど失敗して、結局その高校生に追いつめられる悪の組織の幹部で、銀髪で、ロンゲで、黒づくめで、私、お酒よわいのに飲めないと撃つとか言うし、ぐてぐてになったのにお店に放置どころかゴミ捨て場に捨てていくし、その時うっかりコートに向かって吐いちゃって怒り心頭で撃たれかけたし、おとりにつかって後ろから撃つし、すぐ蹴るし、かっこつけた車のってるし指紋でもつけようものなら撃つって言うし爆破スイッチをカチカチカチカチ鳴らすし、とにかくいけすかない男だよ」

「待て、今の発言に何回『撃つ』って出てきた?」

ついでに『爆破』とかも聞き捨てならない単語だ。こいつは一体どこの戦場育ちだ。

「さてここでもんだいです、いまのは何もんめ?」

「クイズ大会じゃねーわ」

諏訪が起き上がっていた春の頭を対面から身を乗り出してたたいた。

「ぬいだらすごいです。みる?」

「迅が見たいってよ」

「いやいや、言ってないない」

手を振って否定する。とろん、とまぶたが半分くらい落ちかけている春は夢うつつで「ゆーいちくんはだめ」と言う。見たいわけじゃないのに、否定されると少しだけむっとした。

「なんでダメなんだよ」

「・・・・はずかしいから?」

「俺らにはいいのかよ」

「ロッカーなんてないとこで野営、、とか、一部屋ではりこみとかしてたし」

「モラルなさすぎじゃね?」

「しごとだし」

随分と酔いが回っている。迅を除く全員が酔っ払いだが、その中でも珍しく春が一番酔いつぶれている。



「───春さんにとって赤井さんってどんな人?」




唐突に迅が言った。春にとっての、赤井がどんな人か。
同じテーブルを囲む全員が動きを一瞬止めた。春は、きょとんとした顔で、問いかけた迅を見ている。
迅はじっと春をみている。

「どんな、ひと?」

「そう」

「ん、んんん、どんな、人・・・」

覚醒しているのかいないのか、先ほどよりは思考を働かせようと、春が瞬きする。

「かほご」

さもありなん、と全員が思う。春の家で飲み会はしない。あの家は盗聴器が通常装備だ。

「で、せんせいで、」

狙撃の知識も、護身術も、仕込まれている。全員がそれは知っている。実際に迅は何度も投げ飛ばされた。

「だいすきな、おにーちゃんで」

秀兄、と呼ぶ声に込められる親愛。

「ずっと、しんじてくれてる人」

信じる、というワードに風間は思わず持っていたグラスをきつく握った。



「ユーイチ君にとっての、ソーイチみたいな人かな・・・」




そう、きっと、それが一番しっくりくる。
子供のころから傍にいて、師匠、なんて呼んだことはないけれど、春の人生における師は確かに赤井だったと今ならわかる。

赤井の傍で、赤井を見て学んだことが、全部、ここで生きている。
ごくまれに、ネガティブな思考にとらわれて、もっと早くに自分は三門に来るべきだったんじゃないかと、ありえもしない《もしも》を考える時が春はある。
いちばんはじめ、子供の頃に《知っていた》のに、春は行動しなかった。なるほど世界は滅びるのか、と子供らしからぬ諦観をもって傍観した。

もしも、あのとき行動していたら。
少しは迅の負担が減っただろうか?迅は、最上を失わずに済んだだろうか?

無意味なもしも、を考えて、それでも今ほどには役には立たなかっただろうなという結論にいたる。
春という器は、注ぎ込まれたその能力に見合わず凡庸だ。いっぱいいっぱいで、溺れそうな春に、息継ぎしやすいよう手を貸してくれた人が赤井で。
ふた親にさえ、気味が悪いと疎遠にされた春を一人にしないでいてくれた人だ。能力との付き合い方も、狙撃のいろはも、身の守り方も。全部。
今、ボーダーで役に立てていることの全ては、赤井との時間があったからだ。



時折、玉狛に訪れるときに視える小さな迅が見上げる先にあるのは最上で、その青い瞳に宿る絶対的な信頼は、多分自分が赤井に向けるのと同じ色をしているのだと思う。

小さな迅が、真っ青な空みたいな色の瞳をキラキラ輝かせて、上を見上げる。春よりもソーイチはずっと背が高いから、迅の視線は春の顔よりももっと上に向けられていて、かみあわない。いや、過去なのだから向こうと視線があうなんてことはないのだけれど。
一度、その視線がどうしてもまっすぐに見てみたくなって、台座にのっかってみたりしたことがある。一人の隙を見計らったと思ったのに、しっかり迅(現在の)に見つかって笑われた。
泣いて、俯いていた男の子が、屈託なく上を見上げて笑っている。数年後、その大切な人を失って、上でも下でもなく、まっすぐに前を向いて未来を視ている今の《迅悠一》になるのだ。



「じゃあ、赤井さんと、ボーダーが同時に危険に晒されたら、春さんどうする?」



迅は相変わらず、じっと春をみている。その青い目に、何が視えているのか。
春はぼんやりした頭で、そういえば、以前こんな質問を嵐山がされている映像を見たことがある。あの頃はまだ米花町にいて、三門市の大規模侵攻は、夢で少し見ている以外はブラウン管の向こう側の出来事だった。
嵐山は笑顔で、家族を助けてからなら安心だ、と答えていた。
即答できずに、一瞬息をのんでしまっているあたり、自分はやはり広報には適正がない。


口を開こうとして、閉じて、また開いて、はくはくとまるで鯉みたいになってしまう春を迅がしょうがないなぁという顔で見ている。まわりにいた男たちは、眉間にしわをよせているが、それは迅の知ったことではなかった。こんなに酔わせた方が悪いし、迅を呼んだのも彼ら自身だ。


「どう、するのかな、」


春はまっすぐに迅だけを見ている。ここがどこで、だれと一緒だったかも頭からすっぽぬけて、ひたすらにその言葉だけが春の頭の中を回っていた。

嵐山は家族の安全を確認して駆け戻れる距離だ。でも、自分はどうだろう。
米花町にいればまだ国内だけれど、赤井のホームグラウンドはアメリカだ。海の向こうは、一昔前に比べれば格段に近くなったけれど、それでも遠い。もしもの時は。



( もしも、そうなったら )


「じゃあ、最後の質問」

春が答えるよりも早く、迅が次の質問をした。


「春さんにとっての、おれはどんな存在?」


風間は目を見開いた。寺島と諏訪は息を飲み、木崎は酔っている相手に聞くことじゃないと窘めるように、眼を細めたが、結局何も言わないでいる。迅が、聞きたくて聞きたくてしょうがないことなのだ、とわかっているからこそ。


「ゆーいち、くん?」

「そう、おれ。おれは?」

「・・・・わたしの、ひーろーだよ」

「それだけ?」と迅が片眉をあげるから、煽られた酔っぱらいは更に口をひらいた。

「すごく、だいじ」

「とくべつで、」

「かわいい」

「ぜったい、しあわせにしてあげたい」


春の横にたつ迅の腰に腕をまわして、ぎゅうと抱きしめる。あたたかい。




「だいすき」




そこで春が完全にダウンした。


「・・・・良かったな迅、だいすき、だそうだ」と風間が沈黙を破って口にした。風間にしてみれば、つい先日の城戸の言葉が気になって仕方ない。この問いには何の意味があるのか。


「春さんのおれへの対応って、可愛くてしかたない弟って感じだけどね」

玉狛で陽太郎が可愛がられて愛されているのと同じで。

「弟、ね」

諏訪が気のない返事をした。

「弟でいいのか」

「秀次の気持ちちょっとわかったかも、って思うかな」

素直に思ったことを迅が口にすると、21歳大学生たちは、眼を丸くした。「おい、せっかくの酔いがさめた」と理不尽なバッシングを食らう。

「じゃあ、八嶋がよその男に持ってかれてもいいのかよ」

「おれの姉さんに手出す覚悟できてんの?って思う」

「うぜぇ・・・」

「まぁその路線、八嶋は泣いて喜ぶだろうな」

寺島が口を珍しくはさんだ。

「赤井さんに弟と妹がいるから、自分はひとりっこで寂しいと愚痴ってた」

「ほら、そうなんだって。とにかく、おれのメガネにかなわない男は未来視でさくっと消すからいーのいーの」

「・・・・・」
「・・・・・」

木崎と風間は黙り込んだ。ちらりと恨みがましい目つきで寺島を見たが、われ関せずと残ったつまみを口に詰め込んでいる。こちらの二人は迅と春をくっつけよう推進組なので、この流れはどうにもうまくない。

「じゃあ、ねーちゃん連れて帰れ迅」

「はいはい」


迅が春を抱え上げて、いわゆるお姫様抱っこ状態にして帰って行った。これが弟のする顔かね?と諏訪は思ったけれど、黙っていた。




「で、財布が消えたけど、だれが払い?」

「あ!くっそ、しまった、財布おいてかせりゃよかった!」

「財布を送り出したのは諏訪だからな、諏訪だろう」

「ざけんな高給取り。茶番に付き合ってやったんだから、アシスト代でそっち持ちだろ」

「八嶋のぶんは俺がだすから割り勘するぞ」と、木崎がしめくくった。


「だが、風間、あれはまずいぞ」と、集めた金を数えつつ、木崎は続けた。

「迅は、変なところ頑固だからな。早めに手を打った方がいい」

迅は戦略の転換をしようとしている。これはその手始めだ。それを風間も何となく感じていた。《とくべつ》な関係に《恋愛》という名前のラベルをつけるのを諦めて《姉と弟のような家族愛》というラベルに張り替えようとしている。

「・・・・会議をするか」

「またかよ」

「俺はパス」

「月見に連絡しておく」

「お前らほんっとよくやるよな」

「それが城戸司令命令というだけで結構笑える」と寺島が立ち上がって言い、続けて「しめにラーメン食いに行くけどどうする?」と言って、同級生たちに呆れられていた。








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