My Blue Heaven | ナノ
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19-2


日が暮れて、夜になる。
三門市の中でも比較的治安がよく、警戒区域からも遠い場所に春の借りているマンションがある。ほんとうはもっと大学に近いところがよかったのに、春の保護者代わりたちは安全第一を譲らなかった。安全で、セキュリティが整っているという条件を満たさないなら大学には行かせない、とまで言い出すから両手を挙げて降参した。
言い出したら聞かない人しかいないのだ。
警戒区域から遠いから、深夜でも防衛任務に励むボーダー隊員たちの戦闘音なんかももちろん聞こえてなんかはこない。
とても静かだ。
ほんとうならボーダーに泊まり込みたかった。独りは、とても恐ろしい。

『春さんって波あるよな』と言ったのは太刀川だった。ぎくりとしたのを覚えている。なにも考えていないような顔をしているけれど、太刀川は鋭い。
波がある。そのとおりだった。けれど、こんなに激しい波はしばらくなかったんだけどな、と自分の腕を見た。
青痣が浮かんでいる。だれに捕まれたわけでもないのに。
タートルネックの下だって、縄の後がうっすらある。腹部には圧迫された後がいくつもある。じわじわと痛む。痛みは波のように襲ってくる。よせては、返す。じわりと涙がにじむときもある。痛い。苦しい。これは春の傷ではない。これは春の痛みではない。これはもう過ぎ去ってしまった過去だ。
痛みが襲ってくる感覚が短くなるにつれて、ボーダーを避けるようになった。ボーダーと迅を。
だってこんな傷を見せたくない。

以前は定期的にアメリカに行ってしていた仕事をまとめて三門でするようになった。太刀川の傍だと、能力が落ち着くから事件解決のスピードはぐっとあがった。それで少し調子にのりすぎたのかもしれない。アクセルを踏みすぎて、波がすぐそこに来ていたのを見逃した。

能力のブレーキが利かない。深く深く、シンクロして、どこまでが自分の感覚なのか境界線が引けなくなる。
昔は人気のある静かなところで、波が過ぎ去るのを待っていた。自分の感覚とひたすらに向き合って、自分を取り戻す。けど今はどこに行っても、ボーダー隊員にでくわしてしまう気がして、結局マンションに逃げ込んでいる。
アメリカにいたころなら、赤井の懐に逃げ込めばよかった。けど、ここに彼はいない。
傷が浅いころは良かった。見ないふりをして、気づかないふりをして、波が去るのを待っていられた。ここ数日ときたら最悪だった。顔をあわせたら絶対に、気づかれてしまう。隠しきれないのがわかりきっていたから、とりあえずボーダーを避けた。
ボーダーに長居すると、迅に見つかってしまう。







『体調は』

電話口から抑揚のない声が問う。春は携帯を布団の中で抱え込んだまま答えた。

「よくない。めっちゃみえすぎて吐く。同調が深すぎて回線がうまく切れなくて、あちこち痛い」
『・・・・』
「でも事件は絶対解決する。放っておけとか言わないで。だってあんなことする奴ら野放しにしたくない絶対嫌だ、刑務所にぶちこむしかない、死刑台におくるって決めてる。誰かがやらなきゃ」

頼まれて、引き受けた以上は絶対に何か手助けがしたい。電話口の相手は、それをいつでも諌めている。

『死ぬ気かお前は』
「死にたくない。けど無理、だって視えるんだよ」
『・・・・抑制剤は』
「飲んでるけどあんまり効果ない。痛み止めのが欲しい・・・」
『麻衣が心配している。こちらに呼べと言っていた』
「・・・・アメリカからも同じこと言われた。でもナル、わたしもう21だよ?いまさら能力が成長するもんなの?減退する過程を記録したいって言われてたから定期報告してたはずなのに、最近おかしいくらいみえるんだよ?」
『興味深いデータではあるな。麻衣もまだ減退は始まっていない』
「ナルは落ち着いたって言ってたね」
『お前に比べれば』
「・・・・」

早く大人になりたい気持ちと、大人になるのが怖かった気持ちがいつだって昔は交互にやってきていた。能力は年を重ねるとともに減退していく傾向が多く、特にティーンエイジャーの頃にピークが来る。
電話口の向こうにいる超心理学の権威である、オリバー・デイヴィス(通称ナル)自身も、優れた能力者だが、今はかなり能力は落ち着いてきている。春よりもいくつか年上の彼は、良き理解者の一人である。

『場所が良くないんじゃないのか』
「わかんない」

三門に来たことがトリガーだったのか。だが大学1回生と2回生はつつがなく過ごせた。ではボーダーが問題なのか。それを口にしてしまえば、絶対に街を出ろと言われるのがわかっていたし、そもそも口にしていなくても相手もその可能性については吟味しているはずだ。わかんない、と答えた。わからないままにしておきたい。
三門に、――ボーダーにいたいと思っているのだ。

『隠そうとする、だが隠しきれない。そのストレスが更に状態を悪化させている恐れはある』

ナルはため息をつくように言った。

「・・・・どうにもならない。波が過ぎるのを布団の中で待ってるしかないってことかな」
『就職したんだろう』
「・・・・・うん」
『"風よけ"も見つけた』
「・・・うん」
『だが、これを隠すなら長続きはどうせしない』
「それって経験談?」
『麻衣は怒り狂っていたな』
「愛されてるよねナルは」
『自分は違うと言いたげだが、付き合いの長さは関係ない』
「今のを録音して麻衣ちゃんに聞かせてあげたい」
『解剖許可証のサインは大丈夫なんだろうな』
「あ、はい、ちゃんと上にとおしておきます」
『・・・・・馬鹿につける薬はない』

がちゃり、と通話が切れた。ナルからのお小言は耳が痛くて仕方ない。何せよく似た境遇である。ナルはあまり自分の能力を使わない。能力者としては勿論だけれど、それを研究する側としても彼はとびきり優秀だ。けど春は、能力がないとただの小娘だ。
ナルとはそこが違う。


早く大人になりたい。そして能力が減退して楽になりたい。
――けれど大人になるのが怖かった。役立たずになった自分に絶望するのが怖かった。誰の役にも立てなくなるのが怖かった。

迅のことを思い出す。
サイドエフェクトで暗躍を重ねる、春のヒーロー。彼は逃げ出したくないのだろうか。つらくて苦しくて泣きだしたくならないのだろうか。
かつて春は幼い迅に、『うるさいなくな』と理不尽にしかりつけた。あのころから、春はいつだって自分のことで手一杯だ。あの幼い迅が一体どんなおそろしいものを視ていたのかなんて考えもしなかった。
迅はいつでも飄々と、笑って、春を助けてくれる。
情けない、恥ずかしい。どうして自分はうまくできないんだろう。能力に振り回されて、痛い痛いと布団の中でうずくまっているばかりの自分が嫌になる。最近はうまくいっていたのに。
あの日、うるさいと黙らせにいって。それから毎日が変わった。ちゃんと、自分の能力に向き合おうと思えるようになった。
また三門で出会って、泣かない迅を見て、笑っている迅をみて、もっともっと頑張らなくちゃと思ったのに。オーバーヒートしてしまう自分のキャパの小ささが悔しい。




***




「防衛任務と同時進行で、新しい業務をしばらく試験的に実行することになった」

司令室でその通達を聞いたのは太刀川隊、三輪隊、風間隊の、つい先だっても黒トリガーの争奪に駆り出された、城戸派と目されている部隊だ。
その隊長3人と、城戸司令、だけならば、何らかの暗躍と考えるところだったが、上層部は全員顔をそろえているから、本部全体の意志は統一されている任務なのだろう。

「これは城戸司令の発案だったので、最初の一月ほどは司令の推薦した隊で回してもらうことになった」

上がもめていないのなら、まぁ平和の範疇だ。

「A級が動くってことはかなり重要な任務ですよね忍田さん」

太刀川が面白い任務だろうか、と露骨に顔を明るくしたのに、忍田が顔をしかめた。対象的な師弟をよそに城戸が話をすすめる。


「防衛任務の際に《八嶋春》の同行をするように。門発生の際は、彼女の安全確保を優先する」

「八嶋君が亡くなった女の子を見つけた件も含め、彼女にはより多くの情報を得てもらうことがボーダーにとって価値がある。本部にいれておくよりも、少しでも現場に出ることで得られるものが変わるなら試してみるべきではないか、ということなんですよ」と根付がつけたした。
なるほどメディア対策室が絡んでいるのか、と太刀川もだいたいの流れが見えてきた。
同じような一件が今後も多発すれば、ボーダーに対する反感もそのたびに降り積もる。ならばできうる限り早くに、不安要素を取り除きたいという根付の訴えを、城戸が聞き入れたというところだろう。

「春さん連れて防衛任務かー。けどあの人オペ用の護身トリガーも常時使用しないよ?生身で連れ歩くってこと?」

「だからA級を指名した。生身の人間を守りつつ、通常業務を滞らせるな」

「・・・・・それは、必要なことですか。これまでのことも、偶然にすぎないかもしれないとは」

発言したのは三輪だ。

「彼女の能力に関しては、裏付けがある」と城戸が答えた。

直属の上司に断言されれば、三輪はもう黙るしかない。そういえば三輪はまだ春と面識がないようだった。迅を毛嫌いする三輪にしてみれば、迅と親しい人間に近づきたいはずもない。

「あくまでも試験的運用だ。効果が期待できなければ打ち切る」

「効果」と、太刀川が繰り返した。効果ってなんだ。
春の笑い顔を思い出していた。迅のようにうまく能力と付き合えていないのだと、自嘲するような。

「随時報告書をあげるように」

「俺達がですか」言った風間の視線がわずかに鋭さを増した。
忍田もまた、眉間のしわを深めた。ここは合意されていない部分なんだな、と気が付く。忍田は必要ないと思っている、という顔だ。

「そうだ」

「……風間、了解」

一拍おいて、風間が言ったので、太刀川も「太刀川、りょーかい」と続いておいた。








退室を促されて、会議室を出ると三輪が「さっきのはどういうことですか」と納得いかない声音で言う。

「あー」

「……」

太刀川は風間と横目でアイコンタクトをした。お互いに、染まってしまっているなぁと改めて実感する。あの数秒の上の反応で、だいたいのことがわかるくらいには、ボーダー脳が定着している。

「ただの報告でしょう。何故」

「俺達に求められているのは、何かあったという八嶋の報告じゃない」

だから《城戸派》が選ばれている。太刀川と風間はそう理解した。

「《八嶋春》は未だ要監視対象者の指定は外されていない」

「警戒区域内を勝手に動き回らせるってことは、こっちが気づいてない情報を握られる危険もあるだろ。そしてその情報を流す先が春さんにはありすぎるんだよなぁー」

FBIに公安。他にもあちこちに顔がきくらしいのは、話しの端々で滲んでいた。それらは一応、気が付くたびに上に報告するのが常だ。
八嶋春はボーダーの人間だ。だがその言葉の最後には《今は未だ》とか《今のところは》という但し書きがついてくる。

「春さん、今でもあっちと連絡とってるしな。忍田さんなんかはもう指定は外してもいいって思ってるけど、城戸さんが許可してない。」

「元の職場が違うのは根付さんや唐沢さんたちもでしょう」

「そこらへんとは年季が違いすぎる。そしてまだ、八嶋は若い」

若くない、と21歳に評されてしまうのは唐沢達も心外だろうが。

「だからなんですか」

「三輪はさ、もし将来ボーダー出て新しいとこ行ったとしてさ、ボーダーから情報流してくれって言われたらどーする?」

言いながら、自分ならどうだろうかと考えた。忍田に、いや忍田はそんなことはしないとわかっているけれど。忍田に、城戸派の情報を流してくれと言われたら。
断るだろうけれど、悩む。悩んだ一瞬に隙ができるかもしれない。忍田はそういう手をつかわないので楽観しているけれど。

「・・・・わかりません。自分はボーダーを出る選択をしないので」

と、いう三輪の答えは想定内だ。というかどこで生きていくか、なんて今を生き抜くので精一杯の若いボーダー隊員には早すぎる話題だ。大学生の太刀川たちだって、漠然としているのだから。ボーダーに助けられて、ボーダーに入って、戦って、守って。
ボーダーで生きている。
ここから、どこかへ行くなんて、想像もしたことがない。

春にとってFBIや赤井の傍というのはそういう場所のはずだ。だから、迅が『もう絶対に大丈夫』とでも言わない限りこの現状は変わらないだろう。警戒を怠ることの愚かさは、現場にたつ自分たちにだってわかるから、太刀川はこの件に異を唱えたことはない。考えるのは上の仕事だ。逆を言えば、忍田は何をもって春を信じるに足ると判断したんだろうか。迅の保証なしに。そこまで接点が多かったわけでもないはずだが、それは太刀川の知り及ばないところの話だった。

忍田がどう思っていようと、春の外部連絡は全部盗聴されているはずだし、接触した人間も全部チェックされているに違いない。ボーダーは治外法権なのだ。


「報告書は《八嶋春に怪しい動きがあるか》という点であげることになる。忍田さんはそれが気に食わないんだろう。親しいのは本部長よりも城戸司令のはずだが」

「こないだS級作戦室行ったら城戸司令がコーヒー飲みつつ映画見てた。俺、速効で周り右したし。映画好きで、最上さん?の関係者で、過去も知ってて、まぁあの二人仲いいよな」

「それとこれとは別、ということなんだろうが」

「あー、俺むりだわー。こういう戦闘関係ない駆け引き向いてない。風間さんにお任せします」

「司令からの任務ですよ、もっとまじめに、」という三輪の忠告も太刀川は最後まで聞かない。風間は処置なし、とため息をついている。

「俺は別口でちゃんと働いてるのにさー。つか最近春さんつかまんねーんだけど、任務とかできんのかな」

「逃走に関していえば右出る奴がいないな・・・だがまぁ任務には出てくるだろう、仕事はしている」

「大学では?」

「逃げられている。行動パターンをよんでいるのか、ただの感か、能力か――まぁ全部だろう」

「『春さんを捕まえておくのは結構大変ですよ』って工藤くんが言ってた」

「工藤?工藤新一?お前、面識があったのか」

「春さんの関係で一回一緒に飯食ったよ。思ったより普通だったけど、キラキラオーラやばかったー。歩いててサイン求められる一般人って嵐山以外いねーだろって思ってたけど違った。んで、メアド交換してもらった」

「・・・・・・まさかお前もサインをねだったんじゃないだろうな」

「よくわかったな風間さん、もらった。うちのかーちゃんファンなんだよ」

これがボーダーのトップと思われたのか、と風間が頭をかかえた。失礼な話だ。
勿論『太刀川くんへ』なんて書いてもらってはいない。『寿子さんへ』と書いてもらった。母親の機嫌がハチャメチャによくなり、太刀川への仕送りが微増した。









三輪と別れたところで、更に風間が口を開いた。

「三輪と八嶋か」

「揉めそうだよな」

「揉めるのが、目的なんだろう」

「あ、やっぱりそうなのか」

あっけらかんと太刀川は答えた。風間は先ほど忍田が見せたような、苦虫を噛んだ顔をしている。理解はしていても、納得しかねる、というところか。それでも、それが《ボーダー》だ、という所にすべては帰結する。

「迅はなんか言ってたのかな」

「わからん」

三輪と迅は折り合いが悪いの有名だ。第一次大規模侵攻で姉を失った少年は、近界民を憎んでいる。その殲滅を願うほどに。
未来を視て動く迅は、許しがたい存在なのだろう。迅悠一は姉を見殺しにした。三輪はそう思っているのかもしれない。
ならば、似た力を行使する春もまた、存在として受け入れがたいのは目に見えている。

「大規模侵攻の話を八嶋としたことがあるか」

「一次?二次?どっちもあんま覚えないですけど、それが何?」

「一次だ。あいつは、その話をしない」

避けている、といってもいい。

「しないんだ」

視えていたのか。知っていたのか。何一つ口にしない。テレビで、見たとただそれだけだ。

「最近、調子の波が下がってるっぽいし、まぁちょっとまずそうだよね」

「気を付けて見ておけよ太刀川」

「どっちを?」

「どっちも、だ」

「迅が何とかするんじゃない?」

「八嶋に関しては、ポンコツぎみだと言ったのはお前だろう」


三輪と春は揉めるだろう。そして春は、また第一次大規模侵攻の爪痕を突き付けられる。それは春の中に深い棘になって残るかもしれない。
揺らがない感情は、強さにはならない。かつて、冷静に冷静に、感情を殺して忍田に勝とうと試みたときに太刀川は学んだ。気持ちの有無で、勝敗は決まらないけれど。笑って泣いて、怒り、憤り、それでも、もう太刀川の生きる場所は《ボーダー》だ。自分の感情を揺らがせる場所。揺らがない場所はいつだって、出ていけてしまう。大学が多分そういう場所だった。今は少し楽しくなってきたかなとも思うけれど。けれど《ボーダー》ほどじゃない。

三輪をつかって試したいのだ。ここに向き合うつもりがあるのかを。
それは酷い話だ。城戸を、三輪は信じているのに。


「ボーダーってつくづく、悪い組織だよなぁ」
「いまさらだ」
「下の世代もさ、そろそろ気づくよな」
「俺達だってそうだっただろう」
「俺は別に」
「お前はそうだろうがな」
「風間さんは違った?」

風間は小さく息をはいた。

「八嶋には悪いことをした」

「ん?」

あの日、太刀川が風間を迎えにきたのは、珍しいことだった。基本的に大学で、太刀川は風間と学年もとっている講義も違う。あの日は。
ほんとうに、偶然で。

「俺とお前に、あの日あそこで出くわしていなければ、悩まずにすんだだろうに」

「春さん理論だとそうじゃないって。用意された椅子には誰かが座る、代わりに座る人間がいない椅子はいつまでも空席のままにはならない。絶対にまわりまわって、その椅子にだれかが座ることになるってさ。てか話そらすのずるいって。風間さんに俺聞いてた」

「”We're all over 21, footloose and fancy-free.”」

「へ?」

風間の言葉はなんだったのか太刀川は聞き取れなかった。それは、かつて春に風間が告げた言葉と同じで。

「八嶋には言ったが。俺はボーダーを知りたかった。だから入った」

そうだろうなと思う。太刀川とは違う。風間はずっと考えている。
風間の兄が命を懸けた組織について。兄が慕った師について。兄が守ったものについて。
そして風間自身の答えを出している。


「いつか、城戸さんたちに『あんたたちはもう引っ込んでろ』と、言うのが理想なんだが、何年かかるか。八嶋もつき合わせるつもりだが、お前はどうする」

「いいねー、面白そう。乗った」



楽しそうな未来だ。太刀川に未来視はないけれど、確かに、その未来は魅力的で。その未来を実現するために、何かできたら最高だ。
風間がいて、迅がいて、春がいて。忍田たちに言うのだ。もうこっちでやるし、ゆっくりしたら?と。そして、暇を持て余した忍田に稽古をつけてもらうのもいい。


「でもさ、何か俺も大丈夫だと思ってるよ。風間さんと一緒で。春さんは残るって。なんでだろうなー。城戸さんたちは迅が渋い顔するから、警戒解けないんだろうけど。俺もわかってる。迅が『大丈夫だ』って言わないっつーことは、春さん出てく未来はまだあるわけで。でも、うん、なんか、そんなことないって思う」

最近はなぜか避けられているけれど。迅は、さえない顔をしていたし、出水もなんだか心配していた。それでも、太刀川にはピンとこない。

「なんでだろな?」

「さぁな」

「風間さん、わかる?この感覚」

風間は首肯した。

「俺達、サイドエフェクトとか超能力ないはずだけど」


さて、逃げている猫に鈴を付けに行こう。全員でかかれば簡単だ。春は逃げるのがうまいけれど、負けてやるつもりなんてない。
迅の見ている未来がどんなものかはわからないが、風間の言う未来は太刀川にも思い描けたから。


「楽しみだな、風間さん」


太刀川は、愉快そうに笑った。




***



くしゅんっ、と春は咳をした。誰か噂でもしているんだろうか。心当たりがありすぎて、微妙な心もちだった。電話口の向こうから『風邪か?』と一応の心配をされたが、過去に風邪を引いた記憶がちょっとなかったので、馬鹿は風邪を引かないと思われている節がある。


『で、逃げてるのか』
「・・・・だれもかれも容赦ない」

次の電話はアメリカからだ。どうしてもこうも自分の様子は筒抜けなんだろうか。部屋に盗聴器でも?!と思いいたって、探そうと腰をあげかけて、やめた。探すまでもなく、あるよな。と気が付いた。
間違いなくある。そしてその情報はシェアされている。

『逃げてくるか』
「・・・・秀兄すっごい、意地悪い顔してるでしょう」
『さて、どうかな』
「・・・・・・・」
『これで駄目なら早晩お前の方が先に駄目になる。隠して逃げてるんじゃ、置いてはおけん』

連れ戻すぞ、と言っている。
声の調子は変わっていないけれど。

『春』

電話をきった。
春、と窘めるように、甘やかすように、諭すように、からかうように呼ばれた名前。
どうするんだ、と、その声が言っていた。









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