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18


2月15日

バレンタインの翌日は、B級ランク戦が行われる日だった。春は三雲たちを密かに応援していたので当然観戦を決めていた。風間と加古が解説席に座るとあって、他の隊員たちもかなりの数がいた。
三雲、東、影浦、二宮隊の試合は、かなりの見ごたえがあった。
トリオンというのは不思議で、中学生と高校生と大学生がおなじ土俵で戦うことができるのだ。男も、女も、老いも、若きも。いや、年を取るとともにトリオン量は減るらしいから、その点は春の能力に近い。最近の研究では超能力とはトリオンによる副作用の結果だったのではないかとも言われているが、能力はあるけれどトリオン量が著しく低い春の存在によって今のところ否定されている。
中学生ながら三雲は検討していた。それでも、まだまだ足りない。上位の壁は分厚く、彼らを簡単に跳ね返してしまった。
失敗した。間違えた。だが、これからだ。まだ挽回できる。
風間も言っていた。隊長としての務めを果たせ、の言葉は春にとっても理解のできる言葉だった。優秀すぎるといっていい人間に囲まれた一般人は、ひたすらに努力を続け、その上で自分の使い方を何よりも熟知しなくてはならないのだ。



「ユーイチ君、ホットミルク飲む?」

玉狛に泊まり込む日がたびたびある。ヒュースと打ち解けるため、という目的も勿論あるが、玉狛のアットホームな空気が好きだからでもあった。林藤や迅から転属しない?という誘いがある。頷きたい気持ちがあるのに、どうしてだかできない。そこは自分の行くべき場所ではないと、糸が本部に春をひっぱるのだ。
玉狛のキッチンを我が顔で使うのは気が引けたが、2月の寒さが夜は厳しい。トリオン体でやりすごす連中が多いのを知っているが、あいにくと春はトリオン値が低いのでいつでもトリオン体に、という御身分ではない。

「春さん今日、泊り?」
「うん」

小さなポットで牛乳を温めていると、迅がチョコを持ってきたのでホットチョコミルクに変更する。屋上で三雲と話をする約束をしているらしい。

「三雲くんは?」
「あとでおれが送っていくよ」

玉狛支部全員で夕飯を食べて、今は各々が好きに過ごしている時間だ。春はこの飲み物をもってヒュースと会話する予定だ。迅が珍しくも言葉少なく傍にいる。沈黙に耐えかねて、口を開いた。

「そっか。三雲くんもいるかな」
「そのチョコおれのだから、だめ」

おっと、そうだった。

「私はお相伴にあずかっていいでしょうか」
「春さんがホットチョコミルクにしてくれるならね」

迅は春の隣にたって、肩に頭を寄せてきた。茶色の髪が視界のすみっこでゆれている。くすぐったい。肩にかかる重みに、いったいどうしたんだろうと心配になる。

「ユーイチ君?」

名前を呼んだ。

「ん」

小さく迅が返事をする。
春は牛乳をかきまぜる手をとめた。

「もうちょい」
「うん」

横に置いておいたチョコを予定していたより少しだけ大目に、牛乳の中にいれた。

「春さんもこういう気分になることある?」

迅が、何てことない声音で聞いてくる。振り返る。自分には迅ほど多くは見えないのだ。視えて、変えたかったものがあった。それでも守れなかったものはある。怖くて怖くて、春は過去ばかり見ていた。未来は恐ろしい。怖くなるたびに、夢に、赤井に春は甘えていた。

「 ある、ね。」

棚に残っていた酒瓶に目がいった。林藤のものだろうか。
それに手をのばした。ふってみるとまだ中身が少しあるので、拝借することにした。ほんの一滴、温めているミルクにたらす。
スコッチウィスキーの瓶をまた棚にもどした。

眼をそらさなければ、もしかしたら避けれたかもしれない結末を、春はみのがした。
何度も。


「はい、できた」とマグにミルクをそそいだ。未成年だけれど、ほんの少しだからお酒も許してくれるはずだ。

「あったまるよ」

迅に向き合う。マグを渡して、その手を上から握った。

「美味しいものたべて、のんで、寝るのが一番」
「春さん流の切り替えだねー」
「うん。幸せ感じるからね」

迅も感じてくれるといいと思った。ささやかな、幸せが人を生かすのだ。
ささやかな幸せや、かすかな希望が。あいた穴を少しだけ埋めてくれると思っている。
ただ、春の場合は睡眠が必ずしも救いにはならないのが欠点だ。

「こたつでアイス食べたり?」
「あ〜〜、いいねソレ。ごくらく。それからしょっぱいもの食べたくなってポテチとか食べちゃうの。ダイエットが遠のくなぁ」
「春さんはもう少し食べた方がいいよ」
「いやいやいや、あっというまに寺島君コースだからね。気を付けなくちゃね」
「ははっ、寺島さんコースって。寺島さん聞いたらキレそう」
「だまっててね」
「おいしい飲み物もらったからだまってる。」


(しあわせだな)

と、春は思う。
ただ、こんな風に何気ない話をしているのがとても幸せだと思った。目の前にいる人が、迅が、同じように幸せを感じてくれていたらいいとも思った。
迅は春のヒーローだ。そしてボーダーのヒーローで、三門のヒーローで、世界のヒーローで。
それでもまだ、19歳の男の子だ。
幸せでいてほしい。
もっと弱くて我がままになれる場所があればいい。春にとって、赤井はそういう人だった。核シェルターよりもそこは安全だと本気で思っていた。
今はそこを飛び出して、身一つで歩き回っている。今度は自分が迅のシェルターになれるだろうか。

「さって、そろそろ行くかな」
「屋上だったっけ」
「そう」
「いってらっしゃーい」

迅が春を見て、笑った。

「春さん、今のもう一回」
「今の?」

首をかしげた。迅が目を細めて、春を見ている。そんな優しい顔をされると困ってしまう。かっこよすぎるのだ。

「『いってらっしゃい』ってやつ。新婚さんみたいでテンションあがった」
「えぇ?!」

しんこんさん。それはなんだかすごいパワーワードだ。つまるところ春は新妻で、旦那さんが迅ということか。なんだそれ。想像した自分が脳内お花畑だった。つい先日もそれでからかわれたばかりだというのに。

「すごいしあわせを感じた」とニコニコと迅が言う。
「もっと美人さんを望んでいいと思うんだ!!私って、そんな、新妻とか無理・・・不出来な嫁すぎて木崎くんや小南ちゃんにため息つかれるやつ・・・」
「不器用なお嫁さんでも皆は喜ぶと思うけど」
「ひぇっ、無理です」
「そういわずに。ほら、一言でおれめっちゃ幸せなるよ」

距離がぐっとつまった。迅の体がかたむいて、春と迅の額がこつんとくっついた。視点がさだまらないくらい近くに迅の青い眼があって、春はもうパニックきわまりない。

「うう」と唸るが、迅は引く気配がなくて言うまで動かないぞと待ちの姿勢だ。
マグのミルクがさめてしまう。ほら早く言ってしまえ、とふがいない自分をいさめた。

「い、いって、ら、」

迅が見ている。なんだかほんとうに、新婚の奥さんに向けるような優しげな目で、頭が沸騰しそうになる。迅の奥さんはきっととっても幸せになるに違いない。心臓がうるさい。爆発しないか心配になる。

「 いって、らっしゃい」

なんとかひねり出した。羞恥のあまりに、随分と震えるような小声になってしまったけれど迅は「たしかなまんぞくをかんじた」といってくれたので良しとしたい。こんなので幸せになれるなら百回だって言う。ほんとは本物の奥さんに言ってもらうべきところだけれど、春ごときで代役になれるなら喜んでする。
迅が屋上にあがっていくのを見送りながら、キッチンにへたりこんでいると外回りのランニングから帰ってきた木崎に「どうした風邪か?」と心配された。
そのあと、のこったミルクを見て「もらってもいいのか?」と聞かれたけれど、それだけは断固拒否して、残り全部をお腹におさめた。だって迅のチョコだし。木崎には他のチョコをあげたわけだし。

「・・・ユーイチ君の人たらしスキルがソーイチと似すぎていて私はもう勝てる気がしない」
「最上さんと?」
「・・・めっちゃ似てる」
「迅は喜ぶだろうな」

師匠と似ていると言われて嬉しくない弟子は風間くらいだ、と木崎は言った。

「そこは喜んじゃいけないところな気がする・・・」








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