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17


春の能力は迅ほどにはシンプルではないので、何か成果を得ようとするにも手間がかかる。すぐに結果に結びつかないことも多いので、短気で成果をすぐに求める人間から見るとただの役立たずだ。
長い目で見てもらえると助かります、と頭を下げた。幸いにもボーダーという組織は短期的にも長期的にも、春の能力の上位互換ともいえる迅悠一がいたので、ある程度の余裕があった。上層部側も、過去数度の実績をさらいだして、長期的な構えが必要であるという認識をきちんと持ってくれているようなので、居心地という面では悪くない環境ができあがりつつある。

大規模侵攻後に、春に割り振られた仕事は多岐にわたる。警戒区域の定期巡回、オペレーターランク戦の企画、つい口を出してしまった移動式オペレーティングシステムの開発アドバイザー、エトセトラエトセトラ。合間合間に唐沢が現れ、外務営業部の仕事を押し付けられたりしつつ、こまめにオペレーティングの訓練をこなしているので、非常に多忙な日々を送っている。
そんな多忙を知りつつも、忍田は更に春に新しい仕事を依頼することになったのを大変申し訳な下げに告げた。



「は?こないだのブサイクじゃねーか」
「・・・・うわ、」

口を右手でおおって、一歩後ずさった。開発室から逃げ出したい。だが左手をがしりとつかんだ同級生は許してくれなかった。そのままずるずると春は開発室という、ボーダーの中でも超ド級に変わり者たちが集まる魔境に引きずり込まれた。
うわ、の後にキモっ!と続けたかったがすんでのところで飲み込んだ。

「エネドラッド、仲良くしてあげてよ」
「なかよく?!このゴ○ブリみたいなのと?!開発室は頭がおかしい!!もっと可愛くて愛嬌のあるエネドラえもんてきなロボに何でしなかったの?」
「ゴキブリが何かは知らねぇがけなしてんのはわかった、ふざけてんなよクソ爆破女」

エネドラの遺体を回収し、そのトリオン脳をラッドにつないだ結果動くエネドラッドと会話をし情報収集を行うこと。それが新しい仕事のうちの一つだ。定期的に開発室に顔をだし、話をする。接点を多くして、春の能力のアンテナにひっかかるものがあれば上々、ということらしい。
ボーダーって頭おかしい、と毎度のツッコミを心の中でした。倫理問題とかどうなっているんだ。常識人みたいな顔をして、忍田もしっかりボーダー人(春はボーダー所属の人たちを一種の新人類のたぐいだと思っている)だから油断ならない。

「そもそも、殺されかけたんですが」
「今は無害だよ。映画も見る」
「え、映画を?!このゴキ、」

ゴホン、と一度咳ばらいをした。つい本音が出そうになるのはよくない。しかし、寺島も春が『映画』といえば黙ると思っているのだ。まだまだ短い付き合いだというのに、こいつは映画さえ与え置けばよかろうなんて思われているのは癪である。だが興味はそそられてしまう。人型近界民は映画がお好きとは。

「エネドラッドが?」
「結構楽しんでるよ。八嶋映画好きだろ、映画トークすればいいじゃん」
「・・・・まじか、最近見たのって?」
「エ○リアン」
「へ〜、エイリアンがエイリアン見るって笑えるね」
「オイ寺島、こいつ爆弾持ってねーだろうなァ?ア?」
「どうだろ」

寺島が上から下まで春を眺めて、肩をすくめた。

「持ってない持ってないからね?そんな通常装備じゃないから。あれは一世一代の覚悟決めてやってたやつだから」

爆破魔のような扱いは断固拒否したい。

「それにしちゃ手馴れてやがったろうが」
「やだな、女子大生にとって爆破とかたしなみのうちだよ」

女子大生ってのは女子の学生だよ、と補足したうえで「嘘教えんな八嶋」と冷たい視線を寺島がした。「たしなみなわけないじゃん。こいつがおかしいだけ」

「寺島君、オブラート、オブラートに包んで」

ダメージを受けた春ががくりと肩をおとした。「そういうポーズいいから」と寺島はすげない。

「オブラートに包まれた体のくせに」ぼそりと反撃をこころみた。
「今度飲むときは八嶋をハブるから」
「ひぃっ、ごめんなさいごめんなさい捨てないで寺島君!それに新しいトリガー開発も付き合ってください」

平身低頭謝罪した。だがしかし、そろそろダイエットは考えた方がいいとは思う。アメリカでも似た体形の同僚はいたが、年を取るにつれて体重は落ちなくなるんだと嘆いていた。春個人の見解だと、ふっくらボディはかなり魅力的だが健康には代えがたい。

「新しいトリガー、イメージまとまったわけ?八嶋、移動式オペレーティングシステムにもかんでるだろ、手ぇ広げ過ぎ」
「移動式の方は完全にとばっちりだから・・・で、新トリガーの方は趣味かな!映画を実写に、実写を現実に!ボーダー最高!トリオン&トリガーばんざーい」
「結局趣味だろ。ばっかじゃないの」
「嫌われてんじゃねーか爆破女」とエネドラッドが鼻でわらった。
「近界に映画ってないの?」

さくりとエネドラッドの嫌味はスルーした。寺島がたんぱくなのには慣れっこだ。

「ねーよ」と律儀に返事をする。
「・・・そっか」
「なるほど遠征は興味ねーな、って顔だけど、決めるは上だからね」

こいつほんとどうしようもないな、といった風に寺島が言う。

「遠征艇にシアターある?」
「ないよ」
「・・・・飛行機以下じゃないですかー。やだむり遠征とか選ばれないように祈るしかない」
「飛行機?」
「トリオンじゃなくても動いて大量に人や物を運ぶ乗り物なうえに映画が見れてごはんも出てくるという最高の空間だよ」
「大量ってどの程度だ」

トリオンを使わない、あたりにエネドラッドは興味をひかれたらしい。寺島がどこまでこいつ話す気だ?と春を見た。もちろん、こちらの情報を与えすぎてはまずいが、資源の豊富さは見せつけて悪いことはないだろう。新トリガー開発の話も、半分くらいはブラフだ。常にそういう動きがあり、進化し続けているという警戒を与えておくのはどこかで役には立つかもしれない。
飛行機の仕組みなんて春は勿論知らないので非常に抽象的であいまいな説明を繰り広げていたら、後ろで聞いていた開発室の職員が夢とロマンにあふれた飛行機トークを1時間ほど披露してくれた。何とか半分くらいは聞いていたが、エネドラが「飽きた」と正直に発言してくれたおかげで切り上げに成功した。
飛行機マニアの開発室職員はまだ語りたりなさそうにしていたが。


「八嶋って無害で阿呆そうな顔してやり口エグいよね」
「え」

エネドラッドに与える情報の統合をすれば、玄界はかなり発達した世界に感じられただろう。玄界は未発達の猿、という認識をじわじわと意識レベルで改め、警戒の度合いをエネドラッドは深めたはずだ。敵にまわすと厄介な場所だ、と。

「・・・・私より一億万倍エグい手口使う人たちに育てられたから」

春は頭を抱え込んだ。普通に会話しながら、メリットデメリットを計算する頭にされてしまっている自分に絶望した。そういうに育てられ、躾けられてきたので、もうどうしようもない。普通の女子大生計画はたった2年で崩壊してしまった。

「ところで次の映画は何にする?!」

ハートフル映画だけをエンドレスで延々見せ続けることで人格に及ぼされる影響についてレポート書きたいなと思ったけれど、これが一般的女子大生が書くものではないのはわかりきっていたので、黙って口をつぐんだ。




***



ヒュースはもっと敵意に満ちていた。これぞ捕虜、という顔だった。
こちらも勿論情報を増やすための接触である。週に何度か、玉狛に顔をだし、それとなくヒュースと会話する仕事が新たに追加されている。大規模侵攻で春の能力が明るみに出て以来、仕事は増えっぱなしである。
この件に関して当初城戸は渋い顔をしていたが、林藤の粘り勝ちだった。

「ヒュースと話した感想は?」
「若い、忠犬、ふりまわされ属性・・・・ボーダーだと苦労するタイプとみた。真面目に。けどアフトクラトルもまだつけこむ要素ありそうだねー」
「暗躍の気配?」
「しますな、とっても」

迅と春が顔を見合わせる。お互いがもつパズルのピースを出し合うと、ぴったりになるんだと最近はきちんとわかっているので、方向性さえあっていれば足並みもぴったり揃うのだ。

「アフトクラトルはあれだけの勢力でこっちに来るくらい切羽詰まっているみたいだし、なおかつ内部も一枚岩にはなってない。戦闘じゃなく交渉にもちこみたいな〜〜」

「春さんは割と文官肌だよね」

「戦争をいかに終わらせるかって、ロマンあるでしょ。無血開城の勝海舟と西郷隆盛とまではいかないけど。第二次大戦末期の日本の官僚の記録とか読むの楽しいよ」

「えっぐい時代選ぶなぁ」

「だからできれば近界外交部門がボーダーにも欲しい。というか無いという現状が怖い」

「そこまでまだ手回らなかったからね」

迅の言葉は重い。ボーダーの始まりを思えばそうかもしれない。

「そろそろでしょ」

「春さんどう?やんない?」

「無理です!わたしそこまで自分が優秀じゃないのを知ってる。けど、金の雛鳥探したりして内輪もめしている間に動きたいとこだよね」

二人が顔を寄せ合って話していると「夕飯の支度手伝いなさいよ!」と小南に叱られた。

「まったく、あんたたちってほんとに悪巧みしてるとき楽しそうなんだから」
「悪巧みなんてしてないよ?!」
「そうそう、ボーダーの未来を憂えてたんだよ、おれ達」

ね!と二人が顔を見合わせてうんうんと頷く。

「息ぴったりじゃない!春さんも迅とつるんでたら暗躍癖がうつるわよ」

皿を運びながら小南はジト目で二人をにらんだ。烏丸が「知らないんすか小南先輩、」と聞きなれたフレーズを口にした。春は一体今度は何と言ってだます気なんだこのイケメン少年は、と烏丸を静観した。迅は何か視えているのか、にやにやと笑っている。

「迅さんたち付き合ってるんですよ」

とんでもない爆弾が投下された。

「え!そうなの?!ちょっと迅、そういうのはちゃんと報告しなさいよ!春さんも何で教えてくれないの?」
「は?!」

小南の「え」にかぶさって春がすっとんきょうに「は?」と飛び上がって驚いている。なんであんたも驚いてるのよ!と小南は自分だけが知らされていなかったことにご立腹である。調子にのった迅が「みんな知ってると思ってたけど小南まじで知らなかった?」と煽るように言う。おいやめろ、小南ちゃんをこれ以上からかうんじゃない、と春は痛む頭をかかえた。

「そ、そうなのか」

後ろから声がした。

「そうだぞ、ヒュース、迅は”しんこんさん”というやつだ、前にでれでれの顔でじまんしていたからな、まちがいない」

二階から降りてきたヒュースと陽太郎がダイニングの入り口で並んで立っている。衝撃を受けたような顔をしているヒュースは「どうりでどちらも胡散臭い顔をしているはずだ。なるほど夫婦か、理解した・・・似ているわけだな」とつぶやいた。

「え、なになにお前らいつのまに入籍したんだよ〜、そういう大事なことは報告しろよ迅?春ちゃん、新居とか決まってないんなら玉狛おいで?」

更に後ろから現れた林藤が、悪ふざけに輪をかけていく。木崎を手伝って料理を運んできていた三雲と千佳が「し、知りませんでした」と顔をわずかに赤くしている。

「まいがっ!」と春が頭をかかえる。玉狛のノリは好きだ、アットホームな雰囲気も大好きだ。だがこれはいかん。

「烏丸君!」と元凶にどうにかしなさいと名前を呼んだ。

烏丸は顔色一つ変えずに、「すいません、嘘です」としれっと白状した。
「嘘なのか?」と空閑がくちをすぼめて、迅に聞いた。
「今はね」と迅が意味深に答えて「嘘です!」と春が全力で返事をした。

「ふむ」
「空閑?」と三雲が黙り込んだ空閑を伺った。嘘を見抜くサイドエフェクト持ちである空閑は「二人とも嘘はついてないな」と、言った。

「婚姻届出すときは俺が保証人になってやるから任せとけよ」
「頼むよボス」
「嘘、ですから」と春が繰り返した。
「ちょっとまた騙したのね?!」
「もっと怒っていいと思う、やっちゃえ小南ちゃん!」

料理を運んできた木崎の「埃がたつ、喧嘩するなら飯は抜きだ」の一言で何とか場は収まったかに見えた。

「だが八嶋、お前になら迅を預けても安心だ」なぞと同級生が言い出すから、食べかけていたカレーを盛大に吹き出してしまうのを堪えるのが大変だった。ヒュースの観察にきたはずだったのに、彼氏の実家へはじめて挨拶にきた彼女?みたいになってしまった。



***



「っていうことがあったんですよ冬島さん」と開発室のいつの間にか用意されてしまった春用のデスクで仕事をしながら、報告した。手元には赤字で修正が入りまくっている新型トリガーの素案である。

「お前、それ外堀を埋められてんだよ」
「外堀?」
「結婚を前提におつきあいするときの常とう手段じゃん、実家お招き、家族に紹介。ずるずると逃げ道を塞がれてんな」
「仕事ですけど」
「玉狛の連中はそうは思ってないだろ」
「そうなんですか?!」
「いや、俺は知らないけどな?客観的に見てそうなんじゃねーの?」
「でもその理論で行くと私は太刀川くんちにも行ったし、おばさんに『慶をよろしく』って固く手を握られたし、今でもたまにごはん誘われるんだけど、結婚を前提におつきあいしてることになるの?!」
「え、そんなことしてんの」
「だって誘われるから」
「誘われたら行くの」
「友達んちへの御呼ばれってイベントすごい胸がときめいた。実際すごく楽しかったし、いつもすごくご飯が美味しい。太刀川くんがすくすく育ったのめっちゃ納得。しかしあんないいもの食べてて少しも頭に栄養行ってないのはなんでだろう。すごく不思議」
「へー」

すごく、という単語が何度も繰り返し現れているところからして、よっぽど楽しかったのがうかがい知れる。

「親と疎遠というはなしをうっかり流れでしてしまったら、太刀川くんのおかーさまに熱いハグをされた。おかーさん力を感じた」
「・・・・”春ちゃんはもう娘も同然よ!”とかって言われてそう」

春はすごいな何故わかった、という顔をした。

「言われた」
「・・・・へー」

あちこちで外堀が埋め立てられすぎている。
迅が春を強烈に意識しているのは、冬島も気が付いている。だが、太刀川はどうだろうか。太刀川が、実家に、友人を招待。思わず背筋がぞくりとした。

「きもい」
「は?ちょっとおばさんへの悪口は聞き捨てならないですよ?」
「違う、太刀川だよ」
「太刀川くんならば、まぁ」

いいのかよ。この扱いの雑さが、迅は羨ましくてしょうがないらしい。

「春ちゃんて太刀川と仲いいよな。風よけだから?ってだけであんな一緒いないだろ」
「太刀川くんといるとすごく楽ちん」
「へー」

どうなんだこれ。脈はどっちにあるんだ。そもそも脈があったら太刀川はどうなんだ嬉しいのか?太刀川が家に女を呼んだことがあったならそんな面白話は間違いなく麻雀の席でネタにあがるはずなので、幼馴染らしい月見は別にすれば珍しい事態のはずだ。
もう冬島は「へー」しか言えない。下手に手を出すと酷いやけどをしそうな案件であるのに、最近ようやく気がついた。










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