My Blue Heaven | ナノ
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12


「ユーイチくんは愛されてるよね」

突然な発言を春がしたのは迅についての愚痴をいまだに言っていた太刀川へだった。諏訪隊の隊室で麻雀に勤しむ太刀川、東、諏訪、冬島は牌をにらみつけるのをやめて、発言した春を見た。4人の横でちびりちびりとお酒をのんでいた春はすでにできあがりつつある。春の効果的な面白い酔わせ方、というのを赤井に酒の肴で教えられた東がそれを冬島に話した結果、冬島の出来心で実践した結果だが、既に東は後悔していた。赤井がにやりと笑っていたのは、たぶん、まぁそういうことだ。めんどくさい奴を酔わせてしまった。

「へんなこと言った?」
「俺、今めっちゃ愚痴ってたの春さん聞いてた?」
「きいてたよ」とほろよい加減で少しばかり舌足らずに春が答える。一番近くにいた東が、春の傍にあるチューハイの缶をとりあげた。

「ソーイチだってユーイチくんにつかって欲しいにきまってるのにさ。ふふふ、愛ですよ愛。師弟愛すごい」

黒トリガーは使用者を限定する場合が多い。人が武器になるのだ。ただの武器なら選り好みをしないが、元が人であった黒トリガーは好き嫌いがきわめて顕著に出る。

「弟子の選択肢増やすために、師匠はわがまま言わないんだなって。だって、つかえるひと多ければ、そのぶん暗躍の幅、ふえるもんね。選ばれた人はむしろかわいそう。あてうまだよ、あてうま。嫌な言い方すれば、使える駒をふやしてプレイヤーを楽にしようって発想だ。ソーイチはそういうとこ悪どい」

「……酔ってるぞ八嶋」

「よってる。うん。なにもみえないし、きこえない」

ぐてり、と床に体がかしぐのを、東が支えた。

「迅のため、か」
「そう、ユーイチくんのため。風刃も、”わたし”も」
「・・・・あ〜、春ちゃん?大人しく寝よーぜ?」
「わたしに酒をのませた冬島さんがわるい。わたしは飲まないって言ったのに。酔うとね、かんがえてることぜーんぶしゃべるよ私は」
「唐沢さんと飲み比べしたんだろ?そん時は?」
「唐沢さんは私の百倍弱いから、よゆ〜。おとなって、ほんと汚い手をばんばーんつかってくるんですよ。わたしはその真似をすることにした」

まきこまれてください、と。

「おれは!なんにも!きいてない!」

諏訪が耳をふさいで叫んだ。

「諏訪君、おうじょうぎわ悪い。私と一緒にかんねんしよ?ね」
「ひとりでしね」
「海外ミステリの新刊和訳やってあげたのに」
「それはそれだろーが。俺を巻き込むなマジで」
「木崎、風間、八嶋の三国同盟が、今単身あがく諏訪くんを包囲している。活路はない。あきらめたまえ。そしてボーダー就職21歳同盟に加入するのだ」
「雷蔵は!」
「開発室は別ルートだから……うう、お酒が足りない。まだ飲む……」

ふらふらと遠ざけられた缶チューハイに手をのばす。

「飲み過ぎだ」
「のみたいきぶんなんです……来年の今頃はきっと東さんだって私の気持ちわかりますよ?飲まずにはやってらんないですよ?院は来年でおわりでしょ?すぐですよ、すぐ。書類の書き方はわたしが教えたげますね?」

春はつい先日、正式にボーダーへの就職が大学の卒業より先に確定したばかりだ。

「春さんは嫌なことはぜってーやらないって名探偵が言ってた」

ほどよく酒がまわり、本日はまだカモにされていない太刀川はご機嫌に「真実はいつも一つ」と名探偵ごっこをした。
「似てない。100点減点。新一君はもっと可愛く素敵に知性をかもしだしてる」と春が即座にダメ出しをした。
嫌じゃない、嫌じゃないから困っているのだ春は。

「じつはもう渡米した先に家もあったの、卒業後FBI就職って未来が私の漠然とした進路だったし。けどそれ蹴っ飛ばして、ボーダーに残るのすごいはずかしい。ソーイチのおもうつぼだった」

「嫌ならほら、亡命したらいいんじゃね?」
「冬島さん、上に開発費減らされても知りませんよ。それに真木がなんというやら」
「……春ちゃんガンバ」
「もうじゅうぶん、ガンバッテル」
「あ、その牌カン」
「諏訪さん、ひでー。春さん、俺どの牌すてんのがおすすめ?」
「そういうのはユーイチくんじゃないからわかんないし、今飲んでるからなんにも視えない」

酒が入ると、能力は減退する。幽霊のたぐいも一切視えなくなるし、勘もにぶくなる。ただ、ごくまれに、春のコントロールを越えてオーバーヒートすると見え過ぎて倒れることになるが、どうやら今日はその日ではなかったらしい。
お酒は、春の味方だった。はじめて飲んだのはいつだったか。眠れずにいた春に、年上の幼馴染がこっそりくれた一杯を飲んだことは覚えているが、いくつだったのかは思い出せない。

くだをまく春をよそに、男4人は黙々と麻雀を続けている。

「春さんも次やる?」
「麻雀はやりかたしらないって前にもいった」
「麻雀はってことは他ならなんかできんの?」
「……ポーカー。いかさまのやりかたとかも習った。アメリカ仕込み」
「おっ、いいな。次はポーカーやるか。つーかいかさまって」
「いいことも悪いこともだいたいアメリカでおぼえてきた」
「俺やり方知らないっすよ冬島さん。そしてアメリカ物騒だなオイ」
「教えてやるって」
「カモられんのはパス」
「麻雀でもカモられてるじゃん諏訪さん」
「お前ほどじゃねーよ、っておい八嶋ここで寝んな。S級隊室戻ってねろ」
「ん。八嶋、りょーかい」
「だーから寝るな!俺がおさのに怒られるんだよ」

女子高生オペレーターはどこも強いし可愛い、とダメな大学生オペレーターですいませんと誰に謝っているのかわからないことを言い始める。いよいよ酔いが回っている。




「おっと、盛り上がってるね」

第三者の声がわりこんで、諏訪隊の隊室のドアがあいた。はいってきた男を視て諏訪はうっかり「げ!」と露骨に本音をもらしてしまったので、あわてて自分の口を手でおさえた。まだ俺は死にたくない。胆力のある男でも、敵に回すべきじゃない人間相手に攻撃はしない。

「唐沢さん?どうしました?」
「あーあ、春さんつぶれてるねぇ」
「迅、俺の捨てるべき牌はどれだ」

入ってきたのは外務営業部長の唐沢と、迅だ。さっそく太刀川がサイドエフェクトをお手軽に要求した。

「ちょっと八嶋くんに渡しておくものがあってね、明日は朝イチで出るからここにいると迅くんに聞いて顔をだしたんだよ。しかし、これはダメそうだな」

ソファに片腕をついて、唐沢が春を覗きこむ。二人掛けのソファで東の横に陣取った春はぐでぐでに酔っている。

「俺も読み間違えたな。どっかで分岐見逃してた。春さんって結構読みにくいんだよね…」

笑いながら迅も太刀川の配牌を覗きこんだ。

「迅、言うなよ。いいか絶対に言うな」と冬島が牽制する。
「俺はこういうの口出さないから。見てるだけ見てるだけ」
「なんだよ協力しろよ」

「八嶋君?」と一応ダメ元で唐沢は春に声をかけた。
ほとんど夢の国に足をつっこみかけていた春は、まぶたがほとんど落ちている。それでも呼びかけには反応した。ソファのせもたれに手をついた唐沢は、脱いでいたスーツのジャケットを腕にひっかけている。

「………ん、ん〜?」むずがるように、眉をよせた春が、のそりと動いた。

「おや」

腕がゆっくりと伸びていく。唐沢は面白がるように目をわずかに見開いた。酔った相手を制してあげるほど唐沢は優しくない。
唐沢のスーツの裾をつかんだ手が、唐沢をひっぱりよせる。


「………、Give me 5 more minutes、……please、」


顔をよせ、唇が重なる。甘えるように、首元に頭が懐いてきて、これは後で諏訪隊のカメラの映像は応酬しておこうと唐沢は新たな交渉カードの発生を打算した。
とろんと半分おちきったまぶた。薄めで目の前の人を見ているのかいないのか。
そのまま腕がぐるりと腰にまわり、完全に春はおちた。


「冬島君、いまその手にもってるスマホのデータを送っておいてくれたら、開発室に新しい予算を組めるように手をまわそう」

ぬけめなく面白いことの気配を察した冬島が起動したスマホの動画データはとてつもなく高値がついた。酔っているにしても、嫌な相手に見つかってしまったものだと内心同情しつつも、しっかり冬島は営業部長宛てにデータを送信した。予算はいくらあってもいい。

「は?え?おい、東さん事態を収拾してくれ俺はもうキャパオーバーだ。つーかそういう話はうちの隊室の外でやってほしいマジで」

「唐沢さん煙草の銘柄変えました?」

「ああ、手持ちが切れててね一箱だけ違うのを。わかるかい?東君はそんなに吸う人間じゃないはずだが」

「……赤井さんが同じ銘柄でしたよソレ」

「ああ、なるほどね。覚えておこう」

覚えておいてどうするんだ、とはもう諏訪は突っ込まない。突っ込んだら負けだ。下手に口を出して飛び火するのは避けたい。これは諏訪の手に負える相手ではないのだ。
つまるところ、慣れ親しんだ煙草の匂いに”間違えた”のだ。そしてその相手に対して、八嶋春はあんなふうに甘えてみせるのを、知ってしまった。

「ひゅ〜、春さんやるね」
「……」
「なになに、あのFBIとはそういう仲なの」
「太刀川、いいから牌を黙って切れ」
「だって東さん、気になんね?起こして動画見せて問い詰めたら憤死するかな」
「さて、このまま置いておくとよくないでしょうし、どなたか仮眠室か何かへ運んであげてください」

するりと拘束から唐沢が抜け出す。書類の入った封筒はぼんやりしている迅におしつけた。唐沢さんが運んであげたら?と言うからかいじみた太刀川の言葉にもトリオン体の人に任せるよ、とさらりとかわす余裕がある。さらにはにこりと笑って今見たことは交渉のカードとして使いたいから口外しないでもらえると助かるな、と微笑んだ。しゃべったらどうなるかな?と脅しが含まれている微笑みに背筋が凍った、とは諏訪の言である。吸いなれないから、とまだ何本か残った煙草も一緒に迅に押し付けていった。思わず受け取ってから、まだ未成年なんだが、と思うが誰もつっこまない。

「迅、八嶋を寝かせてきてくれるか」
「・・・・ああ、うん。いいよ。俺やる。それから太刀川さん、一番右端がおすすめ。今切ろうとしてるの捨てると、冬島さんがあがる」
「迅っ!?」

新規予算にほくほくで、更には自分の懐もあっためれそうだった冬島は悲鳴をあげた。

「4人共ほどほどにね」

春をかかえてS級隊室のベッドへと向かう迅の背中に、それぞれが声をかけた。

「まぁ今のは冬島さんが悪かったですね」
「サンキュー迅。どんまい冬島さん」
「くっそ、おま、仕方ないだろーが相手は唐沢さんだぞ?!」
「スマホを起動しようっていう発想がだめなんですよ」

やけくそにきった冬島の牌で、東があがった。




春をS級作戦室の仮眠用ベッドにのっけて、その横のスツールに腰かけた。酔っ払いは機嫌よく寝息を立てている。
書類はデスクに置いておいた。そして手元に残った煙草の箱を持て余す。ライターをもっていないから火はつけられない。
唐沢がもっていたせいか、かすかに煙草の残り香がした。ベッドに寝転がる春の口に髪が入っているの気が付いてどけてやる。
迅は英語がとても得意というわけじゃない。迅の生活圏内に英語はとくに必要がないからできなくてもかまわない。高校の成績はそこそこだったから、簡単なヒアリングはできた。

(あと五分、ね)

あんな風にこの人は甘えるのだ。迅じゃない、このボーダーにいるだれでもない人物には、あんな風に簡単にキスをしてしまう。だから、いつだって彼女の未来の一部は海の向こうから消えないのだ。
体がかしぐ。ベッドに体重をかけると、簡易ベッドが安っぽい音でかしいだ。
春の顔の横に腕をついて、顔を近づけて、止まった。視えている未来のひとつには、自分はいない。触れても許されるだろうか。許されたいと思った。触れたい。
今、ここにいる人をめちゃくちゃにしてしまいたい。だって、この人の未来は迅のもののはずなのだ。少なくとも迅は、身勝手にもそう思ってしまっている。
出会ったその瞬間に。五分も待てないほどに。でも、彼女は違うのだ。




玉狛に戻ってから、ライターを探す。ボスが愛煙家だからすぐに見つかる。そのまま、屋上に向かった。

「おいおい未成年」

後ろから声をかけられた。

「吸ってないよ」と屋上の手すりに腰をかけたまま、隣の灰皿で燃えている煙草を指さした。「燃やしてるだけ」
林藤はなんてもったいない真似を、という顔をしたが未成年には関係ない。

「どしたんだソレ」
「もらった」
「ほー」
「煙草って美味しい?」
「まぁ、無いとな。落ち着かない」
「……へぇ」

迅の隣で林藤が煙草をふかしている。玉狛支部はしんと静まり返っている。

「あと1年だな〜お前も」
「2年は永遠に縮まらないだよね」
「2年?」と首をかしげたあとで、すぐに思い当たることがあったのか髭を撫でながらにやりと林藤は笑った。

「大人になったら、年の差なんてあってないようなもんだって」

けれどまだ迅にはわからない。まだ遠いな、と思った。サイドエフェクトを使って大人たちの中で暗躍に暗躍を重ねていても、それでも自分はまだ未成年の子供なのだ、といつも春は迅に思い出させるのだ。

「背伸びすんのは若者の特権ってな」

差し出される煙草に、迅は肩をすくめた。ボーダーには悪い大人ばかりだ。

「間違われたらさすがに凹むからやめとく」
「青春か?いいね〜」
「そういうこと言ってるから風間さんに嫌われるんだよボス」
「蒼也たちと仲いいよな、あの子」
「同い年だからね」
「俺らからすりゃ、お前もあいつらも皆ガキだよ」

そんなものなんだろうか。
燃え尽きて灰になっていく煙草を横目に、迅は小さくため息をついた。林藤にばんばんと背中をたたかれた。








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