夢よりはやい | ナノ

夢よりはやい

これの続き

「おはようございまーす。あれ? 誰もいない。不用心だなー」
 学校終わりに事務所に行くと、ひと気が全然なかった。無意味に喋りながら事務所の中を見渡す。やっぱり誰もいない。時々床で寝てる人とかいるんだけど(僕もそのひとりだ)それもいない。レッスンとか、賢君は多分倉庫にでも行ってるのかな。
 鞄をひっかけてきて、まず冷蔵庫を覗く。名前の書かれたペットボトルやらお菓子の小箱やらの中から、僕か冬馬君か北斗君のはないかと探すけど見つからなかった。けち。
 応接スペースに移る。机の上に新しい雑誌がいくつか積まれているのをざっと確認していく。Jupiterの名前を見つけて取り上げた。
 巻頭の特集だ。カラーの写真が大きくページ丸ごと使って載っている。一枚目は犬の銅像の隣でこっちに手を振る冬馬君、次は隣を歩いているみたいな構図の僕、最後はバーか何かでグラスを向ける北斗君。そうか、デートがテーマだったっけ。ちょうどバレンタイン頃発売だったはずだ。
 隅っこにはインタビューも載っている。理想の恋人はどんな人ですか? 冬馬君、優しい人かな。僕、面白い人が好きだよ。北斗君、俺はどんな人も愛してるよ。嘘くさ。北斗君じゃなくて、冬馬君が。だって彼はつい先日僕にあっさり言い放ったのだ。誰かひとりのためには歌わない。誰かを好きにはならない。
「優しい人かなーだってさ……」
 この間訊いた好みのタイプとは違うみたいだけど。適当言っちゃってさ。
 写真の冬馬君は大人っぽい顔をして、こっちを優しく見ている。やっぱり嘘くさい。本当の冬馬君はこんな『待った?』『いや全然』みたいなやりとりをしそうな顔はしない。待たされたら怒るでしょ。
 その隣のページの僕は歩きながらこっちに目線をやって笑っている。ちゃんと覚えてる。カメラを上目遣いで見つめながら、とびきりかわいく笑ってあげたんだ。カメラマンの人はデータを見ながら「上手だね」って言ってた。それはもしかしたら皮肉だったのかもしれないけど、僕はにっこり笑ってありがとうって返してあげたんだった。媚びを売るのが上手で何が悪いんだろう? それが仕事だ。
 次のページの北斗君はいつも通りみたいに見える。彼はいつもカッコつけてるし。でも北斗君とデートしたことがある人から見たらやっぱり違うのかもしれない。
 加工されて実際より綺麗に見える写真。嘘の塊。理想の、つくられた幻想の僕たち。
 それが仕事だ。
 扉が開く音がした。顔をあげると北斗君だった。
「おはようございます。あれ? 翔太だけ?」
「おっはよー。そうだよ、かわいい翔太君だけ」
「そうか。何見てるの?」
「こないだの写真。デートのやつ」
「ああ! バーで撮ったな」
 荷物を置いてきた北斗君に雑誌を差し出す。北斗君は雑誌をめくって写真を確認する。「よく撮れてる」って満足げだ。向かい側のソファに腰掛けて、長い足を組む。いちいちサマになるよね。
「北斗君っていつもこんな感じ? デートのとき」
「そうじゃないかな。カメラの前もエンジェルちゃんの前も変わらないよ」
「ふうん」
「好きな女の子でもできた?」
「いないよー」
「じゃあ男の子か」
「えっ?」
「冬馬だろ?」
 北斗君はこともなげに言う。びっくりしすぎてなかなか言葉が出てこない。何度も口を開け閉めして、なんとか声を発する。
「……僕そんなに分かりやすい?」
「他の人はどうか知らないけど、ただこと恋愛について俺の目は誤魔化せないよってだけ」
「んー……」
「協力はしかねるけど、話くらいなら聞いてあげられるよ」
「協力はしないんだ?」
「アイドルだからね」
「自分は遊びまわってるくせに……」
「俺はいいのさ」
 しれっと答える北斗君にため息をついて、でもやっぱりちょっとだけ吐き出したい気持ちもあったから、この間冬馬君に言われたことを伝える。誰かひとりを好きにはならないって話。
 北斗君は「冬馬らしいな」って微笑んだ。
「そういうところは尊敬できるけど、真似しようとは思わないな」
「できないんでしょ」
「そうかもね」
 ソファに腕を投げ出して天井を見上げる。
「冬馬君の言いたいことは分かるけどさ〜……誰かのことを好きにならないなんてあるの? そう決めたら? この先ずっと?」
「その質問に俺は一番合わない人間だと思うな」
「北斗君はホントに全部の女の子のことが好きなの?」
「でなきゃ声はかけないさ」
「怪しいな〜」
「どんな人にも魅力的な面はあるものだからね」
「そんなもの?」
「ひとりひとりみんな特別なんだよ」
「……それってさぁ、みんな特別ってことは、誰も特別じゃないってことだよね」
 北斗君は苦笑した。
「そうとも言えるけど。それでもやっぱり、俺にとってはみんな特別だよ。ひとり残らず」
「北斗君は誰のために歌うの?」
「ファンのみんな」
「特別な?」
「そう。結局は受け取り手の話だからね。俺はみんなのために歌う。聴いた人がそれを自分のためだと思ってくれたらいい」
「そっかあ」
 誰のことも特別にしない冬馬君。全員を特別だって言う北斗君。正反対だけど、そこに特定の個人が存在しないってところはおんなじだ。
 考え込む僕を北斗君がじっと見つめてくるので顔をあげた。
「なに?」
「翔太もなかなか大変な恋をしているんだね」
「面白がってる?」
「いいや。感慨深くてさ。二人もそういう年齢なんだなあって」
「あのねー……そういうの面白がってるって言うの。ていうか北斗君の方がよっぽど大変だと思うけど。背後に気をつけなよ?」
「忠告ありがとう。そうならないよう気をつけてるよ」
「ざーんねんでしたー! 俺がエンジェルちゃんだったら北斗死んでたぞ」
 冬馬君が北斗君の肩をはたいた。北斗君は心底びっくりしたのかソファから浮くくらい飛び上がり、僕と冬馬君は笑い転げた。
「だから言ったじゃん! 後ろ気をつけてって!」
「北斗っ……今すげえ飛んだ……」
 バカ笑いする僕らを交互にちょっと睨んで、それから北斗君は恥ずかしいのか咳払いした。
「……まったく、驚いたよ。いつから?」
 涙を拭いながら冬馬君が答える。
「ついさっき。翔太が背後気ぃつけろって言いながらすげえ目配せしてくるからさ」
「翔太ー……」
 北斗君が拳を振り上げる真似をするのを、笑いながらかわす。冬馬君は鞄とコートをかけてきて僕の隣に座った。
「何の話してたんだ?」
「北斗君のただれた生活の話」
 僕がきっぱり答えると冬馬君はちょっと呆れた顔で北斗君を見て、「まあそういうヤツだよなあ」って零した。驚かされたうえに適当なことも言われて、北斗君可哀想。僕がやったんだけど。北斗君が何か言う前に冬馬君に雑誌を差し出す。
「コレ、こないだの写真載ってるよ。デートのやつ」
「ああ、アレか」
「冬馬君って優しい人が好きなんだ〜?」
 ちょっと意地悪く訊くと、冬馬君は「無難な方がいいだろ」って顔をしかめた。そうかなあ。無難じゃ生き残れないと思うけど。どうせ恥ずかしがってこんな答えになっちゃったんでしょ。
「翔太だって無難じゃねーか。なんだ面白い人って」
「冬馬君みたいな人ってことだよ」
 ほら、告白。
「あのなー……」
 冬馬君はちょっと怒った顔をした。からかってると思われたらしい。そういう風に受け取るよう言ったのは僕だ。
「なるほどね」
 北斗君が訳知り顔でうなずく。
「北斗はなんか、いつもと変わんねえな」
「そう?」
「お前はいつもカッコつけてるよな」
「ありがとう」
「褒めてねーよ。……褒めてるのか?」
「冬馬はこういう、理想のデートとかあるの?」
 なにそれ、支援のつもり? 協力はしないとか言って。
「ない」
「そっか」
「みんなよく考えるよな、理想のデートとか恋人とか……」
「それが普通じゃない?」
「そうなのか。おかげで仕事が貰えるようなモンだしいいんだが……」
 誰かの理想を叶えてあげる仕事だもんね。僕らは望まれれば理想の恋人でも弟でも息子にでもなる。
「冬馬は誰のことも好きにならないんだって?」
 冬馬君は僕をちらっと見て、「当然だろ」ってうなずいた。
「お前は違うかもしれねーけど」
「はは」
「ていうかさ……なんか」
 冬馬君は手元の雑誌に目を落として、考え考え話す。
「俺は器用じゃないし……誰かを好きになったら今までと同じようには歌えないと思う。そしたら終わりだろ」
「終わりかなあ」
「俺はな」
「なるほどね」
 北斗君はまたうなずく。僕は頭の後ろで手を組んで天井を見上げる。冬馬君は雑誌をめくる。
「あっ! みなさんお揃いで!」
 廊下から賢君が顔を出した。おはようございますって口々に挨拶する。賢君はいつも持ってるボードを確認して、冬馬君を呼んだ。衣装の確認らしい。二人が連れ立って出て行ったのでまた北斗君と二人になる。
「確かにあれは難しいね」
 北斗君はちょっと苦笑いする。
「そうかなー。僕は逆に、ちょっといけるかもって思った」
 確かに冬馬君は僕のことを好きにならないかもしれない。それって確かに悲しいかもしれないけど、でも他の誰のことも特別に想わないならむしろ好都合じゃないかな。
 それに多分、僕は彼がそういう人だから好きになったんだ。僕にはない熱さとか、信念とか、そういうやつを持ってるところ。そこを否定はしたくない。
「冬馬君、誰かを好きになったときの話してたもんね。そういう考えはちゃんとあるんだって分かったし」
「前向きだね」
「北斗君こそ、そういう考え方すると思ってた」
「冬馬は女性じゃないからなあ……」
「性別は関係ないんでしょ?」
「冬馬は冬馬だからな」
「そうだね」
「冬馬が翔太のために歌うようになったらどうするの?」
「え?……ああ」
 それは終わりなんだろうか?
「そっか。冬馬君も大変だね」
「え?」
「だって僕これから頑張るもん。冬馬君、僕のこと好きになってもアイドル続けられるように頑張らなくちゃだねって」
「……翔太も翔太だなぁ……」
 北斗君はいっそ感心したようにうなずく。
 理想の恋人でもなんでもなれる僕たちは、だから自分の理想の自分にだってなれるはずなんだ。二人の隣に立ち続け、そして冬馬君の特別になるべく、僕はとりあえず勢いをつけてソファから立ち上がった。
20170929


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