8 years old
2023年 夏
8歳になる歳を迎えた雪は会ったことのない人たちの墓の前で手を合わせていた
"宝生家之墓"と書かれたそれが母の旧姓であり祖父母や曽祖父母が入っていると世那から聞かされている
チラッと隣を見れば手を合わせ目を閉じている母の姿があった
ゆっくりと瞼を開けると自分と同じ赤い瞳が見えた
「ん、どうかした?」
雪の視線に気がついた世那が問いかける
今日は世那と雪とで宝生の墓参りに来ていたのだが、ここへ来る度に雪は祖父母や曽祖父母がどんな人だったのか気になっていた
「お爺ちゃん達どんな人だったの?」
「んー、ママのお父さんはくせっ毛で読書家で仕事が出来る優しい人だったかな
お母さんは料理上手で温厚で、でも頑固なところもあってとっても美人だったよ」
「へえ」
「お爺ちゃんは優しくて厳しくてすごく頼もしい人、大好きだったなぁ」
祖母は世那が生まれる前に亡くなっていたので分からないと告げると雪はそっかと頷いた
家にアルバムがあるだろうから帰ったら見せようかと思案する世那は墓参り用に浸かったものを戻そうと立ち上がる
「ママはこれ直してくるけど雪も行く?」
「ううん、もうちょっとだけここにいる」
会ったことのない人たちの墓だというのにそう告げた雪にフッと微笑んだ世那はその場を離れた
借りてきたものを返しに行く母を見送った雪はもう一度墓に目を向ける
自分の苗字は五条、そしてここに入っているのは宝生の人たち
思えば五条の方の祖父母の話は聞いたことがない
「(聞いたら教えてくれるかな)」
何故悟が五条家のことを話さないのか気になり始めていた雪は自分が菅原道真の末裔であることを知らない
知らなくていいことを教える必要はないだろうと悟は隠してきたものの雪ももう小学校二年生だ、祖父母という存在が二組あるはずなことは理解している
その後帰ってきた世那と手を繋いで歩く雪は母を見上げた
「ママ、五条のお爺ちゃんとお婆ちゃんっていないの?」
その問いに世那は目を丸くしてから困ったように微笑む
「パパの両親もママの両親と一緒でもう亡くなってるの」
「お墓は?」
「京都だよ」
日本地図は頭に入っている雪は西日本にある京都を思い浮かべる
母が一時期鎌倉に住んでいたとは聞いているが基本両親は東京にいたはずだ
それなのに突然京都が出てきたことに疑問符が浮かんでくる
「んー?どうして京都なの?」
「うーん…パパは3歳まで京都に住んでたんだって、だから向こうにお墓があるんだよ」
「へえ…じゃあパパも京都のお墓に入るの?」
自分も母もそっちに行くのかなと何気ない気持ちで聞いた雪に世那が「入らないよ」ときっぱり訂正した
母の声色が変わったことに気がついた雪はこれが単純な話でないことを察する
「雪ももう小学生だもんね、ちゃんとお話ししたいからどこかお店に入ろっか」
母に促され個室のあるレストランに入った二人はランチを食べながら話すことにした
「何にするか決めた?」
「雪これがいい!」
嬉しそうにメニュー表を指差した雪
そこには甘ったるそうな生クリーム増し増しのパンケーキが書かれており世那はげんなりしてしまう
味覚が悟に寄っている彼女は甘いものを好む傾向があった
「飲み物は?」
「んー、クリームメロンソーダ」
「(わあ、絶対私が選ばないところを…)」
血は抗えないなと苦笑いする世那は店員を呼び注文をする
個室とはいえ誰かに聞かれている可能性も考慮しトイレに行くフリをして周囲の客を確認するも、特に不審者などはいそうにない
周囲を警戒している母の姿を見て雪も芸能人の父の情報を狙うパパラッチの存在は知っていたのでその類を警戒しているのだろうと察していた
「変な人いた?」
「ううん、大丈夫そう」
「そっか」
へらっと笑う雪は赤ん坊の頃から変わらず愛想が良い
世那そっくりの見た目だが雪の方が目つきが柔らかいため雰囲気が柔らかく見えた
少しして料理が運ばれてきてから世那は悟の家のことを話していく
「京都には五条家っていう大きなお屋敷があるの
そこがパパの実家で雪もそこの血を引いているってことまでは分かる?」
「うん」
賢くて聡明な娘に世那は微笑む
「五条家はね、昔いたすごい人の末裔なんだって…菅原道真って知ってる?」
「知らない」
「多分いつか授業で習うと思うけど、教科書に載るような人なの
その人の血を引く家はいくつかあるんだけれど、その一つが五条家」
相槌を打つ雪はパンケーキをもぐもぐさせながら耳を傾ける
その様子が悟そっくりで世那は微笑ましいと思うものの、話している内容はヘビーなので温度差が凄まじい
「五条家の中でも直系っていう大事にされている人たちがいて、そこの血を引くのがパパ
兄弟はいないから五条家の人たちはパパに後継ぎになってほしいし、パパの血を継ぐ子がほしい」
「…ああ、うん、分かったかも」
大体の事情は理解したと言う雪は目を伏せる
雪はとても賢い、悟に似てなんでもできる彼女は小学二年生にして先の学年の勉強も理解しているほどに頭もよい
世那譲りの読書家ということもあり理解力もついているのだろう
「パパってそういうの嫌いだもんね、伝統とか血筋とか」
「はは、雪はすごいねー」
8歳にして大人の汚い部分を理解している雪に世那が困ったように微笑む
本当は雪には何も知らないままいてほしいがそうはいかないだろう
彼女も五条家の血を引く人間だ、いつか彼女に五条家の人間が接触してくるかもしれないのだ
「あんまりママがベラベラ話すのもよくないけど、きっとパパは話したがらないだろうから話すね
五条家の人はそれはもう色々と酷いことをパパにしてきたの、それが原因でパパは五条家とは縁を切った
でも五条家の人はパパになんとかして戻ってきてほしいから頑張ってるらしいの、ママのところにも何度か来てるよ」
「嫌なことをするのに戻ってきてほしいの?変なの」
「そうだね」
こんな子供でも分かることをやってのけるのだから盲信とは恐ろしい
手元のパスタをくるくるとフォークに巻きつけながら世那は昔の悟を思い返す
出会った頃の彼は誰も信用せず冷たい目をしていた、親を殺され自分も殺されかけたのだから仕方ないことだろうが
「雪、これからあなたのところにも五条家の人が来るかもしれない
あなたが五条家に行きたいのならママは止めないよ、どうしたいかは自分で決めなさい」
「え?なんで?パパが嫌で出たところに雪は行かないよ?」
ぱちぱちと目を瞬かせる雪に世那は少々呆気に取られる
きょとんとしている彼女をまっすぐ見据える雪は幼き日の自分のようで息を呑んでしまう
「雪ね、パパとママが大好きだよ
だからパパとママを傷つける人は大嫌い」
無邪気に笑う雪に悪意は感じられないが、大切な人に危害を加える相手には容赦ない自分に似たものを感じ冷や汗が背を伝っていく
「(ああ、まずい…これは早めに矯正しなきゃ)」
雪は武術を習っていない、自分のように誰かに手をあげるようなことにはならないだろうがトラブルを起こす前になんとかしなくては
そう考えた世那はご機嫌でパンケーキを食べる雪に危機感を抱いた