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オセオンでの一件から帰国し、3月上旬
相変わらずインターンと日々の授業とで明け暮れている私たちは今週末から春休みだ
「春休みって名前でも泊まり込みでエンデヴァーと特訓だもんなあ…」
共有スペースで洗濯物が終わるのを待っている私と唄ちゃん
いつもなら他にもインターンに行っていないメンバーが何人かいるけれど、最近はほとんど毎日みんなインターンに行っているので寮でも鉢合わせないことが多い気がする
「どこの事務所も大忙しだもんね」
「年明けてからすごいよね、犯罪が増加してるってことかな?」
「うーん、どうだろう」
犯罪率の上昇はオールマイト引退後日本各地で見られたけれど、エンデヴァーの福岡での戦いを見て再び落ち着いたはずだ
「雫」
名前を呼ばれて振り向けば、そこには焦凍くんの姿
手には前にインターン中に貸したハンカチが握られている
「これありがとな」
「いえいえ、もしかして洗ってくれたの?」
「そりゃ借りたまま返すわけにはいかねぇだろ」
「そっか、ありがとう」
ハンカチを受け取ってにこりと微笑むと、同じように少し微笑んでくれた焦凍くん
その後唄ちゃんに目を向けた
「舞羽、この前の怪我はもう大丈夫か?」
「あー…それは忘れてほしい…」
「結構な大惨事だったもんね」
最近のインターン中に全速力で飛ぶ唄ちゃんが勢い余って街頭の看板に突っ込んでしまったということがあった
突然のことだったからみんな驚愕していたし、エンデヴァーも珍しく動揺している様子だったけれどすぐにいつも通り怒鳴っていたっけ
「なんかあの時いつもより速くなった気がして…それでちょっと加減を間違えたんだ」
「そうか、無事ならいいけどあんま無茶すんなよ
緑谷も爆豪も舞羽もそういうところあるからな」
「はは…肝に命じておきます」
幼馴染トリオの無茶苦茶加減には慣れたつもりだけれどまだまだ序の口みたい
その後も3人で会話していたんだけれど、唄ちゃんは一足先に自室に戻った
残された私たちはいつものように他愛ない話をするけれど、ふと焦凍くんの青い方の瞳と誰かが重なったような感覚を覚えた
「っ…?」
「どうした?」
「あ…ううん、ちょっとボーッとしてただけ」
誰が重なったのかは分からないので他人の空似に近い何かかなと誤魔化す
「あー、またイチャついてる」
にやにやと声をかけてきたのは瀬呂くんと切島くん
上鳴くんがいないだけまだましだけど厄介な人に見つかった
「イチャついてねぇ、会話してただけだ」
「それをイチャついてるっつーんだよ」
「会話しただけで…!?」
驚愕という表情をする焦凍くん
違う違う、そこじゃなくて距離感とかそういう話だと思うよと訂正しておいた
相変わらずの天然ぶりは微笑ましいけれど時折心配だ
「美男美女、成績優秀、個性もド派手…お前ら何か欠点とかあんの?」
そう問われて2人して顔を見合わせる
「私はたくさんあるよ、けど焦凍くんはないかも」
「俺はある…と思う、けど雫はねぇ」
同時にそう答えれば瀬呂くんが頭を抱え「リア充って何でどいつもこいつもハモんのー!!」と叫んでた
多分唄ちゃんと爆豪くんのことを言ってるんだろう
あの2人はカップル以前に幼馴染だし考え方や行動パターンがそっくりだもん
「まあでも爆豪と舞羽もだけどさ、お前ら見てると何つーかいつものA組だなって感じがする」
「いつものA組?」
切島くんの言葉に首を傾げると、彼はニカッと笑った
「平和だなってことだよ」
「平和…」
この1年激動の日々で平和なんて思ったことは数えるほどしかないけれど、思い返せば確かにA組のみんなと乗り越えてきたこの日々は平和だったのかもしれない
神様は乗り越えれる壁しか用意しないって言うけれど、確かにその通りだ
Plus Ultraの精神で乗り越えてきた壁は登る前は高くても、登ってから振り返ればそこまで高いものじゃない
「うん、確かに平和かも」
「だろっ!」
何もない日を平和と呼ぶのなら意味は異なるけれど、きっと私にとってこの日々は平和なんだろう
だからこそ1日1日を大切にしたい
そう思い、自室に戻って明日からのスケジュールを確認する
見事にインターンづくしだけれどその合間を縫って緑谷くんと爆豪くん、そして唄ちゃんは3人で特訓しているらしい
緑谷くんと爆豪くんの仲が近づいているのでとても微笑ましい
もう月末には桜が咲く季節がやってくる
その頃には幼馴染トリオだけじゃなくてA組のみんなとももっと仲良くなっていたい
雄英はクラス替えがないので持ち上がりだから同じメンバーで迎える2回目の春
新しく入ってくる1年生はどんな子たちだろう
来年度はどんな課題が待っているんだろう
私はどれだけ成長できているんだろう
焦凍くんがいて、唄ちゃんがいて、緑谷くんに爆豪くん
飯田くんにお茶子ちゃんに梅雨ちゃん、百ちゃんに三奈ちゃん、クラスのみんな
きっとみんながいればどんなことも楽しめる
「2年生になるのが楽しみ」
そう呟いた私の頬は自然と上がっていた
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3月下旬 蛇腔市
「わ、本当にみんないる…」
その場に集まっているのはA組B組、そして波動先輩などのインターン生が複数人
もう季節も春ということでコスチュームは夏服だ
「合同任務なんて、あのインターンを思い出すわ」
「ほんまやねえ…ここに唄ちゃんと切島くんがおれば完璧なんやけど」
死穢八斎會の一件で同じ守秘義務を共有した仲間であり、プロの現場を見てきたメンバーには結束力が生まれていた
あれから色々経験し、今ではこの場の全員がインターン経験者だ
「あの麓にヒーローたちがいる!
我々は後方で住民の避難誘導だ!」
私たちを統率するバーニンさんが指差す先には市街地とその奥に見える山
この場にいないみんなも別の場所で合同任務に就いているらしい
どこかに唄ちゃんや切島くんはいる
「(事務所ごとに割り振られているのにどうして唄ちゃんだけ別行動…?)」
何か理由があるのかはたまた人手不足なのかは定かではないけれど、無事なことを祈るしかできない
この作戦の詳細は私たち学生には、日本の数ヶ所にヒーローが集結しているということしか知らされていない
裏を返せばそれだけ敵が強大ということ、きっとヴィラン連合絡みだろうと予想はしているけれどこんなにヒーローを集中させるほどの敵とは思えない
「動いた!私たちも行くよ!!
区画ごとに分かれて住民の避難を!!」
バーニンさんの指示を聞いて即座に動き出したインターン生たち
私も眼下に広がる蛇腔市に向かって駆け出す
木々に桜の蕾が芽吹き、徐々に開花させる頃
この日、街からヒーローが消えた
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