愚者へ贈るセレナーデ

  些細な反抗




暮人が背を向けて遠のいた途端、深夜は盛大なため息を吐いた


「ったく、僕は何をやってるのかなー」

「どうしたの?」

「いや、考え疲れただけ」


深夜も結構いっぱいいっぱいなんだろう、あまり感情を表に出さない彼が疲れてるように見える

真昼が起こしたこの騒動がもう数ヶ月続いており、日に日に事態は最悪の方向に進んでるんだ、無理はない


「深夜様!夜空様!」


名を呼ばれ振り向けば、怪我を負った美十と典人がそこにいた

美十に関しては服もぼろぼろで酷い格好なのですぐに自分の隊服を脱いで彼女の肩にかける

隊服の中にはシャツも着ているので特に問題はない


「よく頑張ったね」

「っ…夜空様…グレンが…グレンが私を救って…っ!」


泣きじゃくる美十の背中をさする

彼女は自分のせいでグレンがああなったのだと思っているんだろう

それは間違いじゃないけれど美十だけの責任じゃない


「…深夜様、夜空様、これまさかグレンを殺すって話じゃ」


周囲の部隊を見て緊張した面持ちの典人に深夜がにこりと笑う


「違うよ、救出部隊だ
グレンを救うのは当然だよ、自分の命をかけてたった一人で百夜教を退けてしまうような忠臣を我々柊家は決して見捨てたりしない!」


深夜の発言に暮人が「我々柊家?」と言葉を漏らす

そして彼から放たれる雰囲気が変わった

多分深夜は今わざとそう発言した、グレンを救うため、殺させないために


「一応僕も今はまだ柊の名を持ってる」

「まあなんでもいいが言葉の責任は取れよ、グレン捕獲の突撃部隊の指揮は」

「捕獲じゃない、これは救出だ」

「…あまりいい気になるなよお前」


暮人の鋭い視線と醸し出す圧に美十と典人が震えた

私も指先がピリつくけど大人しく二人の会話を見守る


「いい気になんてなってないよ暮人兄さん、兄さんの怖さは知ってる、柊家の怖さは知ってる
もう絶対服従だよ、それでいいと思ってる、暮人兄さんの部下として一生を終えるんでいいと思ってる」

「なら」

「でも最後に友達を救わせてくれよ、養子のクズとして認められなくて、婚約者にまで逃げられて
胸の底にある野心も捨てることになって…ここで友達まで裏切ったら僕には何が残る?」

「俺の部下というだけで十分お前の人生は輝くだろう?」

「はっ」


暮人はつかつかと深夜に歩み寄り、彼の胸ぐらを掴んで引き寄せる

流石にまずいと思い暮人の空いている右腕を掴んで止めた


「暮人、待って!」

「黙ってろ夜空…深夜、命が惜しければあまり人前では刃向かうなよ
どうせ俺もグレンは救うつもりだ、あいつは最後に俺を頼ったからな」

「あれ、グレンは鬼になる前に暮人兄さんにも連絡したの?」


二人の口ぶりからしてグレンは両者に電話したらしい

私にはきていないところからしてグレンの中で私の地位が理解できる


「自分だけ頼られたと思ったのか?真昼に続いてグレンにも利用されてるぞ」

「それ兄さんも同じじゃないの?」

「どのルートを通っても最後に勝つのは俺だ…おい」


暮人が部下に合図すれば一人が私へ代わりの上着を持ってきてくれた

そんな格好でうろうろするな、柊らしくしていろということだろう


「夏でも夜は冷える」

「え…あ、ありがとう」


予想外の優しい言葉に呆気にとられる私にフッと笑った暮人が車へ向かっていった


「お前たちはここを四時間維持しろ、そうしたら全てを解決してやる」

「随分具体的な数字じゃないの、もしかして既に柊家は鬼呪の研究を」

「違う、真昼がやっていたのはそもそも柊家が始めたものだ、真昼が禁忌の研究をしている?
違うな、それを最初に始めたのも俺たちだ、そしてついにその結果が出た」

「グレンと真昼、二人が鬼になったっていう結果?」

「ああ、だから研究を本格的に再開する
さあ始めるぞ、まずは一瀬グレンを救出する」


グレンの残された呪符だらけの校舎を見上げた

彼は今何を考えているんだろう

仲間のために人間を辞めた彼は一人でどんな気持ちなんだろう

グレンを思うと一刻も早く駆けつけたい気持ちが芽生えた






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