愚者へ贈るセレナーデ

  神などいない




見事嘘をついた深夜の話に耳を傾ける


「だから今後は全てを帝ノ鬼の上層部の手に委ねるために、一瀬栄…
貴方のところでグレンが行っていた研究の資料をこちらに渡してくださいませんか?」

『…情報は提供します、禁忌の呪術の研究をしていた罰も受けます…ですから息子は…』

「救う、よし…伝えてあったメールアドレスに全ての資料を送って
それを使って僕はグレンを救うから」


深夜が電話を切った瞬間、別の電話がかかってくる

それが誰か察したので苦笑いした


「はい」

『ふざけるな、お前のメールは百夜教も見ている』

「あ、兄さん盗聴やめてよねー」


やっぱり電話の相手は暮人のようで、深夜がげんなりしている


『鬼呪の研究資料を百夜教に漏らすわけには…』

「もう奴らは知ってるでしょ、持ってなくても真昼が向こうに渡しちゃう、なにせ彼女は向こうにも所属してたから
多分彼女、鬼呪の資料を百夜教と帝ノ鬼両方に渡して、一斉に開発させようとしてる…で、争わせて共倒れさせるつもりだ」

『…確かに、敵は百夜教じゃないな、情報を漏らさないよう注意してもどうせ真昼が向こうに情報を漏らす
つまり鬼呪の開発スピードで柊真昼を追い越す必要がある』

「そうだね」


言わなくていいことをわざわざ告げた

それは盗聴している誰かへ向けての発言ということ

暮人の通話を盗聴できるなんてただ一人しかいない、真昼だ


『言っておくが個が群れに勝てるのは不意打ちをした最初だけだ
情報を俺たちに渡したのはミスだったな、この戦いは俺たちが勝つ、鬼がいくら強くても一匹じゃどうにもならない
聞こえてるか柊真昼、お前は一人だ、一匹だ
鬼呪の研究は俺たち人間で完成させる、お前の残した情報を使って俺たちは百夜教と和解する
人間をなめるなよ、俺たちの群れはお前よりも高度な呪いを完成させる』


とんでもないことを言い始めた暮人に深夜と目を合わせる

今更百夜教と和解なんてできるとは到底思えないけど


『深夜、俺は愛知へ行く、愛知の一瀬どもの研究所にグレンの血を人に注入して出来た鬼の実験体が何人もいるらしい、それを手に入れる』

「じゃ、それまでここを封鎖しとけばいい?」

『頼む』


通話が終了した直後、車のエンジン音が聞こえたのでそちらを見れば一台の車

日本最大手の会社のV12エンジンを積んでいる無駄に高級な車だ

民間人には売られないとかいう話を聞いたことがある

そんなことを考えていると、車から降りてきた暮人がこちらへ歩いてきていた


「あれ、愛知に行くんじゃなかったの?」

「俺がお前に何かを頼むはずがないだろう?夜空に頼む」


つまり何もかもが嘘ということだ

愛知へ行くことも、この学校を守るための指揮をとってくれという話も

深夜は暮人の手のひらの上で踊らされた

てっきり私が呼ばれたのは術の展開用だと思ってたけど、深夜の見張りだったか

暮人は私を随分買ってくれているようだ


「そこから嘘かよ、つまり今の会話全部嘘ってこと?」

「第一ここが全ての中心だ、日本中のどこで大規模な戦闘が行われようと大したことじゃない
いつでもある日常的なことだ、だがここで起きてるのは…」


暮人は呪符だらけの学校を見上げた

正式にはその中にいるグレンをだろう


「人類の進化だろう?鬼呪を完成させ組織が扱えば世界の景色は変わる
日本も、世界も、全てを帝ノ鬼のものにできる、そしてそれは俺の仕事だ」


先ほど深夜から聞いていた通り暮人の目的は壮大で彼らしい

人を惹きつけるカリスマ性も持ち合わせている上、帝王学も学んでいる彼はまさに人々を導く王様にふさわしい


「兄さんも力に取り憑かれたか、真昼の思うツボだなぁ」

「情報を渡して百夜教と和解するのは本当だ、真昼を出し抜きたいからな、だが情報を流してもこちらには…」

「グレンがいる?」

「そうだ、本物の鬼がいる、真昼はグレンにご執心だったからな
ならきっとアレは最先端の技術が詰め込まれた鬼だ、あいつを飼えば俺たちの一歩リードだ」


車が次々と入ってくる、中からは研究者であろう人物が降りてきた

その光景を眺めつつ深夜は口を開く


「きっと真昼はこの光景を見てるよ、襲ってこないってことはこれは彼女の筋書きの上ってことだ
彼女は鬼呪の研究が進むのを望んでる」

「だろうな、だが真昼の予想を大きく超えて俺たちが一番先へ進む」

「その先には破滅が待ってるかもよ?」


暮人が可笑しいこと言うなと笑った


「破滅?何故?人の手に余る力を手に入れるからか?」

「まあそうだね」

「人が力を求めると罰せられるなら世界はとっくに終わってるよ」


その通りだ

火を、石油を、核を使うようになっても世界は終わっていない


「僕の望みはグレンを殺さず取り戻して正気に戻すことだけど」

「なんだそれ」

「いや、あいつにエロ本借りパクされてさー」


呆れたような顔をした暮人が踵を返して部下たちに指示を出し始めた




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