主人公じゃないから
ひとしきり笑った後で深夜が困ったような顔をする
「ああ、もう、くそ…友達選べばよかったなぁ」
「いやいやいい感じですよこれ!今日世界がこれで終わったって、ラストでこーんな馬鹿みたいに殴り合うなんて…こんな熱い高校生活好きですよ俺!」
にかっと笑った典人
でもグレンの従者の二人はお気に召さなかったらしい
「いえ、グレン様を殴るなんて有り得ないですけど」
「同じくです、百歩譲って仲がいいということでぎりぎり許してもいいですが!今のはぎりぎりですよぎりぎり!」
「嘘でしょ、今の熱さ女性陣に全然伝わってないんだけど」
「あ、いえ、私は多少はわかりますが…」
「美十ちゃん!」
ショックを受けていた典人に美十が救いの手を差し伸べた
「こんなふうに言うのは恥ずかしいのですが…私もちょっと憧れてました、こんな人間関係に
地位や名誉や成績も関係ない、家も主従も関係ないような仲間と出逢うことに
そんなことは私の人生には起きないと思ってましたから」
「あー、それはわかるかも」
「え、夜空様もですか?」
意外そうな顔をする美十ににこりと微笑んで頷く
「私は深夜と同じ養子で柊に入った、でも深夜よりもずっと好待遇で
それは暮人が私を守ってくれていたからなんだ…結局私は柊を潰したいと思いながら籠の中で飼われていた
だからね、こうやって柊の名を持つ私のことを受け入れてくれて、仲間だと言ってくれるみんなが大好き!」
それを聞いていたみんなは違いに顔を見合わせ笑う
そういえばこうやって本音を赤裸々に話すのは初めてかもしれない
深夜が地面に座ったままのグレンへ手を差し伸べる
「でもじゃあこれがいい話だとしてもさ…その熱い高校生活が最終日になっちゃうってのが問題だよ
もう十九時四十分…今日の何時に世界が終わるのか知らないけど…」
「何気にあと一分で終わる可能性もありますよね?」
「十秒後かもね、もしくは破滅なんかしないか…確かにグレンのいう通り完全に部外者だ、この状況でリタイアは?」
「しない」
するとグレンは近くにいる帝ノ鬼が攻撃してこないことに疑問を抱く
「あれは何故攻撃してこない?」
「もうこれ以上逃さないためじゃない?僕ら結構頑張って逃げ回ったし」
帝ノ鬼の本拠地がある渋谷で七人でこれだけの時間逃げ回っていられたのは誇ってもいい
本当ならもう既に何人か死んでいてもおかしくないのだから
「みんな考えろ、もし敵が今まで俺たちをぎりぎり殺さない程度の追撃しかしてなかったとしたら?」
全員の顔に恐怖の色が浮かぶ
「俺たちはこの物語の主役じゃない、追う価値があるほどの役者じゃない…なら何故追う?もしくはいつでも殺せるなら何故生かす?」
「いやでも俺たち結構頑張ったから逃げ切れたんじゃ」
「頑張ってここまでしか来れてないなら終わりだ、俺たには運も実力もなかった
そして帝ノ鬼は反逆者を今ここで殺して俺たちの物語は終わる」
確かにその通りだ、いつでも殺せるのに何故それをしない?
この状況すら誰かの思惑通りだとすれば?
「だが生かされたなら?この逃走劇には何の意味がある?」
「…陽動ですか?」
「でも誰に対してのですか?銀座に来いと言ったのは」
「真昼だ」
真昼が何を考えているのか理解しようとしても今まで出来た試しがない
これが最後の思案になるだろう
「普通に考えれば帝ノ鬼の兵は私たちより先に、それこそ昨日の夜の内に銀座へ行きますよね?」
「確かに…」
そうだった場合の展開は
@真昼は既に殺されている
A真昼は帝ノ鬼とぶつかっても問題ない戦力を持っていて交戦中
B真昼は既に勝利している
どの展開でも私たちは部外者
考えるべきは何故今も生かされているのか
「真昼はグレンだけにわかる本当の居場所を電話で言ったんだろ?で、それが池袋だ」
「じゃあそのグレンにだけ伝わった情報を知るために私たちを泳がせてる?」
「その割には攻撃が苛烈すぎる、真昼の居場所を僕らから知りたいならすぐに捉えて拷問するか攻撃しないで泳がせて目的地へいかせるべきだ
でも実際にはここにくるのに二十時間もかかってる、これに一体何の意味がある?」
私の考えを深夜が否定した
確かにわざわざ時間稼ぎしているようなこの方法は違和感だらけだ
「真昼はもう二度と俺とは会えないような口ぶりだった、あいつの言葉は何も信用できない
だから一番可能性が高いのは最初に言った小百合の説だと俺は思う」
「わたくしですか?」
「小百合は何故陽動だと思った?」
「簡単に殺せる相手を殺さず追いかけているフリをする理由を考えた場合、最初に思いついたのが陽動でした」
陽動、つまり私たちはまんまと生贄にされているというわけだろう
「…帝ノ鬼は真昼の居場所を既に知っているのか?」
グレンの発言が本当ならとんでもないことだ
「帝ノ鬼と対抗できるような組織なんて日本では百夜教かその百夜教を滅ぼした吸血鬼くらいだろ
この考えが間違ってなければ真昼はいまだ帝ノ鬼の側、敵から帝ノ鬼を守るために走る二重スパイということになる
…結局真昼も主役じゃない、帝ノ鬼に囚われたままか」
思えば彼女はシノアが生まれた頃から疎遠になった
シノアを守るために柊の言いなりになっていたのかもしれない
それに気がついてあげることができなかった、あんなに近くにいながら
八歳の頃の真昼の笑顔がフラッシュバックして拳を握る
「じゃあ急に襲ってこなくなった理由はなんだ?陽動が終わったからか?
俺たちはお役御免か?世界の破滅だなんだはもう終わったのか?」
「もしほんとに知らぬ間にもう終わってたら牛丼でも食べて気楽に帰れるかな?」
「え、クリスマスに牛丼ですか?もうちょいおしゃれなものにしましょうよ」
深夜の発言に典人がツッコミを入れる
確かにどうせ肉ならステーキとかの方がまだいい
「私はケーキさえあればいいですけど」
「あ、私も」
「わたくしも」
「え、私はケーキ以外も食べたいかも」
その一言にみんながまた吹き出す
こうしていると本当に今の状況が嘘のようだ
「ケーキは後だ、生き残れたら食べよう、もしくは死ぬなら全員一緒だ」
それは私がホテルで言った言葉
グレンが私を見て優しい表情をしたので胸がじんわりと暖かくなる
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