▼ 3
ショートくんに匿ってもらい二週間が経った
領主の家というのはとても大きくて、私を匿うのくらいなんでもないらしい
「シズク様こちらをどうぞ、太陽光や乾きを軽減するマントです」
私が人魚であること、今は魔法を使って人間の姿をしているだけで本質的に太陽光や乾きを克服したわけではないことを知っているお付きさんの気遣いに感動してしまう
既に衣食住を用意してもらっているので本当に申し訳ない
「いいんですか?」
「はい、ショート様の命の恩人ですからもちろんです」
にこにこと微笑まれ私も眉を下げる
何年前のことを今でも言っているんだろう、あれは誰だって助けるに違いない
ノックが聞こえ部屋にショートくんが入ってきた
「体調は平気か?」
「うん、何から何までありがとう」
お父様のことだからきっと何が何でも私を連れ戻そうとしてるに違いない
でも私はもう誰かの言いなりに生きるのは嫌だ、自分の思うまま生きたい
もらった服のおかげで体調は随分と良い、これがあればこの先も困ることはないだろう
自由気ままにこのユウエイ王国を旅できる、そのことにわくわくしていた私は近々ここを出るつもりだ
「お前がよかったら少し近くを散歩するか?」
「いいの?!」
外を歩いてみたいと思っていたので喜ぶとショートくんが微笑む
こうやって彼と一緒にどこかへ行くのはこれが最後になるかもしれない
私は陸を見て回りたいからずっとここでお世話になるわけにはいかないのだ
それにお父様が本気を出せばここもすぐ特定されてしまう、ショートくんにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない
一緒に外に出れば陸の世界が出迎えてくれた
青い空、緑の草原、生い茂る木々
小さな動物たちが駆け回るそこにわくわくが止まらない
「あれは何?」
「蝶だ」
「あれは?」
「花だ」
初めて見るものばかりではしゃぐ私に付き合ってくれるショートくんはとても優しい
そんな彼と離れてしまうのは寂しいけれど連れてなんて行けない
「あのねショートくん…私」
別れを告げようとしたその時、どこかで人の声のようなものが聞こえた
そちらへ向かえば誰かが兵士のような人たちに捕まっている
「あいつら…」
心当たりがあるのかショートくんが駆け寄った
「その三人から手をひけ」
彼の声に兵士たちが動きを止めた、だがその顔は不満げに歪んでいる
「ショート様!いくらご子息でもそんな横暴は許されませんぞ!」
「うるせえ、さっさと去れ」
有無を言わせない様子を黙って眺めていると兵士たちが渋々その場を離れる
きっと今のことを領主に報告するんだろう、彼らはショートくんのお父さんが雇った兵士らしい
「「「ありがとう!」」」
命の恩人だとショートくんに縋り付く三人組
モジャモジャの緑髪と男の子、魔法使いのような格好の女の子、騎士のような格好の男の子
彼らは何者だろうかと不思議に思うも、ショートくんの顔は依然険しいままだ
「別にあんたたちを助けたわけじゃない、クソ親父への当てつけだ」
苦々しそうにそう吐き捨てたショートくんは本当にお父さんのことが嫌いなようで何と声をかけていいのかわからない
お互い父親のことで苦労するもの同士理解できる部分はあるけれど、私はお父さんを嫌いではない
そんな私が声をかけるのも違う気がして踏みとどまってしまうのだ
「あのクソ親父があんな木を大事にするせいでお母さんは愛想尽かして出て行った
そんなに大事ならあの木と結婚でもしてりゃいいんだ…俺にも跡継ぎとしてクズモチの木を増やせとぬかしやがる…アイツの思い通りにさせてたまるか」
ショートくんの様子を見て緑髪の男の子が口を開いた
「…あのさ、僕たちこれからオールマイトとか消えた勇者を探しに行くんだけど、もしよかったら一緒に」
「行く」
即答したショートくんに驚く
突然訪れた別れに驚いていると、彼は当たり前のように手を差し出してきた
「シズクも一緒に行くだろ?」
「…いいの?」
私は今アクアリウスの追っ手もある厄介な身だ
陸に上がった姫を探すためあちこちから狙われるだろう
そんな面倒な私の手を握ったショートくんが少しだけ柔らかく笑う
「今更何言ってんだ、俺はお前に助けてもらった
だからお前が望むことを叶えてやる」
自由に世界を見てまわりたいという私の願い
彼を連れて行くなんてと遠慮していたこともお見通しだったのかもしれない
それにこんなかっこいいセリフとさらっと言ってしまう彼に頬が熱くなる
こっちは国を敵に回している罪人だというのにどうしてこんなにも優しいのだろうか
ショートくんの手をぎゅっと握り返して彼に微笑む
「これからもよろしくね」
「ああ」
私たちの様子を見ていた三人組がひそひそと話しているので彼らにも自己紹介をした
人魚であることは伏せておき、身体向上系の魔法を使う人間と名乗っておく
「じゃあ行こうか」
三人とショートくんと一緒に始まった旅
ずっと憧れていた陸の世界、平和に旅するのもいいけれど世界を救うっていうのも悪くない
照りつける太陽は服のおかげでへっちゃらだ
この世界で私は一体どんなことを経験できるんだろうか
冒険は始まったばかりだというのに既にわくわくは止まらない
prev / next