61-和睦





2028年11月上旬




透が姿を眩ませ一ヶ月強
高専敷地内の北人と綾の墓の前で傑は考え込んでいた

もしこのまま透が戻らないとしたのなら、悟はどうなってしまうのだろうかと

特級呪術師である透の行方不明は呪術界に大きな影響を与えている
しかしそれよりも親友の疲弊した姿がとてもじゃないが見ていられないのだ

元々他人に弱音を吐くようなタイプではないが、世那はそんな悟のストレスを上手く吐き出させていた
彼女が亡くなってからは傑や硝子が時折その役割を担うがやはり世那ほどの効果はない
悟の悩みの種と言えば実子である透のことで、恨まれていても透が無事で元気ならそれでいいと彼は話していた

それなのに先日、呪詛師の高専襲撃により透は転移術でどこかへ飛ばされてしまったという
それもこの世界ではないどこかへ

「(…そんな話が本当にあるのか?)」

今まで時を操るような呪物は噂程度にしか確認されていない
仮にあったとして、並の呪詛師が手に入れられるような代物ではないはずだ

世那の寿命の縛りを解くという呪物然りまるで雲を掴むような現実味のないことに傑は思考を回していたが、北人と綾から咎められたような気がして力なく微笑んだ

「すまない…キミ達を守れなくて」

担任である自分が居ぬ間に亡くなった教え子達
問題児と言われていたが手のかかる子ほど可愛いというのは本当らしい

いつだって元気に駆け寄ってきて、明るく太陽のような存在の北人
最初は警戒していたが、気がつけば秘密の話をしてくれるまでに信頼してくれた綾
そして幼い頃からずっと大切に見守ってきた息子のような透

誰一人として守れていないことに傑はグッと拳を握った

と、その時
ドサリという何かが落ちてきたような音と共に「う゛っ!」という鈍い声が聞こえた
慌てて振り向くとそこには行方不明になっていたはずの透の姿

「透…なのか…?!」

「あ、傑だ」

へらっと笑う透はとてもじゃないが無事には見えない
しかし反転術式を使用し怪我はどれも浅い様子で安堵する

「ひとまず無事で良かった、突然いなくなったから心配したよ」

「ごめんね、でもおかげで色々整理できたから良かったのかもしれない」

そう告げた透の目が傑の後ろにある墓に向けられた
瞬時にそれが誰のものなのかを把握した透は痛む体を動かし、墓の前で手を合わせる

「守れなくてごめん、間に合わなくてごめん」

傑からは透の表情は見えない
けれどどんな顔をしているのかは簡単に想像がつく

透は自分には信頼できる仲間なんて出来やしないと言っていたがそんなことはない
いつだって誰かを守るために戦う透は自分がどれほど周りから愛されているかを正しく理解できていないのだ
そんな彼はこの一ヶ月で何があったのか、見違えるほど年相応の姿へと変わった
その証拠に肩を震わせ、嗚咽混じりに涙を流しているのだから

世那が亡くなった時でも静かに泣き続ける透の姿は異常だった
14歳の少年が母親の死を受け入れられないほどショックを受けているというのに、そうは思えないほど静かに泣いているその姿は良い子でいることを義務付けられたかのようなそんな不安定さに傑は心配したという

だからこそここまで感情的になっている透の姿に安堵する
彼はようやく世那の死を受け入れたらしい、そして自分らしく生きることを教えてもらったんだろう
一体どこの誰か知らないが冷え固まった透の心を溶かした存在に傑は敬意を示した






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ーーー




その後、事の経緯を報告するため傑と共に正道の元を訪れていた透は懐中時計の呪物を封印するよう打診した
この存在が公に出れば混乱を招きかねない、それに本来人間が干渉して良い話じゃないと

正道もこれを承諾し、高専の武器庫に厳重保管されるらしい
透が過去に行った話を聞いた正道と傑は半信半疑だったが、透が嘘をつくメリットがないこと
そしてこの呪物の存在そのものが証明だと納得せざるを得なかった

「それでは私は上層部へ報告に行ってくる」

「頑張ってくださいね」

憂鬱そうな正道ににっこりと微笑む傑
上層部の頭の固い連中に今回のことが理解できるとは到底思えないので時間がかかるだろうと見越した故の笑顔だ
正道がため息を吐きながら出て行ったと同時に、透の帰還報告を受けた悟が部屋に飛び込んできた

その姿は少しやつれており、透は初めてみる父親の弱々しい姿に驚く

「透…」

呟くようにぽつりと言葉を漏らした悟は入り口の所で茫然と立ち尽くしている
そんな悟を見かねて透は自ら足を進め父親の前まで歩いていった

先ほどまで話していた悟より18年も老けたはずなのにほとんど見た目が変わらないのは何故だろうか
自分が思っているよりもずっと性格がひん曲がっていた学生時代の彼と目の前の父親を重ねると不思議と心は軽い

「ただいま」

一言、しかし透から悟へ話しかけたのはいつぶりだろうか
勢いよく透を抱きしめた悟はぐっと感情を堪えるような表情で腕の中の息子の温もりを確かめる

「おかえり…無事で良かった…っ!」

ずっと父親のことを煩わしいとさえ感じていたのに今はそうは思えない
透は自分と背丈の変わらない父親の背に手を回した

「心配かけてごめんね、父さん」

世那が亡くなってから一人で守ろうと躍起になっていた父親のことを見もせず突き放していた自分
この4年半もの間、悟はどんな気持ちだったのだろうか
考え込む透だったが、悟は何も言わず離れ、優しい表情で透を見つめた

「親が子供を心配するのは当たり前だよ」

久しぶりに撫でられた頭
懐かしい悟のその手の温もりを受け入れた透はぽつりぽつりと体験した過去の世界のことを悟に語った
過去の悟と世那との関わりの中でようやく世那の死を受け入れられたこと
実は自分が幼少期に伊弉冉から譲り受けた護石が例の呪物であったこと
過去の世界の世那にそれを託したこと

一つ一つを大切に話す透の言葉を聞き逃さないよう、悟は真剣に話を聞いた
久しぶりの親子の会話を見守っていた傑は気を遣いそっと部屋を出て行き親子だけの空間で二人は4年半を取り戻すかのように会話する

「世那のおじいさんは千里眼を持ってたからもしかすると透が世那を救う未来を見たんじゃないかな
生前に術をかければ死後も姿を現すことは可能だ、かなり高等だけどあの人なら出来ると思う」

昔五条邸を訪れた伊弉冉を見た時に祖父以上の力を感じたことを思い出しながらそう告げた悟に透も頷いた

「武一さんにも会ったよ」

「へー…爺さん騒がしかっただろ?」

懐かしむように笑う悟
一見仲が悪そうな二人だったが、心の底では信頼していたんだろう
現に今の悟の表情はとても柔らかだ

「それにしても父さんの学生時代ってあんな感じだったんだね」

「…幻滅した?」

「ううん、ちょっと安心した…父さんはやっぱりただの人なんだって」

最強だと言われているが透にとっては悟はただの父親
最初から完璧だったわけではない父親を知れて少し親近感が湧いていた

出来損ないと自分を卑下していた時期もある、父親にも母親にもなれない自分の存在意義に悩んだこともある
けれど誰もがそれを抱え生きているのだ

生まれながらにして最強であることを義務付けられ生きてきた悟
宝生の生き残りとして非難され続けてきた世那

皆何かを抱え、前に向かって進んでいる
いつまでもその場から動き出せないでいるのは自分だけだった

透はしばらく黙り込み、ゆっくりと顔を上げて悟を見つめた
世那譲りの赤い瞳が悟を射抜く

「父さん、僕は教師になるよ

誰かを想うことの大切さも、誰かのために立ち上がる勇気も悟と世那ちゃんに教えてもらった
僕も誰かの道を照らすような人間でいたい…父さんや母さんのように」

父親みたいにはならないと反発していた透が自分のようになりたいと言う
それがどれほど嬉しいのか、父親になってから透に色んな感動を与えてもらってばかりの悟は心を揺さぶられる

「そっか、応援してる」

「ありがとう」

そう言って笑った透の表情は晴々としており、もう彼の心に闇など残っていない
眩しくて、世那と瓜二つな笑顔に悟は頬を緩ませた












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