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これと微妙に繋がってます





どうやらカナワ行きの電車に乗るのは私しかいないらしい。駅員のアナウンスがホーム内に響いてもなお此処には私以外の乗客は現れない。平日の昼間だというのに、この空間だけあのごった返している喧騒から切り取られてしまったみたいに閑散としてしまっていた。とても不気味だ。まるで終電後のホームのようだが、嫌いではない。

遠くの方から段々と近付いてくる電車の音を聞きながら、ぼうっとホームの壁を見つめる。何の変哲もないその壁は新しい広告で彩られていた。確か数日前──去年は、こんな物は貼られていなかった筈だ。元旦当日にでも貼ったのだろう、多分。


「…………」


……新年を迎えた気がしない。

そう心の中で呟く。


確かにこの世界は数日前に一年を終え、また新しい一年が始まった。ちゃんと日付が変わる瞬間をテレビで眺めていたし、両親や親戚に新年の挨拶をした。それなのに私自身が新たな一年を歩くことが出来ないのは、多忙故だったからだろうか。親戚の子守という過酷な無賃労働後からずきずきと痛んで止まない肩や腰に溜息を吐きながら、ゆっくりとホームにやってきた電車を眺めた。目で追える範囲で確認した電車には、このホームに足を降り立つ人間はいないらしい。音を立てて開いたドアにゆっくりと近付いて、適当な座席に腰を下ろす。車内に入って少し経った後に閉まったドアはまるで私を現実世界から隔離してくれているように思えた。



嗚呼、ものすごく、気怠い。



***




やはりカナワタウンは今日も静寂を保っているままだった。いつも人で賑わっているヒウンシティとは天と地の差がつくけれど、私はこのカナワタウンのゆったりと時間が流れていくような、優しくて静かな所が気に入っていた。変わらず雪で覆われているその景色に、たった数日離れていただけであるにも関わらず懐かしさを感じている辺り、私は地元よりもこちらの方が気に入っているらしい。
自然に零れる笑みをマフラーで隠して、年明け前より幾らか積もったらしい雪の道を歩くことにする。


「あ、バチュルの人だ」


突如聞こえた声に振り返ると、そこには年末に会話を交わした彼と同じ顔を持った男がスコップを肩に担いで私を見つめていた。真冬だというのに白のスラックスに白のワイシャツのみという無謀過ぎる格好で、彼は少し荒い息を吐きながら滴る汗を拭うと私に近付いてくる。常時仏頂面だった彼と違って、にっこりと無邪気な笑みを浮かべたまま口を開いた。


「ぼくのこと覚えてる?」
「ギアステーションでバチュルの面倒を見て下さった方ですよね。あの時はご迷惑をおかけしてしまってすいません」
「全然!ぼくバチュル好きだから気にしてない。それよりもバチュルは元気?今日は連れてないの?」
「あ、ああ…バチュルならモンスターボールに…」

鞄に手を突っ込み、ボールを取り出して渡すと彼は嬉しそうに受け取り、手に持ったそれを覗き込む。
バチュルは正月からほとんど食うか寝るかという果てしなく堕落した生活を送っている為に若干体が膨らんでいた。私の食管理が行き届いていない証拠だ。

「ちょっと太った?でもカワイイ」
「冬が終わったら動き回るんで多分元通りになりますよ」
「君のバチュル、冬嫌いなんだ。ぼくのデンチュラがバチュルだった頃はそんなことなかったのになぁ」

やっぱポケモンそれぞれなんだねー。

そう言って私にボールを返した彼は持っていたスコップを雪山に突き刺すと、一度大きく伸びをしてこちらに向き直る。

「デンチュラには進化させないの?」
「ええ。バチュルの時点で手一杯なので…」
「ふーん…ねえねえ、今度暇な時ギアステーションおいでよ。そしてぼくのデンチュラと遊んでやって」
「…!いいですね。バチュルも喜ぶと思います」

ヒウンに住む私の友人以外に害虫といわれるバチュルと戯れてくれるような人間はいないのでこれは好都合だ。頷く私を見て、彼はますます笑みを深くし、興奮しているのか腕をぶんぶんと振りながらこういう遊びがしたいのだと語り始める。子供みたいだ。子守を任された子供よりかは幾分か収拾がつきそうな分、まだましかもしれない。

「──でね、それから一緒にポフィン作って二匹に食べさせたい!あとね、あと…」
「あの」
「なに?」
「今更ですけど、貴方の名前は…」
「ぼくはクダリ。あとね、ぼくの双子でノボリがいるよ。ぼくとノボリはバトルサブウェイでサブウェイマスターやってるの」
「! ああ、サブウェイマスターか…」
「うん。きみはなまえでしょ。ボールに書いてた」

何となくそうかもしれないとは思っていたが、本当にそうだったとは。
クダリさんはスラックスのポケットに手を突っ込むと、ペンとメモ帳を取り出した。何かを書き込んでいるようだが、仕事の方はしなくていいんだろうか。試しに問い掛けてみれば、「平気だよー」と何とも信用出来ない答えが返ってきた。本当に大丈夫か。

「ねえ、もしギアステーションに来る時はこの番号に連絡してよ。ぼくお菓子用意して待ってるから。ね!」
「いいんですか?そんな安易に番号教えて…」
「いいよ。バチュル好きな人に悪い人なんていないもん」
「………」

強引に押し付けられたメモを鞄にしまい込み、腕に巻いている時計で時刻を確かめる。いけない、そろそろ郵便局に行かないと間に合わないかもしれない。

「クダリさん、私そろそろ行きます」
「あ、そうなの? じゃあまたね」

案外あっさりとした別れに少々拍子抜けしたが、私がここで別れの名残を惜しんでいては意味がない。クダリさんに軽くお辞儀をして郵便局への道を急ぐことにする。クダリさんが作った平坦の道を歩いていると、背後から彼が私の名前を叫ぶ声が聞こえた。顔だけそちらに向ければ、白のコートを羽織ったクダリさんが大きく手を振るのが見える。

「今年はいっぱいぼくと、デンチュラと遊んでね!今年からよろしくね!」



………今年からよろしくなどという新年の挨拶は初めてだ。苦笑しながらも負けんばかりに手を振って、再び歩き始める。

体に纏わり付いていた疲労感や倦怠感はいつの間にか消え去っていた。

冬の指先に