Fate | ナノ
これの続き




※2クール目のネタバレ有
※捏造有











そうしてボクの聖杯戦争は呆気なく──と言ったらあの人には失礼かもしれないけど──終わってしまい、戦争が終われば日本にいる意味もなくなり。こうしてイギリスへ戻るべく荷造りをしていた。元々少なかった荷物をまとめるまでは良かったが、ここに滞在する間にあの人が買った大量のビデオやら雑誌やらゲームを入れるスペースなんてボクのキャリーバックには残っていなかった。このまま残しておこうかとも思ったが、暗示が解けたおばあさんにしてみれば自分が知らない間に自分らの趣味ではないビデオや雑誌があれば気味が悪いだろう。短い間ではあったけど、お世話になった人達に恩を仇で返すような真似はしたくない。街に繰り出して一つ鞄でも買おうかと考えていると、下からおばあさんがボクを呼ぶ声がした。扉を開いて返事をすると「お客さんよ」と声が響く。

「お客さん?」
「ウェイバーちゃんの知り合いだって言ってるわよ。可愛い女の子」





──ボクの知り合い。女の子。


心臓が、一度大きく高鳴った気がした。


日本の地に知り合いなんて一人もいないけれど。日本人の知り合いなら一人だけいる。でもあいつは一度だけ携帯で連絡をとれたっきりで(でもすぐに切れてしまった)、今日この日まで音信不通だったのだ。ケイネスの奴が今どのような状態かなんてボクは知らない。死んだかもしれないし、死んでいないかもしれない。だから、ケイネスと行動せざるを得なかったあいつの生死も確認できなくて。捜そうとは思ったけれど、変に街をうろうろした所をまだ戦争から敗退していないマスターやサーヴァントに見付かれば下手すれば殺される可能性もないわけではないので、あの人の約束を守る為にも安否がはっきりしていない人間を捜すことは出来なかった。

一段抜かしで階段を下り、走って玄関に向かう。そこにはにこにこと笑うおばあさんと暫く姿を見ることがなかったナマエがいた。ナマエはボクと……ライダーがあのセイバーやランサーとの戦いに乱入した時に見た時よりも幾らか顔色が悪くなったように思える。目を見開いたまま何も言わないボクと、何も言わないナマエにおばあさんは何か察したのか、「家に上がるならゆっくりしていいからね」とだけ言ってキッチンの方に戻ってしまう。ボクとナマエの間にはどこか気まずい雰囲気が漂っていた。聖杯戦争が起こる前はこんな雰囲気が漂うことなんて微塵もなかったのに。唇を舌で舐めて、軽く息をついてから「生きてたのか」と声をかける。ナマエは少し間を置いて「うん」とだけ答えた。…この調子だとランサー陣営も敗退したんだろう。ケイネスはどうしたとか、何個か尋ねたいことがあったがきいてはいけない気がした。聖杯戦争に関すること以外で気になることを尋ねてみることにする。

「……ご飯…ちゃんと食べれてたのか?」
「…あんま食欲なくてさ、食べれてない」
「……睡眠は」
「……それもそんなに……ウェイバー、あのさ、……ごめん」
「…何で謝るんだよ」
「私がケイネスの所についてたから」

ベルベット家と同等に魔術師としての歴史が短く浅いながらナマエの魔力量がそこらの名門を遥かに凌駕していることは周知の事実だったし、ケイネスもその類い稀な体質に一目置いていたのも事実だった。だからナマエが戦争を有利に進める為の駒として使えるかもしれないと考えたに違いない。教師と生徒という上下関係が存在する上で、しかもケイネスみたいなボクらを見下している奴から聖杯戦争なんて魔術師達の競い合いに参加する命を与えられたら誰だって頷くことしかできないだろう。もしボクがナマエの立場だったら喜んで頷く筈だ。そして何よりボクが敵として、殺さなければならない相手として目の前に現れるなんて誰も想像しないだろう。それからナマエはボクに対する牽制の意味で連れてこられただけらしいし。

……だから、ナマエがボクに謝る必要なんてない。


「ナマエが謝ることなんてないよ。第一、オマエはただケイネスの所にいた『だけ』で何もしてないだろ」
「…でも敵陣にいたことは変えようのない事実だ」
「むしろボクが聖杯戦争に参加することによってオマエを巻き込んだボクに責任がある」
「いやいや…聖杯戦争に参加したのは私の意志もあったから……私は、」
「ともかくだ!ナマエが生き残っててボクは安心した。…捜さなくて悪かった」
「死ぬ可能性があるのを分かってる上で捜す馬鹿じゃなくて良かったよ。私もウェイバーが生きてて安心した………本当に」
「二、三日したら日本から発つつもりなんだ。ナマエもイギリスに帰るだろ?」
「………うん」




ナマエはどこも怪我はしておらず、ボクと同じ五体満足のまま聖杯戦争を終えることが出来たのだ。これ以上に幸運なことはない。それなのにナマエは浮かない顔をしていた。心ここに在らずといった様子で。何かあったのか尋ねても、「何もなかった」なんて嘘をつく。
時計塔でお互い励まし合いながら魔術を勉強していた頃より、明らかにナマエは変わってしまった。何かを思い出すように空を見上げてはぼんやりと過ごすようになった。ボクと離れていたその間に間違いなくナマエにはそうなってしまう出来事があったのだ。きっと、ボクには話すことの出来ない何かが。


きっとボクもナマエも、もう以前のように肩を並べて歩くことはできないだろう。


聖杯戦争を通じてボクらは成長したけれど、それはボクらがあの頃のボクらへと戻ることができないことも意味していた。

おちゃらけながら笑えよ