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[2]

 ホークの頭はぐるぐると考えることをやめなかった。それは必ず悪い方へと流れていく。悪い癖だが今回の事件に関しては致し方のない面もあった。
 ジャックが言葉を濁らせるとき、そこには隠された何かがあるはずだと考えていた。自分を抱こうとはしたけど、直前になって汚らしく思えて、抱く気にならなくなった?或いは後ろ向きで逃げ腰な態度に呆れられてしまった?など。

 それなら溜め息にも納得がいく。
 ジャックは俺を慰めるために無理をしている。
 そう捉えたホークは、ジャックの下から這い出るために彼の胸板を押した。

「悪かった。ジャックの気持ちをよく考えずに」

 小さく呟く。
 ホークが起きあがろうとするので、ジャックは素直に体を起こした。

「俺の気持ち?」

「……あんたは優しいから。それに甘えてしまったんだ」

「何言ってるんだ、ホーク?」

「(無理なんてしなくていいよ。
汚い俺なんかに触りたくないだろ、本当は……)」

 ホークは呆気に取られているジャックを尻目にベッドから立ち上がろうとした。けど足元はふらつく。漸くジャックは弾かれたようにホークの腕を掴んだ。

「また勝手にぐるぐる考えたんだろ。それ、お前の悪い癖だ」

「!」

 ジャックの腕はそのままホークを引き戻し腕の中へと閉じ込めた。

 ホークの体が熱を持つ。ジャックの腕の力は強くて、振り解くような気なんて起こらなかった。

「だって、しょうがないじゃないかっ……ジャックが黙っていると不安で……」

 その言葉にジャックはゆっくりと首を横に振る。

「違うんだ、悪い。ホークが不安になるようなことは思っちゃいないよ」

「俺の考えていること、分かるのか……?」

 それに対して今度は頷く。

「俺はさ、ホークにはなんも怒っちゃいないんだ」

「……」

 その言葉には心底胸を撫で下ろす気持ちだった。

「ただ、お前を酷い目に遭わせた連中には正直言ってかなりキレてる。お前がいるから、怒りを抑えているけど、一人きりだったら暴れてるな」

 はは、と笑うが声が冷めていて笑っていなかった。

「……。ジャックが怒ると暴れる?」

「そうだなぁ……。モノに当たったり、したくはないけど。俺って怒ると怖いと思う?」

 ホークの背後から抱きしめているので、肩口からひょいと顔を覗かせて訊ねた。
 ジャックが怒ると怖いかどうか、それは考えたことがなかった。それだけジャックには怒りの感情というものが似合わないというか。彼はいつも飄々として、余裕の顔をして、笑顔でいるから。ここへ運ばれてきて目が覚めたときも、ジャックは普段と変わらない風でいた。ジャックが怒ることなんてあるのだろうかと思ったけど……。

「ジャックが怒っているとこ、見たことがないから分からない。(怒らないジャックが俺のことで怒るなんて……考えられなかった)
 優しいあんたしか知らないから……」

 …………。

「そっか♪」


 優しい俺しか知らない、か。
 ジャックはいつもの笑顔を見せている。心の中はぐちゃぐちゃだというのに。陽気に笑っていることが楽なんだと知ってしまった時から、ずっとこの調子だった。

 もし、頭の中で描いていることを実行してしまったら、ホークはどう思うだろうかと想像してしまう。

 連中を嬲り殺し、ホークを抱き潰したあと、二度と外へ出ないように何処かへ閉じ込める。

 優しいジャックはそんなことはしないけど。


 そう……ホークの知る俺は
 優しい、俺なんだよな。

 優しい俺でいなきゃ。
 笑顔の俺。
 余裕な俺。

 今の俺は全部紛い物の俺だから
 隠さなきゃならない。

 優しく……優しく
 笑顔、えがおで。





 ふと視界に入ったものが、ジャックの心を乱した。ホークの首筋に、赤い痕を見つけてしまったのだ。それはジャックの平常心をいとも簡単に壊してしまった……。


「キス……マーク、
ついてるぞ、ホーク……」

「!」

「これって……」

 言われたホークは血の気が引いていくのを感じていた。それはジャック以外の人間に、体を許してしまった証……。

 「(そうだ。思い出した。ホークの体中に鬱血の痕があったっけ)」

 ホークを運んで汚れを清めて、手当てをしていた時、鬱血痕が視界に入っていたはずだった。夢中で処置をしていたからそれが何だったかなんて考えていられなかったが。

「(ああ、そうか。ホークは俺以外の野郎に)」

 体を。
 ──────。

 改めて突き付けられる残酷な現実。
 ジャックは、何かが切れるような気がした。

 「(せっかく、無かったことにしようとしていたのにな)」

 分かりきったことだったが、起きたことは無かったことにはならなかった。

 ホークは、汚されてしまったのだ。




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