パキリと小枝を踏む小さな音がした。鳴った拍子に、ルルの耳がピクリと反応する。ルルに木の実を与えていたペチカは、顔を上げた。ダリアが木立の向こうからゆっくりと歩いて来るところだった。帽子とゴーグルで表情は見えないが、口元には笑みが浮かんでいる。草地を踏むブーツは見慣れたもので、彼の愛用している装身具の一つだった。
「やはりここにいたのかペチカ。夕暮れに近いと、ここの森は危ないと言っているだろう」
 ゴーグルを帽子までずり上げて、ダリアはペチカの傍まで歩いて来る。ゴーグルの下から覗いた双眸は深い青だった。ああ、私の好きな瞳。柔和だけれど、利発そうに輝く青い双眸はペチカを安心させてくれる。
「ルルの様子が少しおかしいの。森がざわめいているって言ってる。私も気になって」
とペチカはダリアに説明した。ルルから感じ取ったことをうまく話すことは難しかった。今のペチカには。
「それは僕も感じていた。だからこそ危ない。夕暮れが来る。帰ろう」
 ダリアはペチカの腕を優しく掴んだ。ペチカはルルを腕に抱いて立ち上がる。ぽう、と微粒子が周囲に舞った。小さな光を身にまとう、小さな小さな生物だった。夜の森には危険がたくさん潜んでいる。木々が慟哭し、葉がざわめき、草花達は合唱を始める。ダリアとペチカが草地を踏むと、淡く光を発した。ヒカリゴケと似て異なるもの。森は生きている。大地が生きて生物が生きているのと同じく。ルルは森の声を聞くことが出来た。そしてルルの声を感じることが出来るのはペチカだけ。ダリアでさえ、ルルの声を感じることは出来ないのだ。何故なのかは分からない。自然の理のように、運命られたことなのかもしれなかった。
 セツリの森を抜けると、大きな川が流れる。ハクロウ川と呼ばれる大きな川で、女神様が棲むと幼い頃にペチカは聞いた。まだ出会ったことはないけれど。
 ダリアと手を繋いで吊り橋を渡りながら、腕に抱くルルの体温と毛並みが凪いで落ち着いたのを感じた。セツリの森を抜けたからだ。きゅう、と鳴いて身をすり寄せて来るルルを愛おしく撫でてやる。ルルはセツリの森で生まれた。
 これもまた、運命なのかもしれなかった。時に残酷で、時に優しい自然の運命は、森羅万象の説りにも繋がる。


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