ガヤガヤとした喧騒が行き交う、昼下がりの午後。木枯らしが吹く冬だが、空港ターミナルは人々の熱気と温もりで暖かかった。
 なぜ、と問いかける男がいた。ベンチに腰かけ、どこを見るともなしに足元に視線を落としている。
 伏し目がちの相貌は、少し眠たげだ。

 なぜ。

 再び問いかける。誰に? それは男にも分からなかった。ああ、面倒くせぇな。胸元を探ったが、あいにく煙草は切らしていた。空の箱をくしゃりと握り潰す。
────億劫な気持ちとは裏腹に、高揚している心も奥底に潜んでいた。なぜ? 本当はその答えを知っているのではないか。美しかった。美しい? その表現が今の気持ちに一番近いように思えた。
 忌まわしい鮮血に染まったこの俺でも、美しいと思える感情が存在していたとは。再度考えてみる。
 癖になっている。何度も同じことを考えることに。
 その時、コツンと軽く頭を小突かれた。目の前に二本の足がいつの間にか立っていた。少しくたびれた、黒いワークブーツに、ジーンズ。目線を億劫そうに上げる。

「こんなところにいやがった。探したぜ。まぁ、待ち合わせ場所になどいたためしがないお前だから、慣れたけどな」
「今何時」
「もう15時になるぜ。親方、カンカンに怒ってるだろうな」

 おお怖い。とさして怖そうでもなく肩を竦める相棒を尻目に、ベンチから立ち上がった。いつだって答えは見つからない。けれど、それでも構わない。水中で酸素を求めてもがくように答えを考えあぐねても、大した収穫はないのだから。

「今日の任務は、何だろうな」

 並んで歩き出しながら、相棒が言った。「さあな」と応じて上着のポケットに手を突っ込む。任務が何であれ、遂行するだけだ。俺達に感情は要らない。そう、要らないのだ。それでいい。
 時刻は緩やかに夕方に迫る。茜色の空に染まりゆく。時と共に、人々と共に、染まり流れ、留まることなく。当たり前の時間と交差する人々。何度経験しても答えは出そうにない。それがたまらなく愛おしかった。


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