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 茶会とは名ばかりで、その小一時間ほどのあいだ、俺はシューニャに小言をぶつけられるままになっていた。一応、俺からもシューニャに報告する内容もあったのだが、そんなことは些事と言わんばかりの態度であった。それよりも、目の前に広げられたたけのこの形の菓子や、船が型どられた菓子を食べることの方が大事だと思っているのではないか、そう疑わずにはいられない。

「まったく、なぜお主はきのこもたけのこも買うてくるんじゃ。いつになったらわしはたけのこ派だと覚えるのかのう? これだから図体が大きいだけの甲斐性なしの熊男は困るのう」

 毒づきつつ、シューニャはひょいひょいと菓子を口に放り込んでいく。この狸爺め、という反駁が喉まで出かかるが、鈴の手前なんとか理性で押し止めておく。

「そんなことより、食べすぎだろう。もう年なんだから、糖尿病になるぞ」
「かーっ、医者に説教とはお主も偉くなったものじゃの。老い先短いんじゃ、好きにさせい」
「都合のいい時だけ老人ぶるなよ……」

 俺たちが何のかんのとやり合っているあいだ、鈴は口元を押さえてくすくすと笑っていた。その笑顔を見ると、日頃の影での仕事の疲れが全部吹っ飛んでいくようだった。
 ようやっとシューニャのぼやきから解放され、鈴の居室で二人きりになった時には、既に夕刻を迎えていた。
 ソファに体を沈め、ふうと息をつきながら、ネクタイを緩める。その様子を、鈴は部屋の隅から遠巻きに眺めていた。この場所の主なのだから、もっと厚かましくしていていいのに、鈴はどこまでも慎ましやかだった。

「あの……」
「うん?」
「おそばに行っても、よろしいですか」
「もちろん。おいで」

 腕を差しのべ、胸を開く。鈴がとつとつと歩み寄ってきて、俺の胸の内に収まる。会うたびに、こんなに細い体だったかと喉の奥が詰まる。ちゃんと食べているのかと心配になるほどだ。
 そのままの体勢で、妻の髪をすく。指が途中で髪飾りに引っかかる。これはかつて、自分が贈ったものだ。普段は分からないが、俺が会いに来る時はいつも着けてくれている。そんな彼女が愛おしかった。
 二人きりでないとできない深い口づけを交わす。毎日一緒に過ごしたいのに、こうして会える日が月に何日もないのはひどく残念だった。
 名残惜しく思いながらも、顔を遠ざける。少し潤んだ瞳でこちらを見つめている、彼女の両肩に手を置く。

「鈴。ここでの生活は退屈だろう。何か欲しいものはないかい。何でも言ってごらん」
「いいえ……わたくしには、ここで生活させてもらえるだけで、十分すぎるほどですから」

 鈴はふるふると頭を振る。うっすらと浮かんだ笑みは、ひどく寂しげだった。
 心にちくりと痛みが走る。こんなに近くにいるのに、遠く感じた。そんなに物分かりよくなくていいのにと思った。もっと我が儘になってほしかった。妻の願いなら何だって、身を粉にしてでも叶える心積もりはできているのに。
 彼女が出生に秘密を抱えていることを、俺は知っていた。そのことで、周りに負い目を感じているのも。自分の夫に対してくらい、そんな後ろ暗い想いを取り払ってほしかった。

「鈴」

 心持ち強く呼びかけると、鈴の美しい双眸がはっとこちらを見据えた。左しか見えない目で、彼女をじっと見つめる。

「俺の前でくらい、本音を隠すのはやめにしないか。俺は君が何を言おうと、君を嫌ったりしない。思っていることを言ってごらん。だって俺たちはもう他人じゃない、夫婦なのだからね」

 鈴の右手を両手で包み、諭すように言うと、彼女の唇が震えた。左手が鎖骨の下あたりを押さえ、視線がふらつく。そうだよ、言っていいんだよ、無言で俺は促す。

「わ、たくしは……」
「うん」
「……もっと、セルジュ様に会いたいです。ご無理を言っているのは分かっています、でも――もっと会いに来てほしいです。もっと、一緒にいたいです……!」

 感極まったように、鈴が抱きついてくる。その軽すぎる全体重を受けとめた。肩口が濡れる気配があって、ああ、と天を仰ぎたくなる。また泣かせてしまった。もう、悲しませないと約束したのに。
 自分よりずっとずっと薄い肩をぽんぽんと優しく叩く。頑是ない子供を宥めるように。

「うん。すまないね。もっと会いに来れるようにするよ」
「はい……」
「いずれ君と二人で暮らせたらいいなと思っている。君の自由を取り戻したいとも。そうなったら、君の好きなところへ一緒に行こう。――だから、もう少し待っていてくれるかい」
「はい……、もちろんです」

 涙声だったけれど、その声はしっかりとしていた。
 抱擁を解くと、もう涙は止まっていた。頬に残る筋を親指でそっと拭うと、今度は鈴の方から口づけされて、一瞬たじろぐ。首に回された腕はいつになく自分をひたむきに求めているようで、切なかった。彼女との口づけはいつだって、わずかに悲しみの味がした。
 もっと深く、その心の真奥(しんおう)に迫れたらいいのにと、それだけを願った。

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