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 ヴェルナーが私を抱擁するような格好で、腰を抱え上げる。その体勢で、彼の唇や舌が、私の体の窪みという窪み、膨らみという膨らみを愛撫する。自分の全身の凹凸を否応なしに意識させられ、耳たぶ、鎖骨や指のあいだ、脇腹、臍、膝の裏、踝(くるぶし)といった、なんでもない体のパーツに触れられるたびに、大袈裟なほど感じてしまう。下着もまだそのままなのに……、とぼんやり考えていると、いつの間にか青年の器用な手がどちらも取り払っているのに気づいた。
 初対面の相手に、意図しないタイミングで裸体を曝していた羞恥を感じる余裕もない。そのうちに咥内へヴェルナーの親指が侵入してきて、ぐにぐにと舌を柔らかく、けれどねちっこく押しこまれる。
 やんわりと出入りを繰り返すそれを、彼から与えられる熱に浮かされたまま、私は根本から先へと順繰りにねぶった。フェラくらいするのに、昂りの代わりなんだろうか。もしかすると、行きずりの女相手だから遠慮しているのかもしれない。武骨そうな見かけによらず紳士的で、ちょっとほほえましかった。

「あー……その顔、エロいよ……」

 ヴェルナーの口から呟きが漏れる。先ほどまであった青年の余裕は、徐々に溶けてきていた。女性慣れしているであろう男が、私の姿態で興奮を覚えている。そのことを少し、嬉しいと感じた。
 唾液で濡れた指が、次いで胸へと向かう。一方の丘はやわやわと揉まれ、一方は熱い舌で舐められる。おそらくわざとだろう、胸の頂点は放っておかれ、そこから遠いところを舌先が這う。もどかしさに腰が揺れた。

「もう……意地悪、しないで」

 私の体の一番敏感なところは、もうたっぷり蕩けているというのに。
 ヴェルナーは目元を笑ませて、その言葉を待ってでもいたように、胸の先端をはくりと口に含む。咥内の湿り気が伝わってきて、首筋あたりにびりびり震えるみたいな快感が走った。
 唇で食まれ、舌で撫でられ、歯で甘噛みされる。その間にも掌での愛撫もやむことがない。あまりのテクニシャンぶりに目眩がするほどだ。
 口で胸を愛しながら、彼の手は徐々に下半身へと移っていく。肋骨の形をなぞり、みぞおちを通って、臍の位置を確かめる。私にその先を予感させながら、武骨さと繊細さが同居した指先はじりじりと進む。
 そして、とうとう。
 潤んだ最奥へと、青年の人差し指が到達した。

「っあ、ん……!」

 瞬間、辛いくらいの快感で肩が跳ねる。触れられるだけで、こんなに気持ちいいなんて。自分のものとはまるで違う、太くてごつごつした指。その先が中を探るように動いて、はしたない水音がくちゅくちゅと耳を犯した。
 胸から口を離したヴェルナーが耳元で低く囁く。

「すごく濡れてる。俺に触られて、気持ち良かった?」
「わざわざ訊かなくても、分かってるんでしょう? 意地が悪い人ね」
「確かめないと不安なんだ。……ここ、悦いところ?」

 言いながら、彼の指がぐっと奥を刺激する。弾けるような快感に、反射的に背中が仰(の)け反る。声にならない吐息が喉から漏れ出た。
 いけない。こんなことを続けられたら、私ばかり気持ちよくさせられてしまう。それはなんだか……後ろめたいというか、少し悔しい。
 快感によって力が入らない手を伸ばし、私の中を掻き回している相手の手首を掴む。

「ヴェルナー……も、そこはいいから……」
「そう? でも、まだ達(い)ってないでしょ?」
「そ……じゃなくて。……指よりいいのが、欲しいの……」

 消え入りそうな声で絶え絶えにねだると、ヴェルナーはわずかに瞠目した。

「そっか、了解。焦らしちゃったみたいだね」

 ちゅっと音を立てて首筋を啄んでから、青年は一旦体を離す。指が抜かれるとき、中が切なくなって危うく変な声が出るところだった。
 ドアの向こうからほのかに注ぎ込む明かりをバックに、ヴェルナーが服を脱ぎ捨てていく。鍛えられた上半身があらわになると、無意識のうちに息を呑んでしまう。太い上腕、盛り上がった胸筋、作り物みたいに完璧に割れた腹筋。それらを飾るクロスのネックレス。どこをとっても逞しい体に目を奪われる。もはや芸術品の域だと思った。
「ね……仕事、何してるの」約束を破って口をついてしまった質問に、相手は気を悪くした風もなく、視線を右上あたりに巡らせる。

「んー、ポルノ俳優」
「絶対嘘ね。もしそうだったらとっくに有名になってるもの」
「おや、褒められちゃったね」

 鼻から笑いをこぼす青年の手が、彼自身の下半身へするすると伸びるのを、私は金縛りに遭ったように凝視する。
 とっくにスラックスを力強く持ち上げていたそれは、前立てが寛(くつろ)げられると、いっそう存在感を増した。派手なデザインのボクサーパンツが、猛々しい怒張の形に膨れている。
 大きい。今までに見たどんなものよりも。
 ヴェルナーはヘッドボードの抽斗(ひきだし)をまさぐって取り出したゴムを咥え、下着の中のものを引き抜く。薄暗い中でも、その凶悪とも言える形と大きさが窺えた。大きな掌で屹立を何度か扱いて、じゅうぶんに育ったそれにゴムを被せていく。
 その一連の動作はこちらに見せつけるように緩慢としていて。これから私の内部へと挿入される質量の大きさを知らしめるようだった。喉が意図せずごくりと鳴り、下腹部がきゅんと疼く。待てのできない犬のようで恥ずかしい。
 衣擦れの音。かすかな雨音。二人ぶんの乱れた呼吸音。
 静かな夜の底で、私たちは互いを貪る獣だった。

「あ……」

 私の脚を割り、彼の剥き出しの肉体が迫ってくる。ヴェルナーの切っ先が潤みに押し当てられ、私のとろけきったそこが彼自身をあっけなく受け入れていく。
 見た目よりさらに大きいものに穿たれ、腰が引けそうになった。中がぐっと押し拡げられ、彼でいっぱいになっていくのが分かる。
 は、と優しい狼が苦しげに荒い息を吐いた。

「狭いな。リタ、力抜いて……」
「ん、むり、おっきい……」
「大丈夫だよ。俺に任せて、受け入れて」

 ヴェルナーの優しい声が体の緊張をほぐしていく。呼吸を彼に合わせ、全身を弛緩させようとした。彼のものがいっそう深く突き進んでくる。

「ぁ、あ……!」
「いい子。ほら、全部入ったよ」

 熱くて濡れた舌が、喉首をべろりと舐め上げた。不意な刺激に、いっぱいに満たされた体の中心が、きゅうと反応する。
 ヴェルナーの汗ばみはじめた頬が笑みで持ち上がる。

「そんなに締められると、俺の方が持たないよ。もっと楽しもう? せっかく夜は長いんだし」

 動くね、と断った相手が腰を揺らしはじめると、全身の躍動が交接部へとダイレクトに伝わって、敏感になった体の隅々まで快感が伝わっていく。私は無意識に、ウエストを掴む大きな掌に手を重ね合わせていた。何かを求めるように。何かを祈るように。
 ヴェルナーはあえて欲望を抑えるようにじっくりと動いた。それは己自身を深く刻みつけ、形を覚えこませるみたいな、ねっとりとした動きとスピードだった。
 決して激しくないのに、彼が突いてくる場所はどこも信じられないほど気持ちよくて。辛いくらいに感じる体を弓形に反らし、なんとか快感に耐える。
 与えられる刺激が強すぎて、とっくに脳の処理能力を超えてしまっている。もっと先の快感を求めてどうにかなってしまいたいような、怖くてここから逃げ出したいような、ふたつの欲求が体じゅうを駆け巡っていた。
 不意に、ヴェルナーが何かに気づいたようにちらりと脇見をする。口元にいたずらっぽい微笑が生まれるのを、私は見た。

「ほら、リタ。見てごらん」

 彼が顎をしゃくって示した先に、大きな姿見がある。ベッドと平行した壁に、アンティーク調の鏡が備えつけてあるのだ。光源のない部屋でも、肉体のまろやかな白さはちゃんと映っていてぎくりとする。曇りのない鏡面が、私たちのまぐわいを寸分の狂いなく複製して見せていた。
 初めて見る光景に、火照っていた体の熱がまたいっそうひどくなる。

「俺も自分の最中はあんまり見たことないから……興奮するな」

 青年もそれで火が着いたのか、両腕が無造作に伸びてきて、私の両の膝裏を掴み上げ、大きく脚を割り開く。お互いの鼠径部が密着するほど深くまで一気に腰を進められ、ずんと深く強い刺激で目の前にちかちかと星が散った。全身が熱い。体が繋がったところから溶けていくようだ。

「あ、イ……ッ」

 昇り詰めて、体の奥が痙攣するのが分かった。
 青年の熱の塊が引き抜かれても、私の中はきゅうきゅうと収縮を続けて、その間じゅうずっと激しい波のような快感に翻弄される。甘く細い嬌声が自分の口から流れ出るのを、止めることができない。
 絶頂を迎えて私の体が痙攣するのを、ヴェルナーはじっと見下ろしていた。彼は快楽を感じながらも溺れてはいないようで、まだ達していないのにゴムを付け替えながら、気遣うような視線をずっとこちらに注いでいた。

「気持ちよかった?」
「……ええ、すごく」
「良かった。君の良いところ、全部知りたいんだ。もっと俺に教えてほしいな」

 少し時間を置いて、前戯が繰り返された。敏感になった体が落ち着いたところで、また彼の一部が私の中に分け入ってくる。ほぐされきった中は、先ほどよりもずっと容易く、根元までを飲み込んだ。
 二回目でも、圧迫感には慣れなかった。ヴェルナーの指先が腹を撫でてきて、その愛おしむような手つきに、背筋がびくんと跳ねる。

「ふふ。可愛いよ」
「そんな、の……」
「気持ちよくなれて偉いね、リタ。もっと気持ちよくなろうね」
「ヴェル、ナー」
「ん? なに」動作を再開し、長くて太いものを抜き差ししながら、彼が訊き返す。
「あなた、は……きもちいい……?」
「うん、いいよ。とっても気持ちいい。下半身溶けそうなくらい」

 冗談めかして言って、相手はやや眉尻を下げた。

「ね、俺のことなんて考えなくていいよ。もっと自分のことだけ考えてたらいいんだ。今夜の俺は、そのためにいるんだから」
「それ、は」
「じゃ、余計なこと考えられなくしてあげる」

 そう言うが早いか、ヴェルナーは腰の動きを速めた。深く激しく、逞しく張り出したモノの部分が私の良いところをしつこいくらい刺激して、何度も強く抉られる。視界が明滅するようだった。全身が茹だって、どろどろに溶けていないのが不思議に思える。
 無意識のうちに、甘く蕩けた吐息と声が漏れないよう、口を手で覆って下唇を強く噛んでいた。赤毛の狼は目ざとく、こらえている様子に気づいてしまう。

「我慢しなくていいのに。君の声、もっと聞きたいな」
「ん、だめ、だめ……」

 ぱん、ぱん、という肌同士がぶつかる音が鼓膜を震わせる中、私は必死に会話をする。

「嫌? 痛い?」
「ちが、そんなにされたら、おかしくなっちゃ、うぅ……」
「なっていいんだよ。俺しか見てない。この夜にあったことは全部、虚構なんだから……」

 情欲に溶けた彼の声は、不思議とはっきり聞こえた。
 彼のすべてが――言葉が、吐息が、体温が、匂いが、肉体が――私の心も体も元から強く揺さぶる。
 頑ななところがほぐされ、熱を与えられ、導かれ、高められていく。
 ヴェルナーは私を、ロマンス映画の主人公くらいにとびきり甘やかした。
 私は知らなかった。生殖のためのはずの行為が、こんなにロマンティックだなんて。
 身の中に大輪のみずみずしい花が咲いていくように感じられた。雨が降りしきる中で、彼が咲かせた夥しい数の花が胸からあふれ、こぼれて、私の身体は埋(うず)もれていく。
 一晩だけ美しく咲いて萎れてしまう、儚い徒花(あだばな)。
 もしかするとそれは、私に手向けられた弔花なのかもしれない、と思った。
 彼のものがどくり、どくり、と私の内部で吐精する。その淫蕩な蠢きを感じながら、自分も二回目の絶頂に溺れていく。

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