◇前書き
こちらの作品は2018年11月25日に参加したコミティア126において合同ペーパーに載せたものです。
「色づく」をテーマにメリバSSを書き下ろしました。以下本文となります。



 紅(くれない)に淡く色づき始めた蕾を見つめながら、私は考えていた。自分がしでかした行為と、これから選ぶべき行動について。
 宇宙船の外には、己に孤独を突きつけてくる暗闇が、深々と広がっている。

 宇宙技術者である私の任務は、地球から遠く離れたある星への、人類の入植を成功させることだった。
 人類の悲願だった亜光速船が実用化され、我々は何千光年も離れた星へ比較的容易に辿り着けるようになっていた。太陽系外惑星への入植は前例がいくつもあり、体系化されたマニュアルに則れば酷い失敗はしないはずだった。実際、入植してから数年間は(亜光速船で星を周回していた我々の体感では五年ほどだったが、当の星では何百年もの時間が流れていた)順調に開拓と定住が行われていった。
 想定外はひとつだけだった。
 一言で言えば、パンデミック。突如として、地球産の抗生物質が効かない細菌が、星全体へと蔓延(まんえん)したのだ。
 何代にも渡って成長を見守った人々が倒れていくのを、眺めることしかできない自分たち。信じられないほどの感染力に、手の打ちようがない致死率。全身が無力感で覆われた。皆の最期の顔が穏やかだったのが、せめてもの救いだっただろうか。
 地球へ薬剤を取りに戻るなど悠長すぎる選択肢だった。何とか感染拡大を食い止めようと、果敢に星へ降り立ったクルーも次々と犠牲になった。こうして、星の入植は失敗した。
 そして私は、学生時代から熱い夢を共に目指してきた、最愛の人をも失った。

 私だけが残った。
 宇宙船の操縦を任されていた自分だけが、生き残ってしまった。他は全員、細菌の毒牙に襲われていなくなった。私は失意のうちに、地球への帰還を決断した。
 延々と続く無人の都市を窓の外に見ながら、一人分の食糧を積んだ宇宙船の中で、地球側からの通信を受け取る。
「パンデミックは残念だったが、優秀なエンジニアの帰還を喜びたい。地球は君がいた頃と同じように青く美しいままだ。しばしば星へ降りていた君と違い、私は地球周回軌道を亜光速で飛び続けているから、もう君より若くなっているかもしれない」
 もう若い、とはなかなか新鮮な表現だ、と胸の内で呟く。通信の最後の「ご苦労だった」という労いに、逆に悔しさとやりきれなさが湧いてくる。宇宙船は地球へと舵を切り、エンジンが加速を始める。
 ――さらばだ。星よ。もう二度と見(まみ)えることもあるまい。
 無人へ還った星が急速に遠ざかっていく様子を、シートにきつく固定されながら私は見た。この感情は一体何であろう。悲愴か。虚脱か。悔恨か。無力感か。黒々とした感情の波に翻弄され、二度と浮き上がることのできない深淵へと沈められていく。
 やがて安定飛行に入り、Gが弱まる。ベルトを外し、立ち上がった私が最初にしたのは、小さなプランターのしっとりした土を一撫ですることだった。

 土から芽が出て、双葉から葉が増え、やがて植物は蕾をつける。
 それは、己の罪が育っていく過程を見るようなものだった。
 その土は、他ならぬ君なのだから。
 私は君を――最愛の人を、あそこに置いていくことに我慢ならなかった。原則として、任務中に殉死したクルーは現地での火葬と埋葬が定められている。君が焼かれるのは耐えがたかったが、細菌に感染した遺体を火葬しないなどあり得ないし、遺灰が船内に散逸すれば致命的な事故に繋がり得るので、君をそのまま連れ帰るわけにはいかなかった。だから私は――君の遺灰を土に混ぜた。
 私は宇宙よりも昏(くら)い、どろどろした希望が胸の内に生まれるのを感じていた。このままこの飛行挺と、君と共に心中するのはどうだろうか。二人でこの広大な宇宙を永遠に彷徨(さまよ)うのも悪くない。
 私は眺め続ける。君が育んだ、ともすれば私の罪たり得る、緑と蕾を。
 すぐに答えを出せなくとも構わない。この花が咲き、種をつけ、芽を出してまた蕾をつける、それを何度も繰り返せるくらい、故郷(ちきゅう)に帰り着くまでには時間があるのだから。
 私は考え続ける。
 宇宙船の外には、己に孤独を突きつけてくる暗闇が、深々と広がっている。

――星骸に芽生える
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