君は僕を覚えているだろうか。
 覚えているはずだと思う。覚えていてほしいと願う。覚えているに違いないと信じている。

 どこかの未来、どこかの現在、どこかの過去で、僕らは幾度も出会った。いろいろな場所で、いろいろな姿で、いろいろな状況が取り巻く中で。僕は時に男であったり、オスであったり、はたまた女であったり、メスであったり、またそのどれでもなかったりした。君も同じく、様々な見た目をしていたが、どれも間違いなく君は君だったことを、僕は知っている。
 君が君であること。僕が君を見つけ出す根拠はそれで充分だ。君がどのような姿形でも、僕には君が君として存在していることが分かる。君だって同様に分かるはずだ。

 そして今、また僕は君を捜している。

 今の僕には、毛むくじゃらの小さな体に、ちょこまかと動く手足、ちんまりとした耳、まん丸い目、全身のバランスを取るための長いしっぽが備わっている。
 僕は獲物の小さい虫を探して下草や倒木の根元あたりを歩き回っている。ああごめん、語弊があった。探しているのは君だけじゃない。でも許しておくれよ、こんな小さな体では熱がどんどん逃げてしまって、常になにかを食べていないと死んでしまうんだから。まあ、こんな言い訳は今の僕の脳では思考するに余るから、食べ物にしか興味がない奴だと君は思ってさえくれればいい。
 ここらは雨が多い場所で、それゆえむせっかえるほどの植物の匂いがどこまで行っても立ちこめている。酸素濃度は充分にあるから、彼らはぞんぶんに光合成をし、葉や枝をめいっぱい伸ばせる。その緑のあわいを縫って、巨大な爬虫類たちが巨体を顕示するように闊歩している。

 この植物たちには名前はない。そして名前がある。
 この大陸の覇者たちにも名前はない。そして彼らにも名前がある。

 今から何千万、何億年かあとの未来、新興の奇妙な動物によって化石として再発見され、ダイナソーと名付けられることを、僕は知っている。それらの名前は彼らのものにはならないことも。
 そして、僕はそれを知らない。
 それはこのちっぽけな脳のひだに収まるような、そんな生易しいことじゃない。
 だからこれは、今の僕の脳の発火を、未来か過去のいつかの僕が、君に届くように変換したものにほかならない。この記述が君にどういう形で伝わるのかは分からない。甲高い鳴き声だろうか。フェロモンのような伝達分泌物だろうか。あるいは音? あるいは視覚情報? これを受けとる君がどんな見た目をしているか、想像してみると少し楽しい。それが子供じみた戯れにすぎないとしても。何にせよ、君がこれを受け取ってくれるだろう自信が僕にはある。
 毛をもさもささせながら、さっきまでの雨の名残が滴る森の中を進む。
 僕は、この動物からやがて進化する生き物が、いつしかこの星を支配したと思いこみ、自分たちの住む大地を取り返しのつかない形で汚染し、動植物の大半を滅ぼし、隣の星に命からがら移住して細々と生きていかざるを得なくなった顛末(てんまつ)を知っている。彼らには何回も、破局を防ぐ機会があったのに。彼らの叡智は足りていたのに。
 しかし、今の僕には知る由もないことだ。
 僕は未来から来て、いまここにあり、そして過去へ行く。もちろんその逆も然りだ。

 僕は思う。未来が過去に遡及(そきゅう)してもいいじゃないか、と。

 過去のように未来を語ろう。未来のように過去を語ろう。
 僕が君に出会えるという保証はない。それでも君は、僕を見いだしてくれると確信している。
 数えきれない過去において、これからもそうであるように。数えきれない未来において、これまでもそうであったように。
 僕は今日も森を駆ける。君を捜して、恐竜の息吹を間近に聞きながら。

――恐竜の息吹を聞きながら、僕はまた君と出会う
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