「い、いえ……。それで、スカウトっていうのは? 俺のこと、どうやって見つけたんですか」
「うん。哲くんにはぼくの助手をしてほしいんだよね。君の体質、ぼくの仕事には持ってこいだから。あと、哲くんはぼくたちアングラ人間の界隈じゃ知名度高いよお。誰が先に声をかけるかで競争になってたくらいだし。ぼくが最初に見つけて迎えに行けてほんとラッキーだった。そうそう、お給料は月ごとにちゃんと出すから」

 サツキさんは月給の額面を口に出す。クビになった清掃業の三ヶ月分を優に超えていて、俺は反射的に目を剥いた。
 つまり、目の前にいる祓い屋だという青年はそれだけの価値を俺に見出だしているということだ。
 ――こんな、何の取り柄もない、人ならぬものを視る目があるだけの、気持ちの悪い男に。

「助手って……除霊の手伝いってこと、ですか? でも俺、霊が視えること以外に何もできませんよ。残念ですけどお役に立てないと思います」

 俺は俯き、握り合わせた指先を所在なくもぞもぞと絡ませる。
 サツキさんの言葉は、俺以外の誰かに向けられたもののように響いた。だって俺は何の才能もない、ゴミ屑みたいな人間なのだから。いや、食べ物も要らないし排泄もしないという点で、ゴミの方が俺より上等だ。
「うーん」サツキさんが唸りながら頬を掻く。

「哲くん。君いま、たくさん憑かれてるの自覚してる?」
「え? ああ……疲れてはいますよ。なにせ住むところも職も失ったばかりなんで。途方に暮れてます」

 急速に肋骨の内側あたりにもやもやと黒い感情が広がっていく。俺を雇う気のある責任者の前だというのに、捨て鉢な気持ちとぶっきらぼうな口調になるのをとめられない。せっかく期待されたのに、俺には応えられそうもない。自分への失望がとまらず、無性に悲しかった。

「そっかあ……どうしようかな」サツキさんは真面目な顔になって思案げに顎を撫でている。「それなら先に実地で効能を確かめた方がいいかなあ? 相性もあるし……」

 テーブルを挟んだ向こうで、何やら一人でぶつぶつと呟いてから、祓い屋だという青年は出し抜けに席を立った。そのまますたすたと机を迂回してきて、俺の隣に腰かける。腿がぴっちり密着するくらいの至近距離で。
 のろのろと面(おもて)を上げると、そこにはまっすぐにこちらを見つめるサツキさんの強い眼差(まなざ)しがあった。

「哲くん、お願いがあります。ぼくの助手になるかどうか、これからやることで判断してほしいんだ」
「は、はい……?」

 どういうことだ、とまたも混乱の坩堝(るつぼ)に突き落とされる。何やら、不穏な気配が忍び寄ってくるようだった。無言のままでいると、サツキさんの右手が音もなく伸びてくる。節が目立つ骨っぽい手の向かう先は、俺の下半身で。

「体、触ってもいい?」
「え、あ、あの……?」

 湿度が増したサツキさんの囁きが、耳のすぐ近くから聞こえる。彼の指先が、俺の内腿にするりと侵入してきた。

「嫌なら言ってね。すぐやめるから」
「サツキ、さん……! ッあ」

 脚の付け根のそば、際どいところを触られて全身がぴくりと跳ねる。初めての感覚が、ぞわぞわと肌を粟立たせる。それが、不思議と嫌ではなくて。
 いつしか心臓の拍動がものすごく早まっていた。

「え、えっと、一体何を……」

 相手は、セックスだよ、と湿り気を帯びた声で端的に答えた。
 セックス。セックスって、なんだっけ。

「……は、え!? せっ、なに、だだ誰が、どうして」

 赤面するのを感じながら焦って身を引く。サツキさんは逆に身を乗り出して、距離を稼ぐのを許してくれない。自分とは別の肉体の気配、別の身体の熱が急に輪郭を持つ。彼の顔から、胡散臭い笑みはすっかり消えている。

「セックス、性行為、まぐわい、性交渉。色んな言い方があるね。ぼくと哲くんがこれからすることだよ。霊体って生(せい)の象徴であるセックスを嫌うと言われててね、君にいっぱい良くないものが憑いてるから、今から除霊をします。心配しないで、優しくするからね」

 サツキさんの冷静な説明は冗談とは思えない。何の感情による涙なのか、視界がじわりと潤む。じりじりと後退し続け、ソファの肘掛けまで到達してしまった。これ以上は、いけない。

「あの、俺、男です……」
「ふふ、ぼくだって男だよお。守備範囲広いんだ、ぼく」

 サツキさんが胸元に顔を埋めてきて、何か熱くて濡れたものがぞろりと首筋に触れる。今のは舌だ、と思い当たって脳髄のあたりがじんと痺れた。彼は、本気だ。

「哲くん可愛いから、モテるでしょう?」
「えっ、い、いや……そんな」
「安心して、無理にしようとは思ってないから。良いことしかしないし、本当に嫌なら止めたっていい。そうだな、途中でやめてほしくなったら自分の名前をフルネームで言って」
「え? あ、はい……?」

 それがいわゆるセーフワードという取り決めだったと、俺は後で知ることになる。
 どうしてかそのとき、サツキさんを拒む気にはならなかった。会って数時間も経っていない同性と、これから事務所のソファで性的な交わりをしようとしている。明らかに常軌を逸しているのに、俺の中には確かに好奇心と期待のかけらが生まれていた。なぜだろう。サツキさんが俺のことを、ちゃんと見てくれている気がした、からだろうか。

「じゃあ、始めるね」

 サツキさんが宣言するように言葉にする。
 覚悟を固める間もなく、器用そうな手にベルトをかちゃかちゃと弄くられ、外される。指先が躊躇なく下着の中まで伸ばされ、緊張が極限まで高まった。そのまま間髪入れず、サツキさんは俺の陰茎をそっと外気へと導く。明るいところへ局部を曝した羞恥が、俺の体をかあっと熱くさせる。

「やっ、そんなとこ、汚い……っ」
「汚くないよお。ついさっき洗ったばかりでしょう?」

 サツキさんの声は宥(なだ)めるような、いたわるような優しい響きになっている。彼の目は俺の顔色をじっとうかがっていた。胡散臭いほどにこやかだった表情とうってかわって、冷徹と言っていいほどの鋭さを孕みながら。
 俺の局部を包んだ掌がリズムを持って反復運動を始める。変な声が迸(ほとばし)りそうになり、間一髪のところで唇をぎゅっと噛む。なんだ、これは。頭の中が真っ白になりそうだった。
 少し触られただけなのに、信じられないほど気持ちいい。
 自慰なら体が疼いたときにいくらかした経験があるけれど、そんなものとは比べものにならない。サツキさんの掌は熱く、少し強めに扱(しご)かれると呼気が驚くほど熱くなった。俺のはサツキさんの手解(てほど)きで硬度を得て、先走りを滴らせ、水音を立てながら解放されたように悦(よろこ)んでいる。

「良かった、固くなってるね。気持ちいい?」
「は、うっ、あ、んんっ」

 こらえきれずに口の端から漏れる声は、己のものと思えないほど甘く溶け、上ずっていた。
 こんなの、知らない。気持ちよすぎる。怖い。もっと欲しい。おかしくなる。たくさん教えてほしい。相反する気持ちが、脳内の熱情でぐずぐずに蕩けて混ぜ合っていく。

「哲くん。体、力入ってるよお。リラックス、リラックス」

 そうしているあいだにも、サツキさんは穏やかに俺を導いてくれる。眼光は鋭く、抜け目ないままで。

「サツキさっ……、だめ、もう無理、ぃ……」
「うん、イッていいよ。思いっきり出しちゃおっか」
「ああ、ぁ……」

 他人の手の中で、自分の昂りがびくんびくんと痙攣して白濁を吐き出すのが分かる。意図的な射精なんていつぶりだろう。量が多いそれは、むわりとした性の匂いを応接室に立ち上らせた。
 サツキさんの指が俺の髪をさらさらと梳(す)くのを、ぼんやりと知覚する。

「よしよし。気持ちよくなれて偉いね」
「す、すみません……手汚しちゃって」
「気にしなくていいよお、こんなの。これからもっとすごいことするんだから」

 何気ない一言に思わず目を剥く。

「へ? ま、まだ続けるんですかっ」
「そりゃあ、今のはまだセックスじゃないからねえ。序の口だよ、全然」

 頬のあたりをほのかに上気させた青年が目を細める。その双眸の奥にちらつく熱を見て、俺は悟った。サツキさんはいま、肉食獣の目をしていると。
 サツキさんは流れるような動作で、俺の下半身の衣服を剥ぎ取った。下だけ裸というなんとも情けない格好で、相手の動向を阿呆みたいに眺めていることしかできない。彼はテーブルの上に置かれていた薄手の手袋をぴちっと手に嵌めてから、化粧品のものに似たボトルから粘度のある液体をとろりと掌に出す。ああ、あれがローションというものか――と俺の頭の冷静な部分が理解する。
 サツキさんはローションを掌全体になじませるように、両手を重ねて念入りに揉む。その濡れた音を、無意識に淫靡に感じてしまう。

「哲くん、そこに俯(うつぶ)せになれるかな?」

 にこやかに言われ、おずおずと彼に背を向けて、身をソファに横たえる。
「そうそう、それで膝を立ててくれる?」との続く指示に従った、次の瞬間。

「あ、な、なにっ」

 尻のあいだに、何かが触れた。びくんと総身が跳ね、後ろを振り向こうとするが、サツキさんに体を押さえられている。尻に触れている濡れたそれは、ぐ、と中へと押し入ってこようとしている。
 これは、サツキさんの指だ。後ろの穴を広げるように、ぐちゅぐちゅと音を立てながら俺の中で蠢いている。

「今からここで繋がるから、ちゃんとほぐしておかないとねえ」

 繋がる。それって、どういうことだ。サツキさんのが、俺のそこに? そんなことが可能なのか。そんなことをして、俺の体は平気なのか。
 混乱しすぎて訳が分からないままにまくし立てる。

「そのっ! あの俺、こういうの初めてで……」
「そっかあ。同性相手は経験ない? あ、それともこっちのポジションが初めてかな?」
「え、いや……」

 同性も何も、俺は家族以外の誰かの温もりを知らない。キスもしたことがないし、触られるのだって。
 上手く言えないうちにも、現実は否応なしに進行する。後ろを弄られて異物感が凄まじいのに、それだけではない感覚が生まれつつある。それが怖い。認めてしまったら、元の自分に戻れない気がして。
 サツキさんは片手で穴をほぐしながら、手袋をと取ったもう片方の手を、俺の陰茎へと伸ばした。電流が走ったような快感が下腹部を貫く。
「あ、また固くなってきたね。よしよし」という呟きが背中に降ってきて、またも羞恥心がいや増していく。

「後ろ、ちょっと慣れてきた? ここね、神経が集まってるから敏感なんだよ。気持ちいい?」
「っひ、わ、分かりません……ッ」
「じゃあ、いま覚えて。この感覚が気持ちいいってことだよ。もう指二本入っているの分かるかなあ? 哲くんの後ろ、ぼくの指を咥えこんで離したくないみたいだよお」
「や、そんな……ッ」
「哲くんの声、可愛いねえ」

 サツキさんがふふ、と含み笑いを漏らす。ぐぐ、と指がさらに奥に進んできて、腹側を探るように刺激された途端。
 全身が大波にさらわれるみたいな、あまりにも強い気持ちよさに襲われた。何が起こったのかと混乱しながら、四肢を悶えさせることでなんとか快感に耐える。

「はあ、そこっ、駄目……っ」
「気持ちいい? ここに前立腺があるの、分かるかなあ。中で動いてるの、感じる?」
「わかっ、分かったからあ、もう、や」

 前立腺という存在は知っていた。けれど、知識があるのと分かるのとでは雲泥の差がある。俺の体の中に、こんな暴力的なほどの快楽を生み出す器官があるなんて知らなかった。もう、思考がどろどろになって、何もかも吹っ飛ぶくらいに気持ちよかった。

「さあて、そろそろいいかなあ」
「んっ……アッ!?」

 高められて敏感になった体から、サツキさんの指がぬる、という感触を残して引き抜かれる。その刹那、高い声が己の口からあふれ出た。名残惜しい、という気持ちを抱いている自分に気づいて、愕然とする。

「大丈夫だよお。これからもっとよくしてあげるからね」

 心理を読んだかのようにサツキさんが言うのと同時に、何かを破るような音がした。ややあってから、サツキさんの素手が俺の腰を両側から力強く掴む。はっとして何とか首を後ろに向けると、サツキさんは分析するような怜悧な目つきをこちらに注いでいた。彼の頬は、けれど興奮のせいか薄紅色に染まっている。
 さっきまで彼の指を受け入れ、新たな刺激を求めている後ろの入り口に、固くて熱を持ったものが当たっていて。
 全身がぶるりと震えた。存在感を強く主張しているそれ。それが、今から、俺の中に。

「待っ、て……」
「怖い? どうする、やめておく?」

 絹のように柔らかい声音が訊く。ごく、と生唾を飲み込んだ。ここで断ったら、サツキさんはきっとちゃんと止めてくれるのだろう。でも、そうしたら。
 俺の中に生まれつつある新たな熱は、行き場を失うのではないか。
 俺は唇を舐め、潤んだ視界の向こうに答えを返す。

「最後まで、してほし、です……お願い……」
「……ッ、哲くん……それは」サツキさんは息を飲んだようだった。気を取り直した彼が、あやすように言う。
「分かった。ゆっくりするからね、大丈夫」

 そして、ついに。
 熱い。大きい。ゆっくりと、だが確実に、俺の中を占領していく圧倒的な質量感。それに意識をすべて奪われる。声にならない、喘ぎとも呻きともつかない吐息が奔流みたいにあふれる。
 セックスなのか。これが。
 初めて俺をまっすぐ見てくれた人と、繋がっている。
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