授業の後、持ってきた紙の束を揃えていると、一人の生徒が近寄ってきた。水城ちゃん、と私を呼んだのは篠村未咲さんだ。このクラスの学級長で、私によく話しかけてくれる。彼女はいつもタメ口だ。
 生徒が教師にタメ口を遣うことに対して、否定的な意見の人も多いだろう。教師としての威厳がどうのこうの、とか。でも、自分自身に限って言えば、私は悪いとは思わない。威厳を持って生徒に接するなんて私にはできないので、親しみを持ってくれた方が嬉しい。

「ねえ、授業の最初、水城ちゃんショック受けてたでしょ」

 未咲さんはそう言った。え、と漏らして彼女の溌剌とした顔をまじまじと見る。

「龍介がいなくてショックだったんでしょ? 水城ちゃんを傷つけるなんて、あいつサイテーな奴よね。でも大丈夫! わたしがガツンと言っておくから!」

 未咲さんは左手を腰に当て、勇ましく右拳を握りしめた。
 それはガツンと言っておく、というか、ガツンとやっておく、なのではないだろうか。未咲さんが拳で事を解決することの無いよう、心の内で祈った。
 いや、それよりも。

「どうして分かったの? 茅ヶ崎くんがいなくて私がショック受けてるって……」
「だって龍介の机見てすっごい悲しそうな顔してたもん。水城ちゃんすぐ顔に出るから何考えてるか誰でも分かるって」

 嘘、と思った。自覚が無かった。感情を顔には出さないように気をつけているつもりだったのに。
 もしかして、桐原先生を見るときも顔に出ている? いやいや、そんなはずは。

「あっ、そうそう、水城ちゃんにお願いがあるの!」

 勢い込んで、未咲さんが両手で私の手を握る。手を包み込んだ未咲さんの掌はさらりとしてほのかに温かい。なんの躊躇もなく他人の領域に踏み込むその仕草に、同性ながら僅かにどきりとした。

「なあに?」
「英語の文法で、どーしても分からないところがあるの! 水城ちゃん、教えてくれない?」

 未咲さんが上目遣いでこちらを見る。身長自体は彼女の方が高いが、教壇とヒールのある靴のせいで今は私の視線の方が上だ。未咲さんの力のある円らな目を見る。可愛いなと思う。

「もちろん、いいわよ。今日のお昼休みでいい?」
「えっいいの? やった!」
「だってそれが仕事だもの」
 くすくす笑いながら答えると、未咲さんがわざわざ教卓を迂回して、水城ちゃん大好き、と言いながら抱きついてきた。ためらいの無いスキンシップ。もはや言葉でしかコミュニケーションをとらなくなった私は思わず、若いなあ、と心のなかで呟いてしまう。
 高校生は若い。自身が高校生だった頃は自分のことを若いなんて考えたこともなかったけれど、今になって思う。何事も、失ってから気づくものなんだろう。

「それじゃ、お昼休みにね。またね、未咲さん」
「うん! またねー」

 教室の前でぴょんぴょん跳ねる未咲さんに手を振り、1年D組を後にした。未咲さんはこの高校ではあまりいないタイプだ。進学校だからか、割と大人しめの生徒が多い中で、膝上15cmのスカートとニーハイを履いた姿はなかなかに目立つ存在だ。
 あんな短いスカート、最後に履いたのはいつだっけ。ニーハイなんか履こうとするものなら周りに止められるだろう。そういえば、今年の一年生とは年齢が一回り違うのだと思い至って、軽く心が沈んだ。
 27歳。27歳かあ……。

- 2/6 -

back


(C)Spur Spiegel


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -