* * * *


 廊下で話す龍介と桐原先生を、曲がり角から未咲と輝がこっそり見ていた。

「担任と話すときの龍介ってなーんかいつもと違うよねー。素直っていうかさ」

 未咲は心底面白くなさそうな顔だ。

「桐原先生って他の先生と違う雰囲気あるよね」
「そう! あんな性格悪い奴見たことないし!」
「そういうことじゃなくて、どことなく浮世離れしてるっていうか……本心が掴めない感じ。眼鏡だってたぶん伊達だし」

 未咲が驚きの表情を浮かべて輝の方を振り返る。

「え、分かるの?」
「うん、顔を斜めから見たとき輪郭が歪んでないでしょ? 度が入ってるなら歪むはず……あ、先生は昔武道をやってたらしい」
「え、分かるの?」

 輝たちがいるところからは、二人の会話はほとんど聞き取れない。未咲が驚くのも無理はない。

「うん。読唇術が使えれば簡単」
「えっ輝、心が読めるの!?」
「心じゃなくて、唇の方の読唇術ね」
「なーんだそっかー」

 すんなり納得した未咲に対し、疑問を持つことを知らないんだなあ、と輝は苦笑を漏らした。

* * * *


 結局、輝と未咲と同じ電車に乗り込んだものの、龍介はずっと上の空だった。二人の会話も全然覚えていない。気づいたら自宅の玄関の前にいたような有り様だ。
 家に入ると、母親の涼子が鼻歌を歌いながらキッチンに立っていた。帰宅した龍介を認めて、おかえり龍ちゃん、と歌うように言う。

「……ただいま」

 涼子は悩み事などこの世にない、といった泰然自若の体で夕食作りに勤(いそ)しんでいた。その横を通りすぎて二階の自分の部屋へ行く。
 ドアを閉めるか閉めないかのうちに、龍介は適当に鞄を投げ出した。そしてベッドに倒れこむように横になる。ふーっと息を吐き出す。
 ――疲れたな。   
 胸の内側がもやもやする。これを何と呼ぶのか龍介は知らない。分からない。誰か、教えてほしい。
 目を閉じると、二人の幼なじみの顔が浮かんでくる。輝の口が蠢いて、"後悔するんじゃない?"と言葉を発した。

「後悔なんて、しねえよ……」

 幼なじみということを抜きにしたら、自分は、未咲のことをどう思っているのか。改めて考えると分からない。
 本当に分からないのだ。自分自身のことなのに。情けなくて泣きたくなる。
 目を開ける。二人の顔を遮るように、ポケットから進路調査票を取り出して翳す。理系に丸がついている。私大、国公立大、専門学校、学校名(   )。それらは渡された時のままの状態だ。
 自分は理系に進むつもりだが、未咲と輝はたぶん文系だろう。これまでずっと同じクラスだったが、来年からは確実に別々になる。ずっと三人一緒ではいられないのだ。
 それに、ずっと同じ関係でもいられない。いつか、必ず別れる日が来る。

「あー……くそっ」

 調査票を放り出し、頭を抱えてベッドの上で丸くなった。
 将来のことなんて考えたくない。
 自分は何がしたいのだろうか。分からない。
 自分に何ができるのだろうか。それも分からない。
 分からない。分からない。分からない。
 自分には何が分かるというのだろう?
 鬱々と考え込みそうになって、無意識に舌打ちをする。

「今の自分のことも分かんねえのに、未来の自分のことなんて分かるかよ……」

 龍介は人知れず呻いた。
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