未咲がぱっと顔を輝かせる。

「あれっ、輝じゃん! ……と、龍介。こんな時間までどうしたの?」
「さっきまで生徒会長にインタビューしてたんだ。龍介にも手伝ってもらって」

 生徒会長、という単語が輝の口から出たとたん、未咲の目の色が変わった。喜色満面というのはこういう顔をいうのだろう。
 龍介の心がなぜかちくりと痛む。

「うそー! 龍介の代わりにわたしが行きたかったー! 今まで部活だったけど! ……ってあれ? なんか龍介元気なくない?」
「うん、現在進行形で失恋中」
「え!」

 未咲が目を丸くする。

「ちげーよ馬鹿なに言ってんだ」
「ちょっとちょっと、龍介好きな人いるのー? だれだれ? 同じクラスの子?」
「うるせーな、違うって言ってんだろ!」

 自分でも驚くくらい、大きな声が出た。
 未咲がぎゅっと口をつぐみ、身を引くようにして龍介を見る。

「な……なによ、別にそんな怒鳴らなくてもいいでしょ。龍介ってほんと意味分かんない。行こ輝」

 未咲が背を向けてさっさと歩き出した。輝は肩をすくめて龍介を見る。やっちゃったね、と言いたげな顔だ。
 そんな顔されなくても分かる。今のは良くなかった。自己嫌悪に陥りつつ、前を行く二人をとぼとぼと追いかける。一緒に帰っていいものか、未咲の様子からは判断しかねた。
 その時、右手の職員室の扉が開いて、男性教師が出てくる。反射的に顔を見ると、担任の桐原先生だった。今日はよく人と出くわす日だ。
 目礼して通りすぎようとしたが、ちょうどよかった、茅ヶ崎、と声をかけられて先生に向き直る。

「この前配布した進路調査票のことなんだがな。提出期限が明日になっている。そして実は、私のクラスで提出していないのは君だけだ」
「……ああ」

 今思い出した、わけではない。調査票はずっと、制服のポケットにしまわれている。
 この高校は進学校ゆえ、文理選択の時期が早い。一年生のこの時期にそんな重要な選択を迫られるとは、龍介は思ってもいなかった。
 それに加え調査票には、私大、国公立大、専門学校のいずれかに丸をつけるところがあり、学校名を書く欄が設けてある。龍介は進路について何も考えておらず、そこに手をつけられる気がしなかった。渡されたその日に理系に丸をつけたものの、提出できずにいたのはそのせいだ。

「すいません、理系に進もうとは思ってるんですけど、志望校とか全然考えてなくて……」

 先生がふっと表情を弛める。

「それで大丈夫だ。今回は文理どちらなのかだけで構わない。それも決定ではないしな。来年のクラス編成に関わるから、ある程度の傾向を知りたいだけだ」
「――そうなんですか」
「この時期に全員の志望校なり進路なりが決まっているとは教師も思っていないよ。それらについてはまた機会があるとき話そう」

 龍介はこくりと頷いた。少し胸のつっかえが取れたように思えた。進路調査票のことで、実をいうと少し悶々としていたのだ。
 心に幾ばくかの余裕を取り戻した龍介は、はたと気づく。そういえば、桐原先生と悟の背格好は似ている。先生の方がわずかに身長も高く、肩幅もあるが。
 バスケ部に入らない? と問う悟の声が耳に甦る。
 スポーツをやっていると、背が伸びるだろうか。

「あの」
「ん?」
「先生は、何かスポーツやってましたか」

 先生は怪訝な顔をした。

「どうした、唐突に」
「いや、ちょっと、気になって」
「そうだな……」

 少々の間を置いて、

「スポーツというか……武道のようなものを、昔な」

 先生が答えた。
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