それからも、二人のクラスメイトからの嫌がらせは止まらなかった。靴を隠されたり、教科書を破られたり、筆箱を捨てられたりした。大方のクラスメイトは知らぬ素振りを貫いていた。幼稚園の時から一緒に遊んでいた未咲と輝だけが、靴を探したり、教科書のコピーを取ってきたり、ゴミ箱から筆箱を見つけてきてくれたりした。
担任の先生からも、龍介くんがおかしなことを言って子供たちを困惑させています、といった旨の連絡が親に行ったらしく、気遣わしげな表情の母親から学校はどうなの、とぼんやりした質問を投げかけられた。
龍介の心の中では、他人に対する不信感が募っていった。信頼できるのは、未咲と輝だけだった。
ある日、三人は神社の軒先で雨宿りをしていた。神社の境内で遊んでいたら、急に大粒の雨が降ってきたのだ。誰も傘を持っておらず、止むまで待つほかないようだった。
未咲は板張りの端に座り、むーっと頬を膨らましながら、足をぶらぶらと揺らしていた。輝は興味深そうに雨粒や雨雲を観察し続けていた。龍介は二人の間で、じっと立ち尽くしていた。
「――やっぱり僕って、変な人なのかな」
無意識に口が動いていた。それはずっと胸の中で渦巻いている疑問だった。
二人は驚いたように龍介の顔を見やった。
「どうしたの、いきなり」
輝が目を見張ったのは数瞬のことで、そう優しく訊ねた輝の顔には微笑が浮かんでいる。
「ずうっとかんがえてたんだ。未咲ちゃんと輝くんは僕のこと、変じゃないって言ってくれるけど……。でも僕は、ほかの人には見えてないものが見えるし、僕だけみんなと違う。変わってる……やっぱり変なんだよ、僕は……」
話すうちに鼻の奥がつんとしてきて、慌てて下を向いた。なんで泣きそうになってるんだ、なんで涙なんか出てくるんだ、と思ったとき、ああ、そうか、自分はずっと悲しかったのだ、と分かった。
――なんで、僕だけ。
「違うことって、そんなにだめなことかな?」
未咲の声に、視界が滲むのも構わず顔を上げる。
いつの間にか立ち上がっていた未咲が、腕組みをしてうーんと首をひねった。
「龍介くんはすうじが色んな色に見える。輝くんはこくごのきょうかしょを読むのがじょうず。私は走るのがはやいし、けんかもつよい。みんな、ほかの人と違うところがあるんじゃない? それってべつに変なことじゃないとおもうけどな」
龍介くんが変なら、私だって変だし、輝くんも変ってことになるよ、と未咲は言って、太陽のように暖かく笑った。
今思えばそれは拙い言葉だったが、龍介は、心に一条の光が射し込んだように感じた。
「――雪のけっしょうは」
輝が雨空を見上げて口を開いた。土砂降りの中に、一片(ひとひら)の白を探しているように見えた。
「ひとつも同じ形が無いんだって、本で読んだ。あんなに、空から数えきれないほどふってくるのに。ぜんぶ違ってて、ぜんぶきれい」
今は雨だけどね、とこちらを振り返って輝は苦笑した。
「なんか、僕たちも同じかなぁって」
輝も、龍介に微笑みかけた。凍ったものを融かすような、柔らかい表情だった。
龍介は胸に込み上げるものを何と言葉にして良いか分からず、黙ったまま降りやまぬ雨を見上げた。未咲と輝も、龍介に寄り添うように立って、同じように空を見上げていた。
二人はあの日のことを覚えているだろうか。雨粒が濡らした土の匂いや、雨滴(うてき)が梢の葉を打つ音や、頬を撫でていくひんやりした風の温度を、覚えているだろうか。
龍介には分からない。ただあの日龍介は、確かに二人に救われたのだ。
けろりと雨の上がった帰り道、水溜まりには虹が映っていた。
――ちっぽけで勇敢な哲学
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