先生のマンションの間取りは1LDKで、一つ一つの部屋が広々としており、どの部屋もほとんど生活感を感じさせないほど整理されていた。龍介はダイニングの4人掛けのテーブルに就くよう促された。桐原先生は、腹が減ったろう、あり合わせのものしかできんが何か作ろう、と言ってキッチンへ消えていった。放課後、先生の仕事が終わるまでしばらく待っていたから、時刻はもう7時を回っていた。
 龍介が椅子に腰掛けると、赤毛の男が正面に座って正対する形になった。担任の先生の部屋で、なぜか見知らぬ外国人と向かい合うという状況に置かれている。非常に気まずい。部屋に余計なものが無いことが、居心地の悪さに拍車をかけている気がした。
 目の前の男は端整な容貌を持っていたが、それよりも、血のように強烈な赤色をした虹彩と髪とが目について仕方なかった。男は口の端に微笑を浮かべ、その深い赤をたたえた瞳で龍介をじっと見ていた。
 油断してはならない。この男に心を許してはいけない。龍介の頭のどこかでそんな声がした。

「あのう」

 自分でもびっくりするくらい不機嫌な声が出る。

「あなた誰ですか」
「ん? そうだな、誰だと訊かれたら答えないわけにはいかないな。俺はヴェルナー・シェーンヴォルフ。呼ぶときは気楽に、ヴェルナーでいいよ」

 謎の外国人は完璧な発音でそう答え、にやりと笑った。長ったらしい名前を知れたところで、疑問は何も解決しない。

「そういうことじゃなくて……何者なんですか、あなたは。桐原先生の知り合いですか」
「んー、まあそうだねぇ、あいつの昔の友人てところかな?」

 ヴェルナーと名乗った男は飄々と笑って、椅子の背もたれに腕をかけた。かなり偉そうな格好となる。

「しかし錦が今や学校の先生とはねえ。人生何があるか分かんねぇもんだな。君もそう思わないかい?」

 ヴェルナーは含み笑いを漏らしながら龍介の目を見た。思わないかい、と投げかけられても、龍介には思わない、としか答えようがない。桐原先生が先生である姿しか見たことがないのだから。
 先生を下の名前で呼ぶところを見ると、この人はかなり先生と親しいのかもしれない。生真面目な先生と軽薄そうなこの外国人、一体どんな接点があったのか想像もつかない。
 龍介が黙っていると、ヴェルナーが短く嘆息した。

「あのさ君……なんか俺のこと警戒してるみたいだけど、別にとって食ったりしないから。はいリラックスしてリラックス。人生にはリラックスが一番重要だぜ」

 本気とも冗談ともとれない台詞のあと、ヴェルナーはうーんと伸びをし、腹減ったなあと呟いた。
 そうこうしているうちに、キッチンから桐原先生が戻ってきた。両手に炒飯が盛り付けられた丸皿を持っている。先生が紺色のエプロンを身に付けていたので、龍介は面食らった。学生が調理実習で着るような、いかにもエプロンといった形のエプロンである。それがいやに似合っていて、思わずまじまじと先生を見てしまう。

「口に合うか分からんが、よかったら食べたまえ。……何かおかしいかね、茅ヶ崎」
「い、いえ」

 丸皿は龍介とヴェルナーの前へと置かれた。先生自身は食べないらしい。皿の上の炒飯はほかほかと美味しそうな湯気をたてている。
 ヴェルナーが先生に向かっておい錦、と呼びかけた。

「なあ、このお坊っちゃん、お前の若ぇ頃にそっくりじゃねーか。驚いたなー、息子か?」

 ヴェルナーの愉快そうな笑い声に対し、先生は不愉快そうに顔をしかめる。

「馬鹿を言うな、そんなわけないだろう。彼を何歳だと思っている。御託はいいからさっさと食え」

 ヴェルナーはじゃあいただきまーす、と能天気に言い、遠慮なく炒飯を口へ運び始めた。
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